第104話 骨馬と風花の成長

 骨の透けた馬をウサオに紹介したところ、既にウサオからソフィーに通達されていたのだろう。ソフィーがエントランスから現れ、こちらへと向かってきている。

 そのソフィーを追うように、風花もまたこちらへと向かってきていた。


 ソフィーは振り返ると風花と話をし、再びこちらへと動き出した。制止でもしたのか、城に戻るように諭したのだろう。しかし、その後も風花はソフィーの後を追い続ける。

 業を煮やしたのか、ソフィーは後ろ手で何かをした。何かをした、ということしか俺には分からなかった。

 突然、風花の歩みが止まる。まるで壁にでも阻まれているかのように。

 首だけを廻し後方を確認したソフィーは、そのままこちらへと向かってくる。


 されど、事はそう上手く運ばなかった。

 風花が邪魔な壁、ソフィーの何かを施したであろう透明な障壁を破壊したのだ。再びソフィーの後を追うように前庭を突き進む、風花。

 ソフィーは立ち止まると振り返る。今度は首だけということは無く、全身で振り返った。その直前の表情は驚きに満ち溢れたものだった。


 風花は人造の神。その秘められた力を発揮し始めたのだろう。無造作で無自覚ではあるかもしれないが。

 風花を止めることを諦めたソフィーはその小さな手を取り、共に歩いて俺の元へと辿り着いた。


「あなた、おかえりなさい。それでその、それは何なのですか?」

 ソフィーは風花の手を握るその手には一段と力が籠っているようだ。

「こいつはなんだっけな? 高次生命体とかいうらしい。宇宙を漂流していたので救助してきた」

 詳細は伏せる。叡智のおっさんに呼ばれて出たことはソフィーも承知いしているので、それはもうどうにもならない。だが、アーリマンも絡み、銀河の発生を見損ねたことは秘密にする。自分自身でも整理がついていない内容ではあるし、それは俺がソフィーに秘密にしていることの全てへと繋がってしまうからだ。風花のこと然り、アンソニーのこと然りである。


「このような生物が存在するという話は祖母から聞いてはいましたが、お伽噺の類なのだとばかり……」

 お伽噺というのなら、高次生命体とやらよりも神の方がよっぽど疑わしい存在だと思うけどな。

「説明してあげたいが、俺にもよくわからないんだよ。うちで預かることに決定したのも叡智のおっさんの世界が常に加速していて、こいつには適さないからだしな」

 嘘を吐くには記憶力が求められる。神となった俺の記憶に関しては問題ないのだけど、面倒なのは御免なので正直に話せる部分は話しておくことに決めた。勘の鋭いソフィーには妙な嘘を吐くのは危険なのだ。


「それで、デメリットのようなものは?」

「無いらしい。こいつも俺の体やサラのように、日がな一日寝て過ごすそうだ。生態はまだ何も掴めてはいないが、ウサオも食われることなくそこに居るだろ?

 それに、だ。こいつ、こんな図体しているけど、気がとても小さくて可愛い奴なんだよ」

 馬の頭を撫でるようにしても何の反応も示さない。そりゃ、俺はスケスケだからだろうけど。

『お前の目の前に居るのは、俺の妻と子供だ。子供はもう一人居るから、今度紹介するな』

 骨馬からは了承と肯定を示す意思が返ってきた。


「では問題はないのですね?」

「今のところはな。それよりも問題は風花のことだろう」

 大人しく草食っぽいこの骨馬よりも、ソフィーの魔法だか魔術だかを薙ぎ払った風花の方が問題だ。

「ぱーぱ」

 ソフィーの手を振り払い俺へと突進してくるがすり抜け、骨馬へとブチ当たる。

 骨馬は風花を鼻先で受け止めると、優しく押し返した。

「ほらな、こいつはとても頭が良く、優しい性格をしているんだよ」

「それはもうわかりました、祖母の話も本当でようですからね。聞いている話と符合する部分も多々見受けられますし、安心して良さそうではあります」

 俺はその話の内容を知らないんだけど?


「問題は風花です。この子の素性は以前話してもらった内容で相違ないのですか?」

「ああ、人造の神ということ以外は何も知らないがな」

 何をどう弄ったのかは定かではないが、人体の構造は普通の人間とそう変らない。しかしその細胞の強度や脳の密度は、只人と比べるまでも無いレベルへと昇華されている。その程度でしか精査した俺には理解できなかった。

「風花を魔女として教育することに問題はありますか?」

「問題は無い。その点はソフィーに任せるよ」

 風花が普通の人間として暮らしていく為には、自身の力の制御方法を見極める必要がある。その為の教育をソフィーが施せるのであれば、それは問題どころか必須事項となるだろう。


「風花はもう馴染んだか」

 骨馬は微動だにせずに風花の遣りたいようにさせている。潰さないように気を付けてくれているように見える。

 ペチペチと叩いたり、鼻先に頬ずりしたりと風花もお気に召した様子である。

「犬か何かのペットのように、お友達になったのでしょうか?」

「さあ、どうだろうな」

 慈しみに似た意思というか、感情が伝わってきていた。


 その後、俺とソフィーは城へと戻った。風花は余程骨馬が気に入ったようで離れようとしない為、ウサオに監視を頼みつつ、俺が常時感知することを前提にその場に置いてきた。

「魔女としての教育とはいっても、まだ幼過ぎるだろう?」

「やれることはいくらでもありますよ? 私もそうでしたから、思い出しながらでも一緒に教えます」

 俺が出会った頃のソフィーは十歳かそこらのはずなんだけど、それ以前からも教育は施されていたとうことかね。

「姉妹揃って魔女になるのか」

「男の子が生まれても同じように教育しますよ?」

 それは何と呼へば良いだろうか、魔男?

「立派な魔導士に育てますよ」

 俺は何も言ってない、首を傾げていただけだ。

 余計なことを口走ったかもしれない。また子作り強化月間がやって来ないか、心配だ。


「風花、眠ってしまいましたね。迎えに行ってきます」

「いってらっしゃい」

 ソフィーは出て行った。骨馬も大人しいから、ソフィーだけでも平気だろう。

「旦那、暇さ?」

「ああ」

「爽太がまた来てるさね。何をやったらいいさ?」

 螭にお説教をした翌日からも爽太は変わらずに通い続けていた。誰に指示されたでももなく、自らの意思で通っているらしい。

「茶と団子でも出してやれば満足して帰るだろう。遊びに来ているだけなのかもしれんしな」

 そっとしておくのが良いと考え、俺はあの小屋の中を覗いてはいない。薫の性格に嫌気がさした爽太が、城に逃げ込んでいるだけなのかもしれないのだ。

「そうするさ。場所はここでいいかい?」

「好きにしろ」

 ラウンジには必要以上のイスとテーブルが並んでいる。人数分を遥かに凌ぐ数がだ。どこぞのカフェテラスかと疑いたくなるが、俺が気紛れに創った結果でしかない。


「お兄ちゃん、明日も来て良いよね?」

「食料は足りているだろうけど、遊びに来るのに許可など必要は無いぞ」

「うん、ありがとう」

「そうだ、爽太。明日にも風花の新しいお友達を紹介してもらうと良い」

 驚くだろうが、爽太も心根の優しい少年だから受け入れることは出来るだろう。

「風花ちゃんの?」

「奥様が慌てて旦那を迎えに行ったのと関係あるさね?」

「まあ、そうだな。大いに関係があるな。お豊も爽太と一緒に会ってきて良いぞ、なんなら今から行くか? ソフィーが少し前に風花を迎えに出たばかりだしな」

 今からなら追い付けなくも無いだろう。

「お豊さん、行こ?」

「なら行くさね。旦那、サラを頼むよ」

「ああ」

 爽太は食い掛けの団子を皿に置くと、お豊と共にソフィーの後を追った。

 ラウンジに残されたのは俺と簡易なベビーベッドに寝かされたサラのみ。

 あいつら、驚くぞ。

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