第95話 事情

 宴会は終わり、夜を迎えた。

 サラを自室のベビーベッドへと寝かしつけ、ソフィーと共にバルコニーへと出た。

 そこで俺はあの子のことを話した。あくまでも主観的な部分のみ、俺の少ないながらも残る人間的部分の良心が耐えきれなかったところだけを伝えた。

 神の代用として、第二、第三のあの子が生み出されるという事実は隠した。そのモデルがアンソニーであることも、それに俺が加担していることも、だ。

 それを伏せなければ、俺が大量に殺しているという事実も話さなければならなくなる。決して、ソフィーには知られたくないと俺は思っているのだ。


「人間が造ったのですか?」

「ああ、あいつの所の人間がだけどな」

 オリジナルの世界の人間が造った訳では無い。時間を加速させ発展した世界の人間が造ったのだ。まあ、どの世界でも科学は倫理を踏み越えて行くものだろうがな。

「わかりました。では、サラのお姉ちゃんですね」

「ソフィーならそう言ってくれると思っていたよ。螭も居るが、あれとも少し違う。

 俺はあの子がどのような技術で生まれたのかを知らない。どれだけ生きられるか、分からないんだ」

 技術的なことなど、聞かされたところで理解などできないだろう。だが、問題はそこではない。あの子の命の長さを俺は知らないのだ。

「奴らは神を作ったと言った。短命とは限らない、もしかすれば長命かもしれない」

「長命なら私が付いていますから大丈夫ですよ」

 あの子はプロトタイプ、採算度外視で造られていると考えられる。奴らが現状持ち得る最高の技術を結晶化させた存在のはずだ。そうであるならば、短命とは考えにくい。

 あのおっさんが、叡智の王が求めるのは、壊れかけた世界に安寧をもたらす為の神の代用品。出来る限り長命の者を求めるだろうと俺は考える。

 ソフィーのような例外を除けば、それでもあの子は人間でしかない。長く生きると考えても百年、二百年、頑張っても三百年くらいの話だろう。

 俺がソフィーの呪いをどうにかするとしても、三百年以内に出来るとは思えない。ソフィーが今まで生きてきた年月を必要としても何もおかしくはないのだ。

 俺が消えてしまう前にソフィーをなんとかしたいとは思うが、あの子の死も見届けてやりたいと思う。当然ではあるが、自分の実の子たちの死もまた見届ける義務がある。

 俺はいつまで存在できるだろうか? 今はそんなことどうでも良いのだがね。


「ならば、安心だな」

「いつ迎えに?」

 彼の世界は時が常時加速している、一分が五十秒に短縮されている程度の加速。

「一度様子を見てくるかな」

「略奪してでも迎え入れてくださいね」

「過激なことを言う、それは出来ない相談だ」

 ソフィーも非人道的だと考えているのだろう。だが俺は向こう側の立場なのだ、略奪は出来ないんだよ。第二、第三のあの子が生まれることを俺は黙認しているのだから。

「でもまあ、都合が付けば貰ってくるさ」

「はい、待ってます。名前を考えなければいけませんね」

「そうか、名か。うーん」

「楽しみですね」

 そうだな、同情などで育てるべきじゃないな。俺の娘としてサラと同じように育てよう。いつか嫁に行ってしまうと思うと、寂しいけどな。


「サラには従姉として伝えてあるが、実の姉としても大丈夫だろう」

「もう! 私に内緒で会話しているのですね」

「はは、だから俺の特権だって」

 俺はこうなった最初の頃、神こそ罪深いと感じた。しかし今の俺を当時の俺が見たらなんと思うだろう? 俺もまた同様なのだと感じることは出来るだろうか……。

 俺はこんなものになってしまって、後悔しかないよ。


「もう一人つくりますか?」

「何言ってんだ」

「まだ二年余裕があります。五年周期ですから」

「お前たちが帰って来て、やっとこの体から抜け出せると考えていたのにな」

 お昼寝タイムはもう十分なんだよ。毎日半日以上眠っているんだぞ!

「サラも女の子ですからね、お嫁に行ってしまいますよ。だから男の子が欲しいです」

「あの子も女の子なんだよな……」

「螭だって女の子ですよ」

「螭はどうでもいいよ」

 あれは神として生まれた純粋な神でしかない。嫁に行くなんてことは奇跡が起こってもあり得ない。


「正確には三年ありますけど、余裕を見て二年は大丈夫です」

 ソフィーの呪いの周期が五年、前回のリセットから早二年も過ぎたのか。そういえば、俺と再会する直前にリセットがあったと言っていたな。

「普通は産後の肥立ちとかで大変な時期じゃないのか?」

「それはそれです。今なら旦那様の大好きな巨乳ですよ?」

「そりゃ好きだけどさぁ。あああ、それと旦那様って呼ぶのもういいぞ。もう俺の奥さんなんだから好きに呼んでいいよ」

 サティの屋敷に居る時、従者となったソフィーに旦那様と呼ぶようにしただけだ。

 最初は違和感があるかもしれないが、その内慣れるだろうよ。

「もう旦那様で慣れてしまいましたよ? ――さん」

「その名を呼ぶのはやめてくれないか」

 申し訳ないと思うが、駄目なんだ。俺は母親に恨みがある、俺の名は母親の残したそれこそ呪いだ。どこにでもある普通の名前なのだが、呼ばれるのには抵抗があるし、出来る限り名乗りたくもない。

 戸籍も消え、人々の記憶からも消えたのは俺の願望が叶った証なのかもしれない。

「ごめんなさい、あなた」

「いや、俺の方こそすまない」

「私はあなたの苦しみを知っていますから大丈夫ですよ」

 俺が十五かそこいらの頃から観ていたなら知っていて当然か。


「しかし、あなたか。そう呼ばれるのは初めてだな」

「そうなんですか?」

「そうなんですよ」

「男の子欲しいです」

「ああ、わかったよ。一月後から努力しよう」

 また子作り強化月間か……。はぁ、俺の体もう歳なんだけどな。

 ソフィーを性に目覚めさせてしまったかと思うと、神とは確かに罪深い存在だわな。



「それじゃ、ちょっと行ってくるわ」

「ちゃんと連れてきてくださいね」

「状況次第だな」

 叡智の王、その世界へと転移した。

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