第96話 迎え
あの子の居た研究機関、以前訪れた場所と同一のはずだが人気が無い。
「お前か」
「何があったのか? あのこはどうした?」
「あの娘ならここにいる」
叡智のおっさんが脇に避けると、白いワンピースを纏った小柄な少女の姿が現れた。乳児といった感じではないが、幼いことには変わりない。
俺が訪れてからこの世界の時がどれほど進んだのか不明ではあるが、成長し過ぎではなかろうか? まだ立ち上がることこそ難しいようではあるが、一歳若しくは二歳でもおかしくない程度には成長している。
「計画を見直すことになってな。この娘は用済みとなったのだ」
「何があったのかは知らんが、計画が頓挫したということか?」
神の代用品計画は思うように捗ってはいないようである。
「なら約束通り、この娘は貰い受けるぞ」
「ああ、約束だからな」
なんだ、父性でも芽生えたのか? おっさんは娘の頭を軽く撫でた後に、俺へと歩み出る娘の背を押した。
「手放したくないのなら、無理にとは言わないぞ」
「いや、ここで育てるには環境が良くない。それに育児など私には出来ぬよ」
それでもここまで育てているではないか? それになんだろうか、うまく表現出来ないが愛情のようなものを感じる。
「それならたまに顔くらい見せてやってくれ。飯だって食わせてやるからよ」
「考えておこう」
満更でもない様子のおっさん。笑いが洩れそうになったが、ぎりぎりで抑え込んだ。
娘は俺に近寄って来て俺に触れようとするが、俺は空気みたいなものだから触れられない。
「ごめんな。触れることは出来ないが抱き上げることは出来るんだぞ」
娘の体を神パワーで持ち上げ、抱っこしているような状態へと持っていく。
どうやら俺のことを覚えていてくれているらしい。たった一度、その意識に触れただけなのだがよく覚えていてくれたものだと感心する。
俺の方を見て微笑む姿はサラと変わらないな。
「それじゃ、俺は行くぜ。用がなくても遊びに来て良いからな」
「娘を頼む」
父親が娘を預けるかのような台詞だ。その表情も少しだが陰って見えた。
無理矢理に引き剥がす訳ではないのだが、俺の心が少しだけ痛むような錯覚に陥る。それでも俺は我が家へと転移した。
彼もこの娘も二度と会えないということではない。おっさんに限って言うのであれば、会おうと思えばいつでも会えるのだ。
「ただいま」
前庭の中央部に跳んだので、ウサオしか居ないんだけどな。
この娘はまだ十分に歩けるような歳ではないので、抱いたまま降ろさずにゆっくりと移動した。
「ここが今日から君の家になる。よく見ておこう」
話し掛けているのが理解出来るのか、静かに俺の方を見ている娘。
おっさんは引き渡すことを前提として名付けてないような気がするが、一応訊いておこう。
『君は名を貰ったのかい?』
心に直接触れ会話する。俺がよくサラを相手に使っている手で、この娘との邂逅でも用いた手段だ。
……一号、それはナンバリングであって名前ではない。
新たに素敵な名を考えなければと思いつつ、フヨフヨと前庭を進む。
「ウサオ、良い所に居た。今日から我が家の娘になる子だ、宜しく頼むぞ。
それといちいちソフィーにチクるのは止めような」
ウサオは耳を前後左右と器用に動かしながらも、動揺を隠そうとしているらしかった。俺には心の中は丸見えなのさ。
「こいつはウサオ。俺のペットなのだが、ソフィーの手下だ」
一言で言えば、飼い主を売った兎野郎だ。
ウサオを開放してエントランスから城へと入る。早速報告が入ったようで、ソフィーが慌ただしくも迎えに出て来た。
「おかえりなさい。そして、いらっしゃいね」
「俺の抱っこモドキよりは、ソフィーが抱く方が良いだろうな」
空中に浮かせているだけなのより、人間が抱く方が温かみもあり心地よいだろう。そう思い、ソフィーへと渡すつもりだった。
しかし娘はソフィーに抱かれるのを拒む。
「ぱーぱ」
「パパから離れたくないそうですよ?」
「それならそれで仕方ない、もう少しこのままでいよう」
サラに呼ばれるより先に、この娘にパパと呼ばれるとはね。
この娘の父親は俺だけではない。
叡智のおっさんもあんな様子だったし、血の繋がりのある実の父親も存在するだろう。因ってこの娘には、三人の父親が存在することになる。まあ、二人は神だけどさ。
この事実はソフィーに伝えておくべきだと、俺は考える。
神の代用計画のことは伏せて話してある。ただ単にイカれた科学者が生み出したということにしてあるので、詳しい話は出来ないがそれはそれだ。
前回の話と矛盾が生じないように、それでいて叡智のおっさんのイメージが悪くならないように工夫しなければならない。そうでなければ、おっさんがこの娘の顔を見に来ることが出来なくなってしまうからだ。
ううむ、非常に面倒くさいな。
そんな話をソフィーにした。
「名前は考えてあるのですか?」
「考えてはいる」
考えてはいるのだが、この娘どうみても日本人ではない。日本名を付けても良いものかと迷いが生じている。
「どのような名を考えているのですか?」
「最初にあの子触れた時、感じたのはソフィーによく似ているということだ。ソフィーの幼い頃のイメージに、だけどな」
今のソフィーと比べることは無理だな。
「私の幼い頃ですか……」
遠い目をして必死に思い出そうとしている、ソフィー。余りに長い時を生きた為に、思い返すのも大変らしい。
「野山を駆け回るような元気な女の子という感じかな」
「私、そんな感じでしたか? もっと大人しかったと思うのですが」
何、ふざけたことを言い出しているのだろうか。
「蝶よ華よという感じではなく、どちらかといえば花よ風よだな」
「元気もあり花もあるということですか、誉め言葉ですよね?」
「そうだ、だから
「良いですね、私宛ての誉め言葉から命名するなんて素敵です」
俺はあの子のイメージの話をしただけなのだが、ソフィーは何か勘違いをしてしまっている。一体どこで誤解が生まれたのだろうか?
『今日から君は
肯定する意思が伝わってくる、拒絶されなくて良かったわ。
ソフィーの勘違いというか、思い違いに関してはそのままにしておくことにした。正すのに費やす時間が無駄だと感じたのが理由ではなく、ただ面倒だからである。
『で、このベッドに横になっているのが風花の妹サラだ』
『サラ、前に伝えたお姉ちゃんを連れて来たよ。名前は風花だからね』
風花は小さな頷きを俺へと返し、サラは空気のような俺に触れようと手を伸ばしている。だから、この状態の俺には触れないんだってば。
「風花にもサラにも名前と状況は伝えたぞ」
「ズルいです!」
ズルいとか言われても、困るんだよね。これが俺の普通だからさ。
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