第87話 祟り神

 門の前に見知らぬ、いや、知っているような気配が現れた。

「強固な門じゃの、共に入り込めなんだわ。あれを入れてはもらえぬか?」

「なんだ、連れて来たのか? 害もなさそうだし、構わないが」

「ならば、迎えにいってくるかの」

 妙な気配は、アーリマンが螭の世界から連れて来た祟り神であった。

 迎えに行ったようだが、大門からゆっくりと進んでくるようだ。


『ソフィー、帰った。客が居る、何か用意してもらいたい』

『いつお出掛けになられたのですか? それに、客とはまたあれですか?』

『そういえば急ぎの為、知らせてはいなかったな。あと客は、アーリマンともう一人だ』

『お豊が居ない時に来るなんて面倒ですね』

『まあそう言わずに、頼むよ』

 そうだった、お豊は俺の腹の中で眠っている。この際、総菜で十分だろう。

 後方からやってくるアーリマンと祟り神は、特に案内が必要ということもない。俺もこのまま、ゆっくりフヨフヨと戻ろうかね。


 アンソニーの気配が裏庭にある。また畑でも耕しているのだろうか? 客が来る以上、放っておくのも何だし迎えに行くか。

 裏庭までは距離があるので、転移してしまう。

「アンソニー、客が来たから城に戻るぞ」

「お客様ですか? わかりました、キリの良いところまで進めて戻ります」

「そうか、先に行っているぞ」

 真面目ちゃんのアンソニーには声を掛けたので十分だろう。次は、あいつらか。

 プールの辺りで何かをしている螭と陽菜の気配、ここからなら近いのでそのまま行こう。


「お前たち、またソフィーの言い付けを無視したのか?」

「ひっ! べ、べつに無視なんてしてないぜ」

「そ、そうですよ、庭のお掃除をしていたところです」

 俺は当たりを見回す素振りをしてみる。この辺は俺がきっちりと創り込んだので、綺麗なものなんだがな。

「さぼっていたのだろう?」

「うっ」

「まあいい、客が来ているからソフィーの元へ戻り、指示を仰げ」

「わかりました、すぐに戻ります!」

 陽菜が螭の手を引き慌てて走っていった。途中でアンソニーも拾ったようだ。

 俺は天を見上げた、畑の日照を水銀灯だけに頼るのは心許ない。しかし、紫外線の遮断を止めるのは危険すぎる。さあて、どうしたものか?

 宇宙に世界を持っている奴らは、どのように対処しているのか興味があるね。

 サティの所みたいに完全に外と隔離して、太陽も作ってしまうか? それだと星々が見えなくなって、少し勿体ない気もするんだよな。

 また考える事柄が増えてしまった、頭を悩ませながら城へと戻る。


「ん? 今日もここなのか?」

「食堂はお掃除がまだ済んでいないのですよ」

「お母さま、ごめんなさい」

 食堂の掃除をさぼってプールで遊んでいた訳か、これは怒られるな。

「そういや、円四郎たちはどうした?」

「この子たちが見当たらなかったので、お買い物に出てもらっています」

「おば様、ごめんなさい」


「来たな」

 俺に遅れること数分で、アーリマンと新たな祟り神がラウンジへとやってきた。

 その容姿は若い男、中身が本当に若い男かどうかは怪しいものだが。

「すまぬ、待たせたかの?」

「いや、まだ準備すら出来ていない。準備が出来るまで、彼の紹介でもしてもらおうか」

 いきなり俺の世界、城へと案内された本人は理解が追い付いていないだろうけど。


「ほれ、お主のことじゃ。自分のことくらいわかるであろう?」

 どうなんだろうな? 俺も最初は混乱を極めたのだし、似たような感じではないのかね。

「私は秋山あきやま 壮二郎そうじろう、昭和二十四年九月七日生まれの木場出身です。数日前に気が付くとこの姿をしておりました」

 昭和二十四年だと、俺の親父と似たような年齢だな。

「生まれたばかり、ということか?」

「そのようじゃ。出来立てほやほやじゃの」

「普通のおっさんだろう。何故、祟り神になってんだ?」

 円四郎とは少し事情が違う、あいつは一応それなりに剣豪だし。

「私の家は商家でした。兄が早くに逝去した為、私が後を継ぎました。出来る限りのことをしたと自信を持って答えることは叶いませんが、それでもやれることはやれたと思っています」

「あんた、自分が死んだことを理解しているみたいだな」

「はい。癌に蝕まれ、碌に身動きすら出来ない体だったはずなのです」

 経緯はよく分からないが、それなりに慕われていた人物なのかもしれない。

 末期癌の辛いであろう記憶を敢えて覗きたいとも思わない。


「俺はあんたと同じとは一概に言えないが、似たようなもんだ。名は無いので、名乗れなくて申し訳ない」

「ふむ、儂はアーリマンと名乗っておる。他の名もあるが、好きに呼べば良い」

「あの、ここは一体どこなのでしょう?」

 まあ、そうだよな。疑問だらけのはずだ。

「ここは俺の住居のみの世界。木星の外周、環と呼ばれる部分に存在する」

「おじ様、それ本当なんですか? だって、私たち地球に住んでいたはずなのに」

 何で陽菜が反応するかな~。


「儂やこの王は欲望の神故に、地上に存在すると災いを招く恐れがあるのじゃよ。

 じゃから、離れた宇宙に暮らしの場を設けておる」

「おじ様が可哀そうです。人から忘れられて、地球に住むことも出来くなるなんて」

 陽菜の言葉に目頭が熱くなった、気がした。今更だな。

「私も忘れられてしまったのですか?」

「あんたは違うよ、ちゃんと記憶は残っているはずだ」

「此奴はかなり特殊での。人間が生きたまま、神になったものじゃ」

「まあ、色々あるんだよ。それにあんたのお仲間はもう時期戻ってくる、今買い出しに出掛けているからさ」

 俺みたいなのも居れば、螭みたいな変わり種も存在する。円四郎やこの秋山というおっさんもその一部だな。


「旨そうなものをたくさん買うて来たぞ!」

「お兄ちゃん、おじちゃんがとても恥ずかしかったんだよ」

 威勢の良い声と共に円四郎たちが帰って来た。爽太の嘆きが気になるところだ。

「何が恥ずかしいものか、拙者はこれでも百年以上この世界を見ておるのだぞ」

 それとこれとは話が違うだろ?

「陽菜だけでも付いて行って欲しかったですね」

「ごめんなさい、おば様。爽太くんもごめんね」

 ソフィーはまだ許していないらしい、チクチクやっている。


「お主はまた食わぬのか? 器創りも慣れたものじゃろうに」

「気にするな、お前らの為に用意したものだ。勝手にやれば良い」

 少し惜しい気もするのだが、その程度でしかない。変に器に手を出すと、ソフィーに酷使させられる未来しか見えない。

「お酒、温めて来ましたよ」

「アンソニー殿は気が利くのう、早速この刺身でやろうではないか」

 ノリノリだな、円四郎。


「爽太、何買って来たんだ?」

「お刺身と焼き鳥にお豆腐、それと大きなお魚!」

「刺身買って来たのに、別に魚買ったのか?」

「これじゃ! 誰か煮付けてくれんか?」

「お前、それクエじゃねえか! しかも一本買ってきやがって、鍋だ鍋にするぞ」 

 しかし困ったな、俺こんな大きな魚捌いたことないぞ。


「あの、私もお手伝いします」

「アーリマン、お前が連れて来たのだから任せるぞ」

「器だの、任せるが良い」

 アーリマンが素早く器を形成した、その上に俺がエプロンを投影して固定化。

 下手に器を与えて、ここで面倒を看るハメになっても困る。祟り神だらけになるのは嫌だ。

 アリーマンは何気なく秋山のおっさんを掴むと、器に押し込んだ。強引だな、自分で入らせれば良いものを。

「これは体?」

「仮初の物じゃ、ここから去る時に返してもらうのじゃ」

「螭、陽菜、パントリーまで案内してやってくれ。魚、忘れるなよ」

「わかったぜ、親父」

 立て続けに色々なことに遭遇した秋山のおっさんには悪いが、魚が傷むよりはマシだ。

「アンソニーは、鍋の用意は分かるか?」

「コンロですね」

「そうだ、よろしく頼む」

 アンソニーは呑んでいた猪口を置き、パントリーへと走っていった。

「拙者はもう動かんぞ」

「おじちゃん、もう酔っぱらってるの? 駄目だよ、お客様してちゃ」

「それなら爽太が働けばよい」

「良くねえだろ! 子供に働かせて呑んだくれてるつもりかよ」

 完全に出来上がっている円四郎。飛ばし過ぎなんよ、お前。


「儂はゲラルドを呼ぶかの」

 そう言った瞬間にはもう隣に居るんだよな、ゲラルド。

「……またですか? 先にお声を掛けて頂かないと困ります」

 こいつら、相変わらず意思疎通が出来ていない。

「うるさいのじゃ、旨いものが食えるのじゃから我慢せよ」

「王、お邪魔いたします」

「すまんな」

「こちらこそ、至らぬ主人で恥ずかしい限りです」

 ソフィーと爽太は食器の用意をし始めていた。俺はクエの様子でも見てこようかな。

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