第88話 子供のこと

 秋山のおっさんのお陰で、鍋パーティは成功を収めることが出来た。

 俺は肉料理が得意なので、あんなに立派な魚を扱うのは苦手なのだ。それ以前に精神体でも料理が可能だと知られるのはマズい、主に俺の尊厳的に。


 宴会がお開きになったがアーリマンは彼の面倒を看るつもりは無いようで、再び螭の世界へと戻され野に放たれた。

「儂の所は、こことは違い居心地は良くないじゃろうからの。ここに置けんというのならば、元の場所に戻すべきじゃろう」

 捨てられた犬か猫の扱いのようにも聞こえるが、こればかりは致し方ないだろう。

 うちに置くつもりは更々無い。円四郎は俺が人間の頃に住んでいた土地に縁のある神なので、仕方がないかな? と思わなくはない。それにも増して爽太のこともあるのだ。

 たまに遊びに来るくらいは構わないと告げてある。元が人間なので、勝手に上がり込むアーリマンのようになることはないと思いたい。


 就寝に適した時間となる。俺は半身が四六時中眠っているので、本体が眠ることはない。ソフィーと二人きりで話をするには最もな時間なのだ。

「ソフィー、どこで生んで、どうやって育てていく?」

「病院で産みますよ。ここでも私自身には問題は無いと思いますけど、この子がどうなるのか分かりませんからね」

「心配するだけ無駄なんだろうが、保険証とか大丈夫なの?」

 今まで身近に外国人が居なかったので、どのような仕組みになっているのか、さっぱり見当がつかない。

「外国人登録証もありますし、国民健康保険にも加入していますから」

 登録証然り、国保然りなのだが、どのような手段を用いたのだろうか? 彼女は気も遠くなるような歳月を過ごしているはずなのに。このことに関してはもう考えてはいけない気がする、そういうものなのだと思うしかない。


「戸籍はどうする? 俺の存在は消えているんだぞ」

 俺一人の問題であったならば何も気にしないのだが、子供の国籍や戸籍は確か親に依存するはずなのだ。存在しない架空の人物となり果てた俺が父親では、この子は日本国籍を得ることが出来ない。

「そこは上手くやりますから大丈夫です。旦那様が心配する必要はありませんよ」

「それって不正じゃないのか?」

「不正ではありませんよ、裏技でしょうか」

 思いっきり不正っぽい響きなのだが……。

「妙な手段を用いるつもりなら、俺が担当者の記憶を捏造したりするってのも」

「大丈夫ですから、本当に心配なさらないでください。それと手出しは厳禁です。良いですね、わかりましたか?」

「……わかりました」

 何をするのかは知らないが、任せるのが一番らしい。


「日本国籍を取得するので、この子は日本人として育てますよ。教育もまた然りですね。ちゃんと日本の学校に通わせるつもりです」

 意外でもなく、ソフィーはしっかりと計画を立てているようではある。

「うんと、えっとだな、この子、女の子なんだけど、魔女の教育もするのか?」

「あら、女の子だったのですか?」

 ある程度だが胎児が育って来た時にも確認している、間違いなく女の子だ。

 通常であれば理解できないかもしれないが、俺は既にこの子と会話をしている。この子自体は既に意識が、自我が芽生えているのだ。

 イメージそのものを直接やり取りしているだけではあるのだが、中々どうして会話として成り立つものなのだ。

「その子もちゃんと理解している。話もしたからな」

「まだ小さいのに話が出来るのですか?」

「まあ、話といっても思念のみだが」

「ずるいです、私はずっと一緒にいるのに話をしたことなんてありません」

 ずるいのかもしれないが、人間には無理だろう? ぎりぎり人間かどうか怪しいソフィーでも無理だと考えられる。

「産まれて順調に育った時を心待ちにするんだな」

「そんなの三年以上は待たないと駄目じゃないですか?」

「普通はそんなものだろう。会話出来るのは、俺の特権みたいなものだしさ」

 大きく膨らんだ自身のお腹を優しく撫でるソフィー。多少悔しいらしく、何か呟いている。


「魔女としての教育は、この子が望むのであれば行います。私と同じようになりませんよ。術式は既に私自身が取り込んでいますから、この子に作用することもないでしょう。それに再現する手立てはありませんから」

「この子が普通の人間であることは承知しているよ。恐らくは望むだろう。否、既に望んでいるか」

「私に黙って話を進めないでください、二人共ですよ」

 俺や自身のお腹に向けて苦言を呈するソフィー。

「この子はまだかなり幼いが、俺みたいな奇妙な存在もソフィーの事情もある程度わかっているようだよ」

「私たちが奇妙なのは、今に始まったことではありませんからね」

 それはどうなのだろう? 少なからず俺がおかしくなったのは一年前からだ。ソフィーに比べれば、屁みたいなものだ。


「女の子なら名前を考えなくてはなりません。容姿はどちらに似ているのですか?」

「容姿どうこうの段階ではないさ」

 気が早いのだ。

「大事なことですよ。日本人だけど容姿が私似なら、それに応じた名の方が良いですし」

「そんなものか? 純日本的な名前でも……違和感はないとは言えないな」

 ソフィーに似てくれた方が俺としては嬉しいのだが、それはそれでモテそうだから困る。妙な男を連れてきたら記憶を抹消して返そう。

 いや、そうじゃない。俺まで気が逸ってしまったではないか。

「じっくり考えるとしよう。臨月にでもなれば、容姿もはっきりするだろう」

「ならば、病院に入る際には分体を付けてくださいね」

「それは構わないが、お豊も付けるからな」

「豊とは、そういう約束ですからね。よろしくお願いします」

 ソフィーとお豊の間で、幾つかの決め事でもあるのだろうか?

「お前とお豊が居なくなると、家はやばいな」

「アンソニーがいるではありませんか?」

 アンソニーは真面目で実直だよ、それでも限界があるだろう?

「早急に螭と陽菜は放り出すしかないな。円四郎と爽太は仕方ないとしても」

 螭の従者との約束もある、扉を繋げて強制送還しよう。


「駄目ですよ。螭も娘として受け入れたのでしょう?」

「だが、陽菜はお荷物でしかないだろ。人間な訳だし」

「陽菜は旦那様を好いているように思えますがね」

「冗談きついわ、俺はソフィーだけで十分なんだけどな」

 一応、気が付いていない訳ではない。だが実際、受け入れる気はないのだ。

「そう言ってくださるのは、とても嬉しいですけどね」

 俺はもうソフィーだけで手が一杯なのだ、呪いの件もあるからね。他に手を回している場合ではない。

 それにハーレムが地獄だと散々聞かされているのだ。自らそこに吶喊しようと考えるほど馬鹿ではない。

 もう一つ付け足すとしたら、ソフィーが悲しむ顔を見たくはない。それだけだ。

 陽菜にはその好意を他の誰かに向けて頂こうではないか。


「話は終わりだ。おやすみ、ソフィー」

「おやすみなさい、旦那様」

 ソフィーが眠るまで一緒に居るとしよう。

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