第86話 真実

「今日は何の用だ?」

「今日の儂はただのメッセンジャーじゃ」

「何がメッセンジャーだ。大方、飯でも集りに来たんだろ?」

「何を言うか! そりゃ出されれば食うのも吝かではないがの」

 何もない静かな日々を暮らしている俺の元に、アーリマンがひょっこりと顔を覗かせた。正確には、城の中へ勝手に入って来たと言うべきなのだが。


「で、何の用だ?」

「じゃから、メッセンジャーじゃと言うておろう。叡智の王に頼まれたのじゃよ」

 おっさんからのメッセンジャーだと? 全く以て意味が分からない。

「奴には以前、世話になったのでな。借りを返しにやって来たのじゃ」

「お前らの間に何があろうと俺には関係ないのだが……。まあ、聞いてやるから話せ」

 おっさんは俺を教育しているような節がある。ならば、それに関連したことかもしれない。


「王は神を殺せる」

 普段、無表情が当たり前のアーリマンが渋面をして呟く。

「……それらしき一件を儂は目撃したことがあるのじゃ」

 先の言葉と続けて呟かれた言葉の意味に戸惑いを覚えた。

 神は生きていないのだから、殺せないのでは無かったのか? それをこいつは目撃したと? 一体、どういうことだ。


「これは儂の独り言じゃがの。

 サティがああなってしもうた原因がそれじゃ。あの一件以来、自らの世界へ引き籠り、滅多に外へ出ようとはせん。

 お主を拾ったのは、仲間になって欲しかったからじゃろうよ」

 俺が欲望の王であることを隠していたサティ。それ以外にも色々と隠していた原因が神殺しだと云うのか。

 おっさんがアーリマンを介し、神殺しの事実を伝えてきた。螭の件を解決するのに必要だと考えた訳か。


「おっさんは気を利かせてくれたのか。だが残念ながら、今回の一件で俺が神を殺すことはあり得ない」

「何故じゃ? 叡智の王の話と食い違うではないか」

「神殺しという知識が得られたのには感謝するさ。あんたがずっとサティを庇っていた理由がそれなんだろ?

 それに、おっさんは真実を知らない。従者達が語った話のままであれば、俺も神殺しを願っただろうよ。しかし事実は異なる以上、それをする必要が無い」

 そう、従者たちの話と事実が全く異なるのだ。

 浸透して情報収集をしていた分体は、従者たちが干渉者とした神を既に見付けている。だがその神は、自身が神であるという事実を知らない。

 彼はただ螭の世界に居る紛い物たちを仲間だと思い込み、その輪に入ろうと頑張っているだけなのだ。要するにだ、この一件は螭の従者たちによる狂言だったという訳だ。


「ここでは拙い。移動するぞ」

「話が見えんが、まあ良いじゃろう」

 アーリマンを連れて螭の世界へと転移した。

『起きろ! 起きて、真実を話せ』

 最初に訪れた小汚い事務所、そこへと転移した俺は弁天を名乗る従者を叩き起こした。弁天の器もここに在るのは分かっているので、器の中へと放り込んだ。


「おはようございます。真実をと云うことは、事実を把握されてしまったのですね。

 先日お話をされた時にはもう気付いていらしたのでしょうか?」

 この世界の管理に残った二人の従者たちも姿を現し、話をする気になったようだ。

「お前たちのは無しとは全く異なるのでな、少し様子を見させてもらった」

 従者たちが何故こんな話をでっち上げたのか、気になったのだ。違うな、どういう感情でもって、でっち上げたのかが気になったのだ。

 こいつらの望みは既に俺が叶えている。俺の中で休ませるということがそれに当たるはずなのだ。

「そうですか、やはり欲望の王では騙しきれませんでしたか」

 出来れば、こいつらの感情を盗み見るような真似はしたくなかった。それでも腹の中に納めたら、見えてしまったのだから仕方がない。


「祟り神がおるのう」

「ああ、やっぱりそうなのか」

 アーリマンも浸透を果たしたようで、件の神の姿を捉えたようだ。

 彼はやはり祟り神と称するのか、円四郎に毛が生えた程度の神。アーリマンの謂う祟り神とは、人間が死して祀られ神となったもののこと謂うのだろう。


「あの此方の方は?」

「ああ、なんというか、著名な欲望の神でいいよな?」

「なんじゃ、それは。儂はアーリマンと名乗っておる、欲望の神じゃよ。

 此奴とは、酒飲み仲間じゃの」

 勝手に他人の家に上がり込む奴を酒飲み仲間とは言わねえだろ!


「まあ、アレは放置しても害はないだろ。で、お前たちはアレを出しにして俺を謀ろうとしたと。

 だが、お前たちの望みはもう叶っただろう。これからも定期的に休ませてやるぞ」

「よろしいのですか? 私たちは……」

「この世界が消えることをあの子は望まないだろう。ならば、お前たちも消えてしまってはならない」

 螭の従者たちは揃って、深く頭を下げた。

 この世界が消えてしまうとしたら、元螭の自業自得でしかない。しかしここまで関わって放り出すというのは、後味が悪いなんてものじゃない。


「あとはどこまで螭に教えるかだな。この世界のことは伏せて、お前たちが従者であることは明かしても構わないのではないか?」

 そうすれば、こいつらの管理は螭に任せることが可能となる。

「私たちがここを管理しているという事実がありますから、それは……」

「難しいか」

 芋蔓式にバレないとも言い切れないからな。

「それと、あの……。虫のいい話なのですが、螭をここに通えるようには出来ますでしょうか?」

「実害がないのは確認したし構わないぞ。俺が唯一降りてこられる地上でもあることだし、此方からお願いしたいくらいだ」

 螭や陽菜以外でも、我が家の住人が遊びに来られるという利点もある。

「儂も本体で地上に出たのは数百年振りかの」

 俺はアンソニーの件で、短時間だけどイギリスに降りちゃったからな。

 その前のことも考えると、……考えるのはやめよう。

「お主の子が生まれたら、一緒に来れるのではないかの」

「ああ」

 そうだった。あの子の教育はどうするのか、ソフィーと相談しないと。


「それでどうしよう。お前、再び中に戻るか?」

「では、半年程お願いします」

 弁天を名乗る従者を器から抜き出し腹に収める。

「儂は祟り神の様子を見てくるのじゃ」

「なんだ、興味があるのか? 俺は先に帰るから、飯食いたいなら寄れよ」

「うむ、ゲラルドを連れて行くのじゃ。ではの」

 云うが早いか、アーリマンは転移して居なくなった。

「それじゃお前たち、近い内に世界を繋ぐ扉を設けるからな。俺の家にも遊びに来来ると良い」

 転移で家路に就く。今回は色々と考え無ければならないことがある。

 アーリマンの告げた、サティの神殺しの話は特に興味深い。

 近くに居た時はまともに感じたサティだが、離れてみると彼女はどこか歪んで映る。その原因が神殺しとはな。

 子供の件も考えなくてはならない。時折ソフィー自体も含め精査しているが、お腹の子は女の子だ。

 ソフィーはあの子にも魔女としての教育を施すのだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る