第85話 苦い何か

 今日は電気工事をするために肉体に入っている。

 水銀灯が植物の育成の役に立つのか、甚だ疑問なのだが仕方がない。

「こんなもん、どこで売ってんだよ?」

「旦那様のお父様がこれなら安く手に入るとかで、譲っていただきました」

 確かに実家の工場でも水銀灯使ってたのは把握してるよ。でも、灯りとして使っていただけだ。まさか、植物の栽培に利用しようなど親父も思ってはいまい。


「えーと200Vだから4芯と……。あー、面倒くせえ」

「ぶつぶつ独り言を言ってないで早くやってください」

「確認しながらやってるの。一般用の変圧器だとロスが多いからって、200V引かなくても」

「無駄は駄目です」

 変なところで頑固なんだよな、ソフィーは。神共と宴会している方がずっと無駄だと思うのだけど。

「この配電盤で操作出来るようにしたから、使う時はよろしくね。あと水銀灯は、まともに灯るまで時間掛かるから注意してね」

「そうなんですか?」

 本当に大丈夫なのだろうか? しかし、本人がやる気なので水を差すのは良くないな。

「あと今使っている100Vも配電盤通すことにしたわ。漏電遮断器とか、こちら側にも設けることにしたんだ。いちいち向こうに行かなくても、こちらで対処できた方が良いからな。それと安全の面で」

「出来るのが旦那様だけですので、お任せします」

 漏電遮断器やら主幹のブレーカーの操作の一切は、俺が分体で操作しているのが現状である。だからこそ面倒なので、手元に設置した訳だ。いちいち分体を創り出さないといけないのが辛すぎる。

 ブレーカーくらい上げてくれても良いではないか? 従者等の一般常識に組み込むべきだ。


「全然明るくなりませんね」

「だから、先程言ったろう? 十分か十五分程すれば、明るくなるよ」

「アンソニー覚えましたか?」

 今日の朝一でお豊は引っ込めたので、稼働中の従者はアンソニーのみ。

「設備等が新しいだけで、僕の知っているものと大きく違わないのですね」

「まあ、そうだな。ソフィーだってPC使ったりしているのだから、このくらいやれよ」

「こういう武骨なものは男の人にお任せします」

 確かに武骨だよ? 飾り気なんて必要ないからね。だからってその答えはないわ。

「僕がやりますよ」

 健気なアンソニーに感謝するよりほかない。


「それでは中に戻りましょう。あの子達が心配です」

「掃除くらい問題ないだろう?」

「問題は大ありです。あの子達の家事の才能は壊滅的ですから」

「困ったものだな。今日の飯は俺が作るから良いとしても、明日からはどうする?」

「僕がやります。軍でも調理は得意でしたから」

 素直で真面目なアンソニーは、お豊の料理指南もきちんと受けていた。

 卵料理に関しては、アンソニーは中々の腕前だった。

「料理は最悪、お惣菜でも構いませんからね」

「ソフィーだって、最近はまともに料理できるんじゃないか?」

「元より料理は出来ましたよ?」

 出来てはいたが、味以外が酷かったではないか。

 栄養バランスを考慮すれば、自然と見た目だってそれなりになると思うのだけど。

「まあいい、とりあえず戻ろう」

「何か、釈然としませんが……」

「奥様、早く戻りましょう。円四郎様たちが心配です」



「こんな炭が食えるか!」

「おじちゃん、お兄ちゃんたちが戻るまで我慢だよ」

 エントランスまで響いてくる大声。急いでパントリーへと戻ると、円四郎が怒鳴り散らしていた。普段温厚な円四郎に大声を出させるとは、余程のことがあったのだろう。

「どうしたのですか?」

「おお、これは奥方。此奴らときたら、これを食せと申すのだ」

「お兄ちゃん、お姉ちゃんたちがいじめるんだよ」

 お皿に乗った得体の知れない黒い何か、これを食えと迫られたらしい。

「お二人は奥様に掃除を申し付けられていたのでは?」

「アンソニーやめとけ、円四郎と爽太も少し離れるぞ」

 ソフィーは螭と陽菜を連れて食堂へと移動していった。片手に彼女らの作ったであろう、得体の知れない何かを携えて。


 何とも形容しがたい悲鳴のようなものが響く。隣の食堂では、今何が起こっているのだろうか?

「奥様、あれをあの子達に食べさせましたかね?」

「元が何かわかるか? 爽太」

「卵だよ」

「あれ卵なのか、真っ黒だったぞ?」

「最早、炭であった。見るからに食い物ではない」

 ああ、完全に炭化していたのね。

「ソフィーの料理もアレだが、あれほどではないからな」

「奥様のお料理は食べられますからね」

「んむ、奥方の料理は味は良いのだがな」

「茶色いんだよね」

 男たちはそれぞれが思い出しながら呟く、ソフィーには聞こえないようにと。


「「ごめんなさい」」

 ソフィーに連れられ戻って来た二人。螭と陽菜の口の周りには、黒い何かが付いている。

 その姿を観ているだけで、口の中に嫌な味が広がってくる。

「そもそも何故、掃除でなく料理をしていたのですか?」

「陽菜がケーキを作るとか言い出して……」

「螭、他人ひとのせいにしないの!」

 責任の擦り付け合いを始めた二人。

「ぼくがね、お菓子食べたいって言ったの。ごめんなさい」

「いや、爽太は悪くないだろ」

「そうですね。二人には前庭の芝刈りでもお願いしましょうか」

 伸びっ放しの芝な、あれ刈るの大変なんだよね。普段手入れしている俺が言うんだから、間違いない。

「お母さま、あれは大変過ぎます」

「やりなさい」

 ソフィーの迫力に押された二人は、小さく頷いた。


「口直しが必要ですね。アンソニー、爽太の好きな苺大福を買ってきてください」

「はい、人数分でよろしいですか?」

「あの二人の分も頼みますよ」

 ソフィーが現金を渡すと、アンソニーはそのまま買い物に出掛けて行った。


「爽太の器を変えたら、買い物にも行かせてやれるがどうだ?」

「ぼく?」

「お前のその姿では、色々と問題があるのは分かっているな?」

「ぼくがこの姿で出て行ったら、お母さんたちがびっくりしちゃう」

「だから、別の姿なら問題ないと思わないか?

 円四郎だって八十過ぎまで生きた癖に、この若作りだぞ」

「お主がこう創ったのであろう」

「円四郎のもっと幼い頃の姿に似せて創れば、爽太でも動かすのに支障はないだろうな」

「おじちゃんの小さい頃? 見たい!」

「それじゃ、創るな」

 右腕だけ分離し、円四郎の器から情報を取り出す。今の爽太用にカスタマイズした肉体に情報から創り出した皮を被せる。脳内で完成したそれを投影し、固定化。

「随分と大人びた子供だな。鼻でも垂らしているのかと思えば」

「拙者の更に幼い時分の姿であるな」

「爽太、外に出ることを許すのはこの器だけだ。移ったら、今の器は消すぞ」

「どうやって移るの?」

「円四郎、今の器から取り出して移してやれ」

 爽太はもう円四郎の従者なのだから、彼がやるべきだ。

「取り出すというのは?」

「イメージ、えっと想像しろ。入れる時もまた然りだ」

 円四郎が爽太の精神を今の器から取り出し、新たな器へと移した。

 古い器は右腕を使い吸収する。


「幼い拙者が動く姿を拙者自信が観ることになるとは」

「前のと一緒だよ、一緒」

 違和感が無いと表現したいのかな?

「中身は同じだからな、違うのは外側だけだ」

「うん、一緒」

「明日の買い物は一緒に行きましょうね」

「お姉ちゃん、お腹大きいのに大丈夫なの?」

 ソフィーと共に歩けば、親子連れとして見られるのかもしれないな。

「大丈夫だ、爽太。毎朝、大福を買いに並んでたりするからな」

「じゃあ、明日は早起きするね」

 別に朝一の大福に付き合わなくても構わないのだが、爽太がその気なら良いか。


「俺はあいつらを見てくる。螭も人間のように鎌で刈っている始末だ、力の使い方を教えてくる」

「先に食べていますね」

「いってらっしゃい、お兄ちゃん」

 この姿なら、おじちゃん呼ばわりされても構わないのにな。爽太は律義だな。

 肉体が邪魔して転移が出来ない、仕方なしに歩いていく。


「おお、やってるな」

 膝丈程に伸びた芝を束ね、鎌で刈っている二人の姿がある。

「おじさま、これは大変です」

「親父、手伝ってくれるのか?」

「いや、手伝いに来たわけじゃない。螭に手本を見せに来ただけだ。

 お前はなんで人間みたいに鎌で刈っているんだ?

 こんなものは、こうするんだよ」

 分離してある右腕を水平に薙ぐ。別に薙ぐ必要は無いのだけど、見本だから。

 陽菜と螭の器だけを避けて、伸びっ放しの芝が刈り取られる。

「ずるいぞ、親父!」

「ずるくない、お前が最初からやらないのが悪い」

「螭、はやくやって。終わらないよ」

「ああ、そうそう。アンソニーが大福を買って来たはずだから、食べに戻らないといけないな」

「親父!」

「水を用意してやろう。あとは任せるぞ」

 俺は苺大福をあまり好きでは無いのだが戻るとしよう。

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