第80話 おっさんと養女

 俺の転移は相変わらず暗転で、一瞬だが暗闇の中を漂う感覚がある。

「おわ! どこだここ?」

 騒がしい奴だ、陽菜はキョロキョロしているが大人しいものなのに。

「最初だからな、俺の城の全貌が拝める場所に出た」

 渾身の作品を見てもらいたいという願いも多分に含まれている。

 大門を開けると目の前に広がるのは、前庭とその側面の森。そして前庭を望むように城が聳え立っている。

「ようこそ、我が家へ」

 両腕を広げて、さあどうだ! と言わんばかりにお披露目をする。

 また騒ぎ立てるのかと思っていた螭は、口をあんぐりと開けたまま固まっていた。

「とても素敵なお城です」

 対照的に陽菜は、興奮を言葉にする余裕があったようだ。

 正直な話、この子の方を娘にしたかった。

「そんなとこ突っ立ってないで行くぞ」

 行くぞと意気込んではいる俺はフヨフヨ移動しか出来ない。

「ほら、螭! 行くよ」

「陽菜、うちのパチモンの城とは違うんだぞ、本物なんだぞ!」

「今日からお前の家になるんだから、そんなに興奮するな」

「だって、ハリボテじゃない。ちゃんとした城なんだろ?」

「まあな、俺が気合を入れて創った作品だからな」

「これをおひとりで作り上げたのですか?」

「力のある神とはそういうものだよ」

 仮初の世界を創れることは内緒だけど、これくらいなら平気だろう。

 これが一つの世界だと認識することは難しいはずだ。何せ、城がひとつ建っているだけだからな。


 腹の中から懐中時計を取り出し、時間を確認すると晩飯時だった。

 ミズチは必要ないとしても陽菜には夕食が必要だろう、急がないといけない。

『ソフィー、客を二名連れてきた。食事を一名分確保しておいてくれ』

『はい、お客様ですね。一人前でよろしいのですか?』

『片方は神だから、とりあえずは不要だ。もう片方は人間だから頼む』

『どのくらいで着きますか?』

『今、門を越えたところだ』

『それではお待ちしておりますね』

 これで陽菜の飯は大丈夫っと。

「お前たち、少し急ぐぞ。陽菜、お前の分の食事は確保したから安心だが、冷めるのでな」

「もうそんな時間なんですか? まだ明るいのに」

 残念ながらここは地球ではないのだ。だから時間の感覚は掴めない、俺ですらさっぱりだ。

「オレも飯くいたいなー」

「お前、実体がない癖に飯なんて食えるのか?」

「あ! そうだった」

 どういうことだ? 神の力の行使方法をも封印しているはず、器など創れる道理ではない。

「ミズチはたまに私に憑依して、ご飯を食べているんですよ。ひどいですよね」

 疑問は陽菜の一言で解明した。憑依か、まあ俺にもやろうと思えば出来ないことは無い。やろうと思わないだけで。

「晩飯は我慢しろ、そもそも準備が出来ていない。朝食からは食わせてやる」

「本当だな! 嘘吐いたら針千本飲むんだぞ」

 子供か! 爽太の方が大人に感じるわ。

「ゆっくり庭を見せたかったが仕方ない。跳ぶぞ」

 有無を言わさず短距離の目視転移、エントランス直前まで跳んだ。


「なんで?」

「飛んだんですか?」

「あ? 短距離の転移だ、明日から教えてやる」

「やったぜ! オレも出来るようになるぞ」

 本来は既に出来るはずなんだが、な。

「おー、ウサオ。お前、飯に呼んでもらえなかったのか?」

 出迎えはウサオだけだった。客もだが、俺にも酷い扱いである。

 ウサオを抱くように浮かべて固定し、そのままラウンジへと向かったが誰も居なかった。ということは、食堂だろうとそちらへ向かう。


「帰ったぞ」

「おかえりなさい、旦那様」

 返事を返してくれたのはソフィーだけで、他は飯に夢中になっていた。

「ああ。旦那、帰ったさね。客が来るって話だったけど、後ろのがそうさ?」

「すまんが一人分頼む。陽菜、空いている席に適当に座ってくれ」

「はい」

「親父、オレは?」

「お前は陽菜の隣にでも浮いてろ」

「旦那様、親父とは?」

 あ~面倒くさい、説明をしないといけない。

「事情があって、養女にした」

『兎に角、詳細は話せない。本人にも、お前にもだ』

『秘密は無しと約束したではありませんか』

『わかった、夜にでも話す。だが漏らすことは許さない、記憶に鍵を掛けることになるぞ』

『それでも結構です』

 ソフィーになら話しても大丈夫だろう、螭に漏れなければ問題は無い。


「食事がある程度落ち着いたら、自己紹介でもしてくれると助かるよ」

「お兄ちゃん、おかえりなさい」

「帰ったのか、どこかに行っておったのか」

「お前ら、これだけ騒がしいのに今気付いたのか?」

「拙者たちだけではない、アンソニー殿を見よ」

「蟹か、そりゃ夢中になるわな」

 アンソニーは蟹の脚に夢中でむしゃぶりついている最中だった。

 アンソニーは真面目なんだが、タイミングが悪いというか、要点を外しているというか評価に困る。

「お待ちどうさ」

 お豊が陽菜の前に蟹を一杯とご飯に汁物を配膳している。

「蟹! 良いんですか、ありがとうございます」

 それはもう立派な渡り蟹、味噌が詰まってそうな感じがする。

「ソフィー、どうしたのこの蟹?」

「特売だったので人数分買ってきました。アンソニーが」

「蟹、好きなんだな。さっきから一言も口利かないし」

「そのようですね」

 今回はよくやったと褒めてやるべきだろうか? 微妙過ぎる。

「ソフィー、ああ酒飲めないのか……残念だな。お豊、悪いがコンロと酒持って来てくれ」

「わかったさ」


 お豊がコンロと黒い紙パックの酒を持って戻って来た。

「円四郎、甲羅をコンロに置け」

「拙者の甲羅か」

「酒を甲羅の半分くらいに注いで火を点けろ、弱火だぞ」

「おじちゃん、お酒入れて。ぼくが火を点けるから」

「任せたぞ、爽太」

 円四郎、コンロぐらい使えるようになれよ。

 甲羅に注いだ酒が段々と温まり、蟹味噌と酒が程よく混ざった良い香りが食堂に漂い始める。

「何か良い匂いがします。これは旦那様、お戻りでしたか」

 甲羅酒の香りに誘われてたっと気付くなんて。

「そろそろいいぞ。ぐいっとやれ、円四郎」

「ぷぁぁぁ、旨い! もう一杯だ、もう一杯」

「火加減、気を付けろよ。甲羅に穴が開くからな」

 甲羅の蟹味噌を食べ切っても、酒を注げば十分いける。

「そういえば、旦那様もお父様と二人でこうして呑んでいましたね」

「なんだ、やっぱり観てたのか」

「はい」

 ストーカーだよね、それ。

「僕もそれやりたいです!」

「拙者のこれが終わったらで良いか」

「はい、お願いします」

 アンソニーが甲羅酒で釣れた。またぐてんぐてんになるな、こいつ。

「豊、アンソニーをお願いね」

「任せるさ」

 前回の宴会の時も酷かったからな、ソフィーも学習したのだろう。

「わたしもそれ良いですか?」

「陽菜、お前幾つだ?」

「二十歳です」

「そうか、なら、アンソニーの後だな」


「お酒が飲めないのが残念ですね」

「このタイミングを外したのが痛いな」

 ソフィーは妊婦だから飲めない、俺はタイミングが悪くて飲めない。

 酒を飲むために肉体に戻っても、明日まで目覚めないだろう。

「親父、オレもあれ飲みたい」

「我慢しろ。そうだ紹介する、俺の妻のソフィーだ」

「よろしくね」

「よろしくお願いします、お母さま。オレは螭です」

「おい! 俺との態度が全く違うだろ」

「だって、こんなに綺麗なんだぜ?」

 肉体を纏っていないにも関わらず、頭が痛い。

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