第81話 おっさんの情報収集

 ソフィーには限定した事情を安全の為に念話で説明した。内容は、螭が迫害されているとい一点に於いてのみである。

 ソフィーとの約束ではあるが、話せないものは決して話す気はない。そのことは彼女も渋々ではあるが納得してくれている。


 翌日の早朝、螭に器を与えた。食事をしたいという欲求を満たしてやりたいのだ。決して、煩くて敵わないといった理由ではない。

 彼女の器を創るにあたり、参考にしたのは陽菜の体。頻繁に憑依しているという話を耳にしたので、親和性に関してはこれが一番だと思われる。

 陽菜の全身を誰に気付かれることなく精査し終える。別にいやらしい意図はないのだが、ソフィーが怖いので知らせなかっただけに過ぎない。

 精査した陽菜の肉体をコピー、その上に螭に似せた皮を被せ調整。その後、投影し固定化。


「こんなもんだな」

 器の創造は最早慣れたもの、結構な数を創っているからね。

「親父、これオレ?」

「そうだ、これがあれば物に触れられるし、食事も出来る。メリットもあるが、当然デメリットも存在する、肉体は疲労するからな。

 入り方については、円四郎に訊けば良い」

 興奮している螭の相手は煩わしいので、円四郎に押し付ける。

「円四郎のおっさん! どうやるんだ?」

「入りたいと念じながら触れるのだ」

「入りたい、入りたい! 入りたーい! うわ」

 吸い込まれるかのように螭は器の中へと収まった。

「無事に入れたようだな、不具合が無いか確認してくれ。動作や感覚を」

「まるで陽菜の体に入っているみたいな感じだよ」

 そりゃそうだ、陽菜の体がモデルなのだから。

 大人の体で、子供のようにはしゃいでいる螭は非常に鬱陶しい。ラウンジから続く廊下を走ってどこかへ行ってしまった。


「旦那、食事にするさね。今日はパンを焼いたさ」

「オレの愛用のホームベーカリー、どうやって持って来た?」

「私が旦那様のお父様から譲り受けたのですよ。良かったら使ってくれと」

「あのクソ親父、絶対ソフィーに下心があるだろ」

「そんなことありませんよ、きっと」

 ソフィーは否定するが俺は確信している、絶対に下心があると。

「親父の親父か? 会ってみたいな」

「難しいな、親父は俺のこと忘れちまってるからな」

「旦那様のことを内緒にして、会うだけなら可能ですよ?」

 俺が人間として生きていたという記憶が消えている。父も友も知己のある全てに分け隔てなく、俺は存在していなかった人間となっている。

「寂しいですね、忘れられてしまうなんて」

「今更どうしようもないことだ、すでに諦めたさ。暗い話はやめにして、食事にしよう」

 気遣ってくれた陽菜の気持ちは有り難く受け取っておく。


「ふわふわだね、おじちゃん」

「この綿のようなのは食いものなのか?」

「お侍様はパンを知らないさね」

「お豊だって似たようなもんだろ、江戸生れなんだから」

「あたしは奥様に教わったさ、試食もしているさよ」

「まあまあ、豊も旦那様もそこまでです」

「ご飯の代わりですよ、円四郎様」

 最後にアンソニーの助言で事なきを得る。

「お豊さんと円四郎さんは江戸時代のお生まれなんですか?」

「江戸時代ってなんだ?」

 陽菜の質問に続く形で、螭の無知具合が露呈してしまった。

「ああ、そうだ」

「え、でも、こうして生きているのはどういう……?」

 螭と陽菜が訪れた時から、普通の人間のように過ごしているから勘違いするよな。


「俺が話すから、食事をしながら聞いていろ。

 お豊は俺が事故って過去に跳んだ時、戻る途中で無理矢理についてきた幽霊だ。

 俺が現代に帰る為に利用した一人でもあるから、拒絶することも出来ずに許容した。そして付いて来てしまった以上、放り出すことも出来ないので従者にした訳だ。

 先程、螭にしたように器を与えてある。生きているように見えるのは器に過ぎないのだよ」

「旦那、あたしを利用したさ?」

「お前、気付いてなかったのか? あの薬師問屋の娘と同じことをしたんだよ」

「ああ、未来に跳んだってやつさね」

 ったく、こいつは……。

「過去に跳んだとか、未来に跳んだとかって?」

「旦那様は時の流れすら操れる神なのですよ。そのお陰で、私たちも出会ったのですから」

 頬を染めイヤイヤしながら話すソフィー、恥ずかしい我が妻として。

「素敵な出会いだったのですね、羨ましいです! 詳しく教えてください」

 詳しく教えられないところが辛い、ソフィーに知られるのがヤバい。ただ三十路になったソフィーに会う約束をしただけなんて言えない、口が裂けても。

「詳しくはソフィーに訊いてもらえるかな」

 俺とソフィーではその捉え方に大きな齟齬があるはず、真実は伏されるべき事柄だろう。

「あとで教えてくださいね」

 ソフィーは陽菜の問い掛けに、大きく頷いた。

「円四郎のことは円四郎に訊いてくれ。器は俺が与えているものだから、そこはお豊と似たようなものだ。異なる点は、彼もまた神であるということ」

 アーリマンは円四郎が祟り神と呼んだが、彼のどこが祟り神なのかと不思議に思わざるを得ない。何かあるのだろう、きっと俺のまだ知らない何かが。


 朝食を終えると、勉強の時間となる。ソフィーが主導しているので、俺はやることが無い。

 螭の無知具合も半端ないことが分かったので、お勉強に強制参加となってしまったのだ。

『ちょっと出てくる。螭の居た世界の様子を観に行く』

『どのくらいで戻られますか?』

『すぐ戻るさ』

 教師役のソフィーの邪魔をする訳にはいかないので、念話だけ飛ばしそのまま転移。


 あの場でも一応感知出来たが、やはり中に入った方が分かり易い。

 浸透させてある分体から情報を抜き取る、吸収はしない。引き続き情報収集をさせる必要があるのでね。

 得られた情報は紛い物たちの生態、従者たちの活動内容。

 紛い物の生態、これは幽霊だな。肉体を与えずに精神だけを生成したのか。

 肉体が無いから増殖することが無く、破綻することが無い。俺が今まで見てきた世界はいずれもその未来に破綻しか見出せなかったが、これはよく考えられている。

 しかし幽霊は精神体そのまま、いずれ摩耗して消えるはず。増えないにしても減るだろう、そこをどうしているのか疑問でしかない。

 その答えは従者たちの活動を観れば一目でわかる、こいつらが再生している。恐らくは元螭から与えられている権限なのだろう。

 摩耗し消えたものの再生、姿形はそのままに記憶がリセットされている?

 赤子同然の紛い物に基本的な情報を刷り込むところまでは理解出来た。そして何やら手品のような術とでも云えばいいような力を与えていた。これか! これを螭は扱えないから迫害対象となっている訳だな。

 昨晩こっそりPCで調べたら、闇淤加美神とやらは古事記か何かに記されている水神。水なら簡単に扱えると思うのだけどね。


 干渉者の情報は得られなかったが、情報収集としては十分だろう。分体を補強してから城へと帰るとするかね。

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