第79話 隠匿
従者は満足げに振り返り、俺の顔を見ている。しかし、問題だらけなのだ。
実際に、ミズチという名の神はかなり訝しんでいる様子。傍で聞いていた俺にも分かる程に強引過ぎる展開。
そして一番の問題は、ソフィーと腹の子である。ミズチがどのような態度を示すのか、十分に注意しておかねばならないだろう。
こんなことなら、もっと詳細に話を詰めた上で承諾するのだった。最初に快諾してしまった以上、断るに断れない。だからといって、泣き寝入りするという訳にはいかない。いざとなれば、放り出す気でもいる。
「お前ら、ちょっと来い」
従者たちを全員傍に呼ぶ。
「もしあいつが俺の家族に害を及ぼすなら、有無を言わさず放り出すぞ。
それも物理的、精神的を問わずだ。危険だと判断し次第、強制的にこちらへ戻す」
「それは、どのような意味でしょう。従者ではなく、家族?」
「俺には妻がいて、腹の中には子供がいる。
あれをお前たちが勝手に、俺の子供と言い張ったことで生じるであろう問題だな」
そう、全部こいつらのせいだ。
「妊娠しているって、まさか人間の妻がいるというのですか?」
従者たちは、唖然としている。三人揃って、訳が分からないといった表情。
「此奴は特殊な成り立ちでな、人間が生きたまま神となっている」
恐らくだが、こいつらの主ミズチは信仰の神か、それに近い何かだろう。随分と古めかしい名なので、帰ってからネットで調べてみたい。
「それならば、母親ということにしてしまえば……」
「ふざけるなよ、妻は少し変わってはいるが人間だぞ? どう考えたって、神など生みはしない。
この際だ、人違いで父親はこいつということにしてはどうだ? 保護に関しては引き受ける、俺が預かるということにすれば良い」
右手の親指で、おっさんを差しながら話を進める。
「いや、しかし、台無しじゃないですか?」
「は? 何言ってんだ。傍で聞いてりゃ、最初からグダグダだったじゃねえか。話の展開に困ったら、俺に丸投げしてただろ?」
「どうするか、考えます」
従者たちは顔を突き合わせて相談し始めた。
「なあ、親父はなんで弁天たちを怒ってんだ?」
渦中のミズチが首を突っ込んで来た、その後ろには申し訳なさ気にヒナが付いてきている。
「すまぬが、少し待ってもらえるだろうか。今は大事な話し合いをしている最中なのだ」
珍しいこともあるものだ、おっさんがミズチとの話に割って入ってきた。
俺はその間に念話で従者たちに確認を取ることにした。
『お前らの嘘は大きすぎる、幾らなんでも酷すぎだ』
『これは念話ですか、久しく使います。しかし、どうするのです?』
『どうもこうもねえ、俺は父親でも何でもないが預かることは事実。
ただ問題を招きそうなことは出来る限り排除しておきたい、それだけだ』
『真実を伝えろと?』
『隠したい部分は隠せばいい。だが、嘘で塗り固めるのはやめておけ。
真実が露見した場合、ショックを受けるのはあいつ自身なんだぞ。
とりあえず、この世界を構築したのがあいつだということは伏せよう。それが元のあいつの望みなのだろう?』
『はい』
『俺は神の力の行使方法を教える為に、その身柄を預かる。それで良いだろう?
まずは先の話を撤回しろ。その後は、秘匿したい部分を除いて俺が話そう』
『聞き入れてもらえるでしょうか? お父様ということで喜んでらっしゃるように見えますので』
『必要なら養女にだってしてやるさ。それなら何も問題は無いからな』
『わかりました、正直に話すことにします』
これで父親という大嘘が招く事態を回避できるはず、ソフィーたちを害されても困る。パワーバランス的に抑え込めるとはいえ、相手は神なので何があるか分かったものじゃない。
従者たちはミズチだけを捕まえ、話をするために俺達と少し距離を置ている。
時折、ミズチの声が聴こえるので話は順調に進んではいるようだ。
向こうが話を進めている間に、俺は保険を用意することにする。
「ヒナちゃん、少し話をしよう」
「あ、はい」
「そう緊張しなくていい。俺だって一年前まで人間やってたんだ、だから話くらい大したことではない」
「神様というのは、最初から神様として生まれてくるのではないのですか?」
「いや、それだけではない、というこころかな。
神社や何かで祀られて、死んでから神になった人間も多くいるらしいよ。俺は一人しか知らないけど。
それと俺の場合は、かなり特殊なタイプみたいだから参考にはならないよ」
「特殊というのは、どういう意味なんですか?」
「俺は生きたまま神になってしまった不幸な人間さ」
今でこそ神として自覚しているが、以前はそうではなかった。俺自身が、どうしても認めたくはなかったのだ。
「まあ、そのことは置いておこう。
実を言うとね、俺はあの子の父親ではない。とある事情があって、あの子を預かる為にここに来たのだよ」
嘘にならない程度に話を通しておこう。
「お父様ではないのですか? 先程、弁天様が……。だから、怒ってらしたのですね。
それで事情というのは?」
察しの良い子だ、そしてこちらの誘導通りに質問してきてくれる。
「あの子、神としての力の行使が出来ずに苛められているだろう?」
「あ~そうですね。嫌がらせみたいなのが確かにあります」
当てずっぽうに話している訳ではない。ヒナの記憶を読みながら、その内容に従って話を進めている。
「だから、呼ばれたのだ。あいつらがこのおっさんを通して、俺に依頼してきた訳だ」
これで俺が出てきた理由は完璧。これに関しては、そのままなので問題ないだろう。
「こちらが叡智の王様で、あなたは欲望の王様なのですよね。偉い神様なのですよね?」
「いや、偉くなんてないよ。ただ単に強力なだけだ。考えてもみてくれ、俺は神一年生なのに数千年前に発生した神の上に立てると思うかい?」
「それはそうですね。それに神様になって一年なのに、ミズチの父親というのも無理がありますね」
「気付いてくれて、ありがとう」
まあ、普通に話をしただけだが、こんなもんで良いだろう。
向こうも話は終わったのだろう、こちらへと歩を進めている。
「なあ、あんた。名前は何て言うんだ?」
「ああ、すまん。俺に名はない、好きに呼べ」
「なら、親父だ! 娘にしてくれるって本当だよな?」
「本当だ。望むなら叶えてやろう、それこそ欲望の神らしいだろ」
一応、格好をつけてはいるけど簡単な話だ。法に縛られることも無い俺は、口約束で十分親子になれてしまう。
しかしまあ、なんというか、さっぱりした性格だな。
「オレは
「
「こちらこそ」
ふと見ると、従者たちは疲れ切っている。
「どうか、よろしくお願いします」
「安心しろ、お前らの総意として受け取らせてもらう」
色々な意味での『総意』としてね。
「区切りがついて、返す前には連絡しよう」
「出来るなら、通う形にしていただけると助かります」
「わかった、考えておこう」
「ありがとうございます」
避難という色合いが強い以上、こうなるわな。娘として受け入れた以上、通えるようにするのも吝かではない。
それでも原因を排除できれば、それに越したことは無いと思うのだが。
『少し調査させてもらう。その為に分体を残していくが良いか?』
『構いませんが、派手に動かれるのは困ります。こちらでの統制もありますので』
『その点は心配いらない。軽く浸透して様子を見るだけだからな』
『では、ご自由にお調べください』
それだけ話すと、俺は自立型の分体を従者たちの横へと投影した。
投影された分体は、すぐさま姿を消し世界へと溶け込んだ。
「親父、今のは?」
「ん? ああ、分体だ。連絡用に置いていく」
連絡も出来るという意味でしかないが。
「そんなことも出来るのか? 教えてくれるんだろ?」
「慌てるな、何をするにも城に帰ってからになる。おっさんはどうする?」
「私も帰ろう」
「そうか、またな。それじゃあ、行くとするか」
おっさんと螭の従者たちに別れを告げ、転移した。
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