第73話 従者召喚

 ソフィーのお腹が若干ではあるが膨らんできた。

 俺が人間の時には子供が出来なかったので、とても感動的な光景だ。

 そして、ソフィーの腹が膨らんで来たのを機に従者たちを眠りから目覚めさせることにする。


「まずはお豊からだな」

「豊の器はどうなさるのです?」

「俺の記憶している一番若い頃の姿にしようと思う」

「それですと、えーと……」

「十四歳のお豊だな、顔だけババアなんて可哀そうだからな」

「体はある程度大きな方が良いのではないですか?」

「問題ないだろう、当時もよく働いていたみたいだからな。

 ということで、もう準備は整っている。投影してしまおう」

 呼び出すことは予め分かっていたので、構成は終わっている。

 お豊の十四歳当時の姿を模した器を投影し、固定化。

 今度の中身はソフィーのコピー、女性の骨格や臓器を丁寧に創ってある。但し、新品なので幼児並みに新鮮ではある。

「まあ、豊はこんなに可愛いかったのですか?」

「本人が居ないからって失礼だな。誰にだって若い頃の姿くらいあるだろ、人間なんだから」

「それにしては、全くの別人ではないですか」

 ソフィーにはまだ納得がいっていないようだが、出来上がった器へとお豊の精神を取り出し移し替える。


「んん、良く寝たさ」

「起きたなお豊、久しぶりだ。早速で悪いのだが、どこか異常はないか?」

 ここはお豊の部屋なので、ドレッサーの横に姿見があり丁度良い。

 お豊はベッドから起き上がり、鏡の前で自らの姿に目を輝かせた。

「旦那、この格好は!」

「俺がお前に最初に会った頃の姿、お前は知らないだろうけどな」

「何か体が小さくなったかと思えば、顔だって娘の頃のままだよ」

「前回は色々とバランスが悪かったので、旦那様が苦心されたのですよ」

「ありがとよ、旦那」

 若い頃のお豊の姿、普段の活発な性格と相俟ってとても躍動的に映る。

 ソフィーもお豊と一緒になって確認をしてくれている。


「奥様のお腹、膨らんできたさねえ」

「だから、身の回りのことをお願いしようとね」

 二人とも活発な性格なので相性が良いのだろう、再会を喜び合っている。

「今回はこれだけではない、アンソニーも呼び出さないとな。さて、あいつの部屋はどこにするか」

「そうですね、そうでした。豊、私もまだ会ったことは無いのですが、旦那様が従者を一人連れて来たのですよ。大変な苦労をされた方だと聞いています」

「それはまた難儀さね、あんそにーというのは名前なのかい?」

「ああ、イギリス人だ。アンバーと同じだが、分からないか……」

「大丈夫です、ここに地球儀があります。イギリスはここですよ、日本と同じで島国ですね」

 そういえば部屋には様々な教材が置いてある、ソフィーがお豊の教育の為に用意した物なのだろう。

「日ノ本がここだから、随分と遠い国から連れて来たさね」

 お豊は地球儀の日本とイギリス、それぞれを両手の指で指し示していた。

「お豊の隣の部屋で構わないか、仕事はほぼ一緒な訳だし。移動するぞ」

「旦那、隣に部屋なんか無いさ」

「そうですよ旦那様、ボケてしまいましたか?」

「ソフィー……、無いなら創れば良いのだよ」

 実際、お豊の部屋の隣には壁があるだけで何もない。そもそもが俺の創ったものなので弄るのは造作もないことなのだ。

 壁の一部を扉へと変え、ある程度の広さの部屋を創り出す。ベッドを一つ置いただけで部屋は殺風景なまま、アンソニーの希望を聞いてから創り替えることにしよう。


「お豊の部屋がかなり広いから、こいつの部屋は割を食った感じになってしまったな」

「広げればよろしいではないですか?」

「建物のバランスまで弄るのはどうかな? 見た目が不格好になる」

「変なところに意地を張るさ、旦那は」

 言いたい放題だが、言われておこう。

「それじゃ、アンソニーの器を用意するぞ」

「彼の器はどのように?」

「あいつ自身が望む姿にしてやろうと思っている」

 幽霊として現れた時の姿だな。

「ちょっと待つさ、男の人なのかい?」

 お豊は慌てふためいている。

「ほほう、豊。気になるのですか?」

「な、なにを、言っているさ。奥様は」

「お豊の趣味に合うかは分からないが、結構なイケメンだぞ」

「旦那まで何を言うさ」

「豊にも春が来るのですね」

 死んでからくる春というのは、最早手遅れだとおもうのだが。


 お豊を揶揄い続けるソフィーは放置して、器を創り出す。お豊と同じように既に構成は済んでいるので、投影し固定化するだけだ。

 アンソニーを起こして、器へと移す。

「……ここは?」

 寝起きがとても良いようだ。

「ここは俺の家。そこに居るのが妻のソフィー、それとお前の教育係のお豊だ」

「ここが神様のお家なのですか?」

「ああ、殺風景だから驚いたか。ここはお前の部屋になる、どんな部屋を望む?」

「はい、暖かで落ち着く感じが良いですね」

「なら、それをイメージしてごらん」

 手を突っ込むことも無くアンソニーの思考を読み取る。俺の創った器だから、言ってみりゃ分体の親戚のようなものだ。

 淡いグリーンの壁に暖炉があり、大きな窓から陽の光が差し込む。

「把握した、今創り直すから待っていろ」

 彼のイメージ通りに部屋を創り変える、ただ暖炉は省いた。

「すまんが暖炉は駄目だ、ここは酸素が貴重なのでな」

「とんでもございません。このような素敵なお部屋をいただけて光栄にございます」

「どうした? そこまで丁寧な言葉遣いは必要ないぞ」

 言葉といっても翻訳が掛かっている状態だから思念といった方が良いかもね。

「突然でしたので、驚いてしまって申し訳ありません」

 お豊もそうだったな、ただの人間がこんなもの見せられたら驚くのが普通か。この生活に慣れ、常識が徐々に変わってきてしまったのか俺は。


「とりあえず、体に異常が無いか確認してくれ。一応、問題は無いと思うのだが」

 俺の言葉を聞き、アンソニーは両手で探るように自らの体に触れ始める。

「これは? 体が……」

「お前たちは肉体が無ければ何も出来ないだろう。俺の創った器だ、満足いくかは分からないが、それで我慢してくれ。勿論、異常があるなら創り直す」

 鏡かあ、構造は知っているから創ってみる。確かこんな感じだろうと適当にイメージから投影し固定化する。

 所々曇りのある不鮮明で微妙な鏡が出来上がった。うん、これは買って来た方がいい。

「出来の悪い鏡で申し訳ないが姿も確認してくれ」

「は、はい。この姿は?」

「その姿はお前が若い頃の姿だ、お前の中でイメージが最も強いのだろう」

「この歳の頃に、あの妙な世界に入り込んでしまったのです」

 その話は知っている。勝手に彼の記憶を見せてもらったから。

「それで調子はどうだろうか?」

「はい、抜群です! 当時よりも体が軽い」

「それは良かった」


「旦那様、一つ問題があります」

「ん? なんだ」

「豊には彼の言葉が分かりません。彼は英語で喋っていますよね?」

「あーそうか、俺、翻訳空間のやり方ってイマイチ分からないんだけど、やってみるわ」

 俺は一対複数での翻訳は教えてもらったけど、空間そのものに翻訳を施すやり方を知らない。それでも根幹の部分は同じだろうから、範囲を広げれば良いということだろう。

 久しぶりの大仕事になる。ここは俺の創った空間だから、俺そのものを浸透させる必要は無い。だから出来そうな気がする。

 俺が使っているのは相手を特定して行使している訳だから、その扱いを空間に広げれば良い。一の部分を空間全体に作用するように置き換える。

「これでどうだ? アンソニー何か喋ってくれ」

「はい、初めまして」

「何言ってるのか分からないさ」

 何がいけないんだ? アプローチの仕方を変えよう、教わったことを根幹にするのはそのままに望む。

 望めば叶うという、欲望の神の本質を使うことにする。ただ失敗が多いので余り選択しないやり方だ、しかも再現性に乏しいので応急処置程度にしか使えない。

「頼む」

「はい、僕はアンソニー・マイヤーズといいます」

「あんそにーまいやーず?」

「駄目ですね」

「駄目か、こうなったら訊くしかないな。アーリマンでも呼ぶか?」


「呼んだかの?」

「な! 呼ぶか、どうしようか相談しよう思っただけなのに」

 俺の右隣にアーリマンが突然現れ、自然と佇んでいる。

「もういい、わかった。一つ教えてくれ、翻訳空間はどうやってやるんだ?」

「それはのう、こうじゃ」

 俺の頭の中に直接やり方が突っ込まれる。乱暴な方法だが、よく考えれば俺も良くやっていた方法だった。

「なるほどね、道理で出来ない訳だ」

 一の部分を空間に与えるのではなく複数へと切り替えるだけなのか、複数対複数にした上で効果を空間に及ぼせば良いということだった。微妙な勘違いなのに、全く効果を成さないとは神の力も万能ではないのだな。


「よし、これならどうだ?」

「僕はアンソニー・マイヤーズ。これからよろしくお願いします」

「よ、よろしくさ。……あたしは豊、旦那にはお豊と呼ばれているさね」

「上手くいきましたね、それでは宴会にしますか?」

「儂の為に宴会にしてくれるのか? ゲラルドを呼ばねばならんの」

「それにアンソニーの歓迎会でもある。ついでだから、円四郎と叡智のおっさんも呼んでやるとしよう」

 円四郎と叡智のおっさんに念話を飛ばして呼んでみた、円四郎は喜び急いでやってくるという。おっさんは何か用があるとのことで今回は辞退することとなった。

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