第72話 おっさん再び
ソフィーの散歩はやっと終わり、城のエントランスまでやっと戻って来れた。
エントランスには見慣れた後姿がある。つい先日、アンソニーを回収した時に一緒だった叡智のおっさんだった。
「何してんだ? 特に呼んだ覚えもないが」
「頼まれ事があったことを失念しており催促された。故にお前を呼びに参った次第だ」
そういや何か仕事を依頼されているとか言ってたっけ?
「催促ってことは急ぎなのか?」
「特に急ぐ必要を感じないが、相手は急ぎたいようだ」
「なら、仕方ない。ソフィー、また分体を置いておくので留守を頼む」
「わかりました。ですが、早く帰ってきてくださいね」
ソフィーの答えを聞きながら、自立型の分体を創り出した。
「準備は出来た、どこにでも連れて行ってくれ」
「では、ゆくぞ」
転移する、おっさんの転移は景色が高速で切り替わるから眺めていると面白い。
「ここは、懐かしい、な」
「そうか、お前はここに滞在していたのだったな」
目の前には、サティの屋敷がある。依頼とは態のいい呼び出しではないよな?
そろそろ和解しても良いかとは思っていたが、意図せず訪れるのは少し違う気がする。それでも、ソフィーの懐妊をリタに知らせるくらいはしてもいいだろう。
「迎えが来るまで待つ」
「あまり楽しくはなさそうだな」
勝手知ったる他人の家だが、一応の礼儀として無断で上がり込むのはやめた。
屋敷を目の前にしたまま、おっさん二人が漂っている。
「お待たせいたしました、どうぞ中へ」
迎えに出てきたのはアンバーだった。これでリタへの報告は頓挫したことになる。
アンバーに連れられて屋敷の中へと入る、案内されたのは応接間ではなく食堂。
「遅かったわね、私がお願いした仕事をすっぽかす気満々だったでしょう?」
開口一番、苦言を呈してくるサティ。
「急ぐような事柄では無かろう」
おっさんの返答からして、本当に急ぐ話ではないようだ。
俺まで呼ばれる意味が解らない。
「今が丁度いい環境なのよ、だから急いでほしいの」
一人で勝手に捲し立てているサティだが、話が全く見えない。
「こいつには仕事をさせたばかりなのでな、休息が必要だろう」
アンソニーの件があったので、俺を気遣ったのかおっさんは。
「何を急いでいるのか、さっぱり分からないのだが?」
一体、何をさせようというのだろうか? その質問を待っていたとばかりサティは話し出す。
「大きな文明を興したいの、その為に環境は整えたわ」
文明を興したいということは、『下』関連の話だろうな。俺が把握している限りでは石器時代だったはず。
「環境が整っているなら自力でやれよ」
「私では無理だから、あなたに頼みたいの」
全くもって意味が分からん、俺に文明なんか興せるわけないだろ。
「どこで仕入れた知識かは知らんが、こいつは大規模な戦争を望んでいるのだ」
「ああ、そういうことか! 技術躍進を期待しているのと?。
だが、基本となる技術体系が存在しないのに躍進も何もないとは考えなかったのか?」
俺は別に戦争を否定したりはしない、あくまでも政治に於ける一つの手段だと思っているから。それでも自分がやりたいとは思わないけどな。
「あなたが居なくなってから環境を少し変えて、集落が出来やすくしたのよ。
今は小規模な町くらいは幾つか出来上がっているの」
「それで俺に何をさせたいの?」
「あなたには一つの勢力を担ってほしいの」
「断る。そんなもん自分でやれよ、段取りが済んでいるなら出来るだろ」
神の失踪した世界なら仕方なく殺したりするけども、こういうのは御免だわ。怨嗟の思念や残滓がどれだけ俺の心を蝕むと思ってんだ、冗談じゃねえぞ。
「話は済んだ、私は帰ることにする」
「俺も帰らせてもらう」
和解など無理な話だ、こんな考えの持ち主とは相容れない。
「申し訳ない」
「あんたが謝ることじゃねえよ」
内臓もない精神体の癖に胃の辺りがムカムカする。
おっさんは俺を残して帰って行った。それに続くように俺も転移する、ソフィーから早く帰るように言われているからね。
転移して出たのは城の前庭、つい数時間前の散歩ルートの途中。
嫌なことがあった時は忘れるのが一番なのだが、今の俺には忘れることが難しい。
記憶にインデックスが作られているかのように、簡単に引き出せてしまうのだ。よく出来たデータベースだよ、全く。
純粋に人間だった頃は40歳も過ぎて、物忘れやド忘れに困っていたというのに。
城へと向かいながら、転移について考える。
俺の普段使う転移には加速が含まれている、だからこれは妊娠しているソフィーには用いることが出来ない。危険だからと加速だけを除去しようかと考えたが不可能だった、加速を取り除くと転移出来なくなってしまう。本末転倒である。
次に転移扉に関してはだが、これは仕組みが全く異なる。ケーブルを通している常時展開型の転移システムと同様に、入り口の座標と出口の座標を隣り合わせてくっ付けてある。そして、扉の場合は開いた時だけ発動するようになっている。
転移扉に関しては、お腹の子供にも影響は出ないはずだ。母体に関しては、何があっても平気そうだから心配はしていない。
フヨフヨとそんなことを考えながら進んでいると、ソフィーが迎えに出てきた。ウサオが通報でもしたのだろう。
「もう終わったのですか?」
「ああ、もう済んだ」
「それならご飯を作るので監督してください」
「じゃあ、行こうか」
分体の視界はパントリーの中、米研ぎをさせられている。吸収するのは終わってからの方が良いな、俺がやるのは面倒だ。
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