第74話 迷子の剣豪
宴会というものは肉体が無いというだけで、何故こんなにもつまらないのだろう?
アーリマンは当然の如くゲラルドを呼び付け、ゲラルドに苦言を呈されていた。
お豊は料理を担当し、ソフィーとアンソニーは買い出しに出ている。
当初はお豊とアンソニーで買い出しに向かわせたのだが、翻訳空間の効果が地上には及ばない為にお豊とアンソニーの意思疎通に問題が生じてしまう。その為、ソフィーがお豊に代わりアンソニーを引率することになった。
「魔女っ子の腹が膨れているように見えたのじゃ、食い過ぎかの?」
「いや、妊娠したんだよ。俺の子をね」
「ほう、それはまた目出度いではないかえ」
こいつらの感覚に懐妊を祝うというものが存在するのだろうか? 純正の神の感覚というのは全く以て理解出来ん。
「いやはや、そんな目出度い席に呼んでいただけるとは光栄でありますな」
「ゲラルドの爺さんは突然呼び付けられて大変だろうが、まあ楽しんでいってくれ」
「それにしましてもお豊さんの肉体が若返っておりましたな。羨ましい限りですぞ」
「頼んでみたらどうだ」
「私の記憶は最早遠い昔故、僅かに覚えている程度。再現は難しいかと」
「なんじゃ、儂の腕を舐めておるのか? 記憶くらい穿り返してやるのじゃ」
「それでは次回の楽しみにとって置くとしましょう」
この主従の関係は実に羨ましい、俺も従者たちとこのような関係でずっとありたいものだ。
「話は変わるが、いやあまり変わらないか。アーリマンは何故そんな姿をしているんだ?」
「儂か? お主、儂の姿はどのように見えておる?」
「無機質で中性的な人形みたいに見えているぞ。ユニセックスってやつだな」
「ふむ、お主にはそのように見えておるのかえ? 儂は姿を固定しておらぬ、見る者によってその姿は様々に捉えられるはずじゃ。
お主は儂の上位互換じゃから、それこそが儂の真実の姿かもしれんの」
「なんだその便利機能、俺にも出来るよな?」
「可能なはずじゃが、ここに居る者達はもう認識が固まっておるでな、捉え方は変わらんじゃろう」
「なるほどね、先入観さえ無ければどういう風に見えるのだろうな」
「儂もじゃが、お主も欲望そのものを具現化したような存在じゃ。見る者の理想像に近くなるのではなかろうかの」
「ということは、初っ端から好印象を与えられるということだな」
なんという卑怯な手段だろう、ハーレムも簡単に構築できそうだ。別に要らないけど。
「ただいま戻りました」
話に夢中になっていて気配に全く気付かなかった。ソフィーとアンソニーが買い出しから戻って来ていた。
「おかえり。どうだった、アンソニー?」
「はい、面白く興味深い場所でした。今のこの国ではあれが普通なのですね」
「普通かどうかは難しいところだが、まあ似たようなものだろう。お前の国だって同じようなもののはずだぞ」
「それと言葉が分かる者達も数名おりました。次回からは僕一人でも行けます」
「まだ駄目ですよ。お金の価値も理解していないでしょう? 言葉が分かると言っても片言ですからね」
「これが都会なら普通に会話も出来ると思うが、ここは田舎だからな。無理せずにゆっくりでいいから、馴染んでくれ」
「はい、ありがとうございます」
少し硬いがこれが彼の持ち味だろう。役に立とうと必死なようだが、無理はしないでほしい。日常生活が送れるようになれば、それだけで十分だ。
「豊が料理していますからね、彼女の作れないものを主に買ってきました。
お酒と揚げ物とお刺身、そしてマグロの尾の煮付け。それと例の山くらげ」
俺は今日も食えないんだけど、毎回見る物ばかりなので後ろ髪を引かれることは無いな。
「お待たせしたさ、料理持って来たさね」
「また大量に作って来たな」
お豊が持って来たのは、野菜とベーコンの炒め物、大根とわかめの味噌汁、ソフィーが大量に買い貯めた冷凍餃子。
「そっちのちびっ子と爺、それと大喰らいのお侍が来るんだろ?」
お豊にはアーリマンの姿は子供にでも見えているのだろうか。
「そういや、円四郎遅いな」
「あ! 扉の転移先を変えたのを知りませんよ」
「あ~、そうだったな。今頃スーパーの入り口付近をウロウロしているかも。
仕方ない、分体を迎えにやろう」
こういう時、そのまま本体で行かれないのが手間だわ。自立型の分体を創り出し、そのまま地上の家へと向かわせる。転移でスーパーまで行かせよう。
「なんじゃこれは酒か?」
「旦那様が好んで飲んでいらっしゃるものです」
それは二リットルの黒い紙パックに入った酒だった。
俺、結構酒呑むから経済的に優しいのを普段は選んでいるんだよ? 客に出すのまで同じにしなくても、ねぇ。
ソフィーは自分も飲めないからと手を抜いたのかもしれない。
「アンソニー、お豊も席に着け。今日はソフィーの懐妊祝いとアンソニーの歓迎会だ」
「ありがとうございます、神様」
「その神様っていうの止めてね。俺はそんな大したものじゃないんだ」
まだ邪神認定されてないけど、自分ではそう思っている程度の存在なのだから。
「私と同じで旦那様としましょうか」
「はい、旦那様」
「それで頼むよ。居た、円四郎見つけたぞ」
スーパーの入り口で、出入りを繰り返しては首を捻っている姿が頭の中に映し出された。自立型の分体なので、適当に説明して連れてくるだろう。
「さあ、遠慮せずに飲んで食ってくれ」
「儂にそのアジフライを寄越すのじゃ!」
「ご主人様、もう少し遠慮というものをですな」
子供のようなアーリマンとゲラルドの掛け合いが微笑ましい。
「アンソニーさ、早く食べないと無くなってしまうさ」
「見たことの無いものばかりで……」
「お刺身は無理にとは言いませんから、平気そうなものからどうぞ」
「奥様、あたしはお酒をお燗してくるさ」
「お豊、二合徳利とコンロ、鉄瓶に水淹れて持ってこい。ここで燗したらいい、どうせ直ぐ無くなる」
「わかったさね」
お豊がパントリーに色々取りに行ったタイミングで、円四郎も扉を越えてやってきた。
「遅くなった」
「いや、こちらの不手際だ、申し訳ない。お詫びに今日の器は俺が創ろう」
分体を吸収しながら円四郎に詫びる。
円四郎の器の構成はアンソニーのものを流用する。少し意識を円四郎に伸ばして記憶を読み取り、若かれし頃の円四郎の皮と服を被せ投影、固定化する。
「こんなんでどうだ?」
「これは拙者が若い時分の姿ではござらんか、有難く利用させてもらうぞ」
小声で入る入る言いながら円四郎は器の中に身を投じる。
「以前のものより、しっくりくるのう」
「それは良かった。ほら、さっさと食わないと無くなるぞ」
お豊が席に戻り、酒を燗し始めた。
「アンソニーさ、これを飲むさ」
お豊は甲斐甲斐しくアンソニーの世話をしている、仲良くやれるなら良いことだ。
「これがこの国のお酒ですか、なんと芳しい」
「アンソニー、一応紹介しておくな。
この妙な格好をしているのは扉の先の国の剣豪で、神になってしまった真理谷円四郎。
そんで、そこにいる爺じゃない方がアーリマンという俺と似たような神。爺の方はお前と同じで従者のゲラルドという。
こいつらはこれからも顔を見る機会があるだろうから、覚えておいてくれ」
適当な説明だがこれで十分だろう、場を白けさせても仕方のないことだ。
「円四郎様はお豊さんと似た感じがします。アーリマン様はとても美しい方なのですね」
理想像とはこういうことか、欲望の神半端ねえな。
「どういうことですか旦那様? あの悪神が美しく見えるなんて」
「アーリマンは姿を固定していないから、見る者によって捉え方が変わるんだとさ。
欲望の神なら出来るらしいし、俺も次回から真似することにした」
印象って大事だからね。
「妙な女を連れてきたら、許しませんからね?」
「俺にはお前ひとりで十分なんだよ。やめろ、俺に重なるな」
ソフィーはにやけた表情で俺の本体に体を重ねてくる。文字通り、重なっているところがシュールだ。
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