第69話 神の代用
毎度の如くおっさんの転移でやってきたのは、神の居なくなったとされる世界。
「ここだ」
「ここも戦争か、しかし随分と安定しているな」
相変わらずあっさりとしたおっさんに案内されてやってきたのは、古代? 少なくとも中世や近代ではない時代だと思われる。
「ここは本当に神が居ないのか? それにしては残滓などの集約が悪い」
前回も前々回も、神の居ない世界に入ると特に濃密な思念が俺の周りに集まって来たものなのだが、今回はさっぱりだ。ほんの上澄み程度が集まってきているに過ぎない。
「理由がある、跳ぶぞ」
今回は見学という話だし、何かさせられることも無いと気軽にいこう。
転移を終えてやってきた場所には、時代錯誤なブツが壊れた状態で放置されていた。
「なんでこんな所に複葉機? 骨董品も良いところだ、博物館にあってもおかしくない代物。それも墜落というよりは不時着でもしたのか」
複葉機は片翼の捥げた状態で放置されていた。
おっさんは顎でその先を指し示す、その方向には掘っ立て小屋というか、あばら家が見える。
あばら家の傍には盛り土がしてあり、墓標のようなものもある恐らくは搭乗者の墓なのだろうか。だが、墓があるということは、生存者が居るということだ。
「姿は消せるな? 行くぞ」
「消せるけど、必要なのか?」
「その方が良いだろう」
おっさんの指示で、姿を周囲に溶け込ませるように消す。不思議なもので、姿を消してもおっさんの存在を感知できた。
おっさんの後に続く形で、あばら家の屋根から浸透して行く。
『こいつがお前が感じた違和感の答えだ』
俺が感じた違和感、残滓若しくは思念の集約の妙。
『オリジナルの人間を神の代用としているのか?』
『この世界は以前に訪れたことがあるが、最初に訪れた時にこんな人間は存在していなかった。私が訪れた後に不運にもこの世界に入り込んでしまったのだろう』
神が失われている世界に、地球の人間が入り込む? どういうことだ。
『この世界は、地球にあるのか?』
『そうだ、力の弱い神の殆どは地球に世界を構築している。オリジナルの人間が通常至ることの無い空中であることが多い』
その発想自体は、俺が宇宙空間に城を築いたものと同じなのだろうが、それでも地球に作るというのは危ない気がしてならない。
『お前が危惧するのは理解できる、このようにオリジナルの人間が入り込むという事例は他にもある。
ただ今回は事情が違う、あの人間にはこの世界の残滓が集約されている。我々は少しだけ分けられているに過ぎない。
神の代用品というには余りにもお粗末だ。彼は何も感じてすらいないだろうが、彼はこの世界によって保護されている』
『あいつ、助けなくて良いのか? この世界も戦争してただろ』
『失われた神の結界は活きている、人間は外に出られんよ。それに世界が離さないだろう、この世界の中心は最早そこの人間だ』
外からは入れても、中からは決して出さないということか? 狂った世界の人間が地球に出て行くのには反対だが、それにしてもな。
『この世界は最初に観た時に思ったが、神が居ないとも思えない程安定している。その理由は彼ということだな?』
『彼を中心として、世界そのものが自浄作用を育んでいる』
『だが、彼は人間だろ?』
見た目からして結構な歳だ、乗って来たであろう複葉機は苔むしていた。そう長く持つとは思えない。
『私が彼を発見したのはもう、百年も前だ。発見した時から彼はここにこうして住んでいた』
どういうことだ? 世界が手離さない理由、保護されているという話。
彼はこの世界を保つ為だけに生かされている。彼は人間のまま、死ねないのか? そんな酷い話があって堪るか!
俺の感情が昂った瞬間、椅子に掛けていた彼が俺の方を見上げたように思えた。
「誰か! 誰か居るのですか?」
こんな所に放置されて、延々と生かされ続ける彼の精神力は相当なものだ。
『どうする?』
『任せる』
『俺は肉体を持って来ていない、会話が出来るとは思えないのだが』
『問題ないだろう、姿を戻せば認識するはずだ』
だから、姿を消させた?
男の座っている椅子、テーブルの対面に移動し姿を現す。俺の姿はぼんやりと透けた日本人だ。
「やあ、外の複葉機は君のかい?」
「は、はい。ここに来てもう何十年と経ったのか、よく分かりませんがね」
翻訳も問題は無く機能している。
「帰りたいか?」
「帰れるのですか?」
「俺は帰らせてやりたい。だが、問題もある」
彼はこの世界に生かされている存在である以上、ここから引き剥がすと死んでしまうだろう。
それに彼と知己のある者達は既に墓の下のはず。
「問題とは?」
「お前はこの世界に囚われ生かし続けられている、ここを離れれば死ぬだろう。
お前がここに来てから既に百年以上経っているという話だ。帰っても知り合いはもう誰も居ないよ」
俺の言葉を聞いた彼は笑う、狂ったようにではなくただの笑顔だ。
「死んでも帰れるのならば十分です。こんな訳も分からない所で生き続けるなど御免です」
「お前の気持ちは分かった、少し待ってくれ」
いつの間にか隣に佇んでいるおっさんに訊ねる。
『聞いていたな? 俺はこの世界を滅ぼしてでもあいつをここから出すぞ』
『構わん、お前の転移なら阻害できるものは無いだろう』
『さっきと言ってることが違う気がするんだけどな』
『私の転移では無理だ、ということだ』
まったく、説明不足なんだよ。
さて、そうと決まれば、色々調べないといけないな。
「なあ、あんた、どこの国の人間だ? あと名前」
「アンソニー・マイヤーズ、ウェールズ出身だ」
ウェールズってイギリスか? イギリスなんか行ったこと無いぞ、他人の記憶で転移できるのか不明だがやるしかない。
『あんた、ウェールズの知識ってあるか? 出来れば地理』
『行き先はウェールズか、いいだろう転移は私が行おう。お前はこの世界からの干渉を断ち切れ』
『どうやって?』
『お前の力で、私たちを包み込めばいい。強力無比なお前の力に対抗できることなどこの世界には無理だ』
「アンソニー、少し記憶を見せてもらうぞ」
一言断ってから、頭に手を突っ込む。断りを入れたが突然だった為にあたふたしているアンソニー。
ウェールズはブリジェンドっと、彼の故郷がどこなのか詳しく拝見させてもらった。
『行き先、ウェールズはブリジェンドだ。転移は任せるぞ』
そう言った後すぐに、隔壁を構築する。この世界とアンソニーの繋がりを断ち切る。
『やってくれ』
「いくぞ、アンソニー」
合図とともにおっさんが転移を発動した。
おっさんの転移の特徴は、高速で風景が切り替わるだけだ。俺の暗転とも、サティの発光とも異なる。
到着したのは、俺には馴染みのないイギリスの住宅地だった。
「ついたぞ、アンソニー。ブリジェンドで良いのだろう?」
「ここが? 本当に時が経っていたのですね。ああ、それでも見覚えのある景色だ」
『俺、地球に降りちゃったけど、平気なのか?』
『仕方あるまい』
アンソニーはその場に頽れる。衰弱具合が著しく、そう長くは保たないと思われる。
「ありがとう、故郷で死ぬこ…」
やはり、あの世界との繋がりが途切れたことで生命活動が疎かになってしまったのだろう。アンソニーは逝ってしまった。
それでも案の定というべきか、幽霊として佇んでいる。
「アンソニー、死後の気持ちはどうだ?」
「まさか、自分の死体を拝む日が来るとは、夢にも思いませんでしたね」
「お前の家族が眠っている墓の場所は判るか?」
「爺さんの墓の場所なら直ぐ近くの丘ですが、どうやら墓はそのままのようですね」
「あそこか、なら行くとしよう」
おっさんとアンソニーを巻き込み転移で移動する、短距離の目視転移は慣れたものだ。
「そこの三番目、ここです」
「新たな墓を無断でたてる訳にもいかないのでな、隣で勘弁してくれ」
アンソニーの遺体を爺さんの墓石の隣、地下二メートル程度の深さに埋め込んだ。
発見されれば、謎の死体遺棄事件として処理されそうだ。
「あの、そちらは?」
おっさんを見て不思議そうにするアンソニーの姿は若い、あの複葉機で飛び込んだ時代の姿なのだろうか?
「あんたがあそこに居ることを教えてくれた神だ」
「神?」
「悪いが長居出来ない理由があるのでな、住処に帰らせてもらうぞ。どうする?」
俺は直帰したいので、おっさんはどうするのか尋ねた。
「私も戻るぞ。また今度、料理に呼んでくれ」
カレーとビールで味を占めやがったな、アーリマンと一緒になら呼んでやってもいいが。
それだけ言って、おっさんは転移で消えてしまった。
「あの場所に帰られてしまうのですか?」
「あそこは俺の世界ではない。失踪した神の迷惑な世界でな、どうにかしたいと見廻っていただけだ」
「もしよろしければ、私を連れて行ってはいただけませんか?」
「折角故郷に帰って来たというのに」
従者候補としては、有難い限りなのだがどうしたものか。
「故郷で死ぬことが出来たのです、未練はありませんよ」
「ここには戻って来れないかもしれないのだぞ?」
今記憶したので、恐らくは戻っても来れると思う。
少しでも躊躇するようなら置いて行こう、その方が彼のためだ。
「構いません、私の肉体が故郷で眠っているのですから」
「わかった、良いだろう。ならば今日から、アンソニー、お前は俺の従者だ。契約施す、じっとしてろ」
頷くアンソニーに触れ、俺の中へと取り込んだ。俺の中で、お豊と共に休んでいてもらおう。
さあ、帰ろう。急いで帰らないと、ここにいることで問題が起きても困る。
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