第68話 夫婦の食卓
夫婦二人の生活は、まあ上手くいってはいるが、問題が無い訳ではなかった。
まずは食事の問題だ。ソフィーの料理は、食えればいいという所に帰結してしまう。味は申し分ないのだが、食に於ける栄養バランスは二の次なのだ。それ故に俺は、料理の担当を買って出ることにした。
まだ子供は卵に限りなく近い状態とはいえ、栄養バランスを無視していいという訳でもない。
体を冷やすのも余り良くないだろうと、温野菜を中心としたメニューの構築に勤しんでいる。元々ソフィーは大食いなので大変だ。
何より問題となるのは、俺の稼働時間なのだ。継続して肉体に収まっていると、お昼寝の時間で拘束されてしまう。
肉体に入る時に訪れる睡魔よりも昼寝の誘惑の方が若干弱い為、必然的に継続して肉体の中に収まっているのが現状となる。
それでも実働時間は日に八時間もあれば、御の字である。下手をすると六時間ほどしか動けないのだから。
一方ソフィーはというと、洗濯やら掃除をしているのだが量が少ないので数日貯め込んでも高が知れている。彼女に関しては、俺が感知しない事柄もあるので、何とも言い難いのだが。
それとあれだ、ソフィーがやたらと引っ付いてくるのが鬱陶しい。本人にはとても言葉で伝えようとも思わないのだが、とにかくベタベタしてくる。
思春期の恋人のような感じだろうか? 俺はもういい歳なので眉を顰めたくもなるのだが、彼女にとっては仕方がないのかと嫌々ながら受け入れてはいる。
そんな毎日を送る我が家に、問題が向こうからやってくる。
「旦那様、ウサオちゃんから来客の知らせです」
「客だと?」
じゃがいもの皮を一心不乱に剥いていたので気付かなかった。肉体から頭部を分離し索敵。俺の感覚はエントランス前に佇む、叡智の王を捉えた。
「おっさんだな、仕事かな? ちょっと行ってくる、皮剥き頼んで良いか?」
「はい、やっておきます」
カレーを作ろうと思っていたのだが、これは中断せざる得ないかもな。
分離を解除して、エントランスへと迎えに出た。
「いらっしゃい、何か進展があったのか?」
「興味深いものを発見したのでな、お前にも見せておこうと思い、やってきたのだ」
微妙に噛み合っていない。
「呪いに関しての進展は?」
「それに関してはまだ何も分からん」
正直なことだ、嘘をつかれるよりは幾分マシではある。
「そうか、それで、要件は急ぐのか?」
「いや、これに関しては経過を見守っている最中だ。この事案を分析すれば、神の居ない世界を安定させることも可能になるかもしれん」
「それは是非に期待したいところだが、明日で構わないか? 飯を作り置きしておきたい」
排除ばかりやらされるのは、正直辛い。それにここを離れるのなら、カレーでも作っておけば数日は保つだろう。最悪、外の食堂にでも食べに行かせればいい。
「別段急ぐことではない。それとお前に、余所から依頼が入っている」
「依頼? また意味の分からないことを」
「それに関しては、現地で説明しよう」
説明はしてもらえるようだし、とりあえずは良いだろう。
「明日で構わないなら、明日にしてくれ。俺は料理をしたいのでね」
「見学することは可能なのか?」
「料理なんか見て、どうすんだよ?」
「私はお前から学んでいるのだよ、料理というものにも興味がある」
「邪魔しないのなら構わんよ、ついでに食ってから帰れ」
俺の料理など見て何が楽しいのか分からんが、見たいと云うなら見ればいい。元から見学しているソフィーにプラスされるだけだしな。
「あら、いらっしゃいませ、お客様」
「邪魔する。料理を見学させてもらう」
「ってことだ、見たいというので連れてきた。ついでに味見もさせたら、今日は帰らせるから」
「今日は久しぶりに三人での晩御飯ですね」
芋の皮剥きは終わっていた、あとは自分でやるかね。人参の皮をピーラーでさっさと剥き、玉ねぎを微塵に刻む。
ニンニクを潰してから刻み、フライパンに玉ねぎと共に放り込み飴色になるまで炒め、皿に移す。
肉は牛の肩、ちょっと筋っぽいが煮れば柔らかくなるだろう。適当な一口大より多少大きいくらいに切り分ける、灰汁取りが面倒なので肉の表面は丁寧に焼き、皿に上げた玉ねぎを投入後、具が浸るくらいの水を注ぎ煮る。
煮込みながら灰汁を適当に取り、揮発した分の水分を足しながら煮込み続け、事前に合わせた香辛料と小麦粉を投入。一旦冷ます。
「出来ましたね、旦那様。味見させてください」
「なんとも良い香りだな」
「いや、まだだからね。一旦冷まして、馴染ませないと」
まだ仕上げが残っている。
「そうですか、それでは私はご飯を炊きますね」
そう口にしたソフィーは米を五合計っている、食べすぎだろ。
「明日留守にするから少し多めに作ってある。明日の分もあるのだから、完食するなよ?」
「そうなんですか、それは残念です」
どういう意味で残念なのか、計り兼ねる。
ソフィーを一人置いて行くのもどうかと思うし、分体を置いて行くとしよう。
「炊飯器のスイッチ入れてしまいますよ?」
「ああ、炊きあがる頃には十分馴染むだろう」
電気があるので、ご飯を炊くのも楽ちんだ。
「ふむ、その炊飯器とやらは面白そうだ」
「関心を抱くところがおかしいだろ?」
「現代の人間の暮らしというものは、まだ理解できていないのでな」
「あんたは下に降りられるのだろう? ならば、見学してくれば良さそうなものだが」
「これでも多忙でな、余裕が無いのだよ」
カレー作りとか見ている場合じゃないだろ。
「旦那様、ご飯炊きあがりました」
「じゃあ、仕上げちゃうわ」
カレーの入った寸胴を再び加熱する、程よく温まったところで味見。思った通りコクがない、砂糖を大匙一杯放り込む。
「旦那様、それお砂糖ですよ!」
「ああ、わかってるよ。人間の舌の妙というやつだな」
触媒として使うのと、コクを作り出す秘策という訳だ。
肉を菜箸で突く、かなり柔らかく煮えている。繊維が解けるほどではないけども。
まあ、こんなものだろう。
お皿に湯を張り温めた後、拭いてからご飯を盛る。俺は中央にご飯を盛って、周囲にカレーの海を形成するのが今の流行だ。
「ほら、各自持っていけ。食堂で食べるぞ」
各々、スプーンとカレーを盛った皿を手に食堂へと移動する。
「いただきます」
「馳走になる」
「どうぞ、召し上がれ」
良かった、そこそこ美味しく出来ている。
「お砂糖を入れたのに、全然甘くないですね」
「辛さを引き立てるために入れたんだよ」
「これは初めて口にするものだ」
俺は一皿で十分なのだが、ソフィーは足らないのだろうな。そわそわしている。
「お替りしてきますね」
「私ももらいたい、良いだろうか?」
「ああ、構わないさ。俺はビールでも持ってくるかな」
おっさんがお替りするとは思わなかった、計算違いだが断るわけにもいかない。
ソフィーは結局4杯食べた。まだ余力がありそうだが、我慢したようだ。
おっさんは2杯を完食し、ビールに夢中になっていた。エールに比べたら、冷やして飲む日本のビールは洗練されているのかも。発酵の違いでしかないのだが。
「神が酔うとは思わないが、飲み過ぎるなよ。明日は用事があるんだろ?」
おっさんは俺の声が届かないのか、ビールの缶を熱心に見つめていた。
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