第57話 反省

 城までなんとか戻って来た、今回は心構えがあったにも関わらず、この有様だ。

 前回は神の思念に誘導されることで存在そのものを消去したのだが、今回は完全に俺の意思で殺したからな。

 しかも、殺した連中の残滓をモロに回収してしまっている、今まで聴こえなかったのが不思議なくらいだ。何にせよ、ロクでもない話だ。


「ただいま」

 エントランスを抜けて、宴会が続いていると思われるラウンジへ移動する。アーリマンたちの気配は消えてはいない。

「あ、おかえりなさい、旦那様」

「旦那、おかえりかい」

 アーリマンは何かしら関知しているのか、俺を見つめていた。本当に人間のような仕草をするのだ、こいつらは。

「お疲れじゃろう、ゆっくりするが良い」

 それは主人が口にする言葉だと思うのだが、甘んじて受けよう。

 あれだけのことを成したのに、別段疲れたという感じはしない、不思議なものだ。以前であれば、それなりに消耗したはずなのだがな。

 俺の知らないところで、何かが作用しているのだろうか?


「悪いが少し休ませてもらう、お前たちは気にせず続けてくれ」

 気分が落ち込んだ時は、眠るに限る。ベッドの上に横たわっている半身に潜り込めば、否応なく眠れるだろう。

「豊、お客様をお願い。私は付き添ってきます」

「その必要な無い、儂らはお暇させていただくよ。馳走になった」

 ゲラルドは黙したまま、アーリマンの後方へと移動する。

「何、また遊びに来るでな。次回は酒でも持ってきてやるわ、ではの」

 アリーマンは椅子に腰かけたままだったのだが、ゲラルドと共に転移し帰って行った。

 転移って便利過ぎるだろ。


「すまんな、お前ら邪魔をしてしまったようだ」

「そんなこと気になさらないでください」

「あたしは片付けをしておくさね、奥様は旦那を頼んだよ」

「お願いね、豊」

 仕方ないか、このまま浮き上がって部屋に入ろうと思っていたのだが、ソフィーが付いてくるならエレベーターだな。

「お豊、ごみは纏めて置いておけ。燃やそうなどと思うなよ、ここの酸素は貴重だからな」

「さんそ? なんだいそれ?」

 あー、そうだった。

「ソフィー、適度に教育を頼むよ」

「はい、お任せください」

 ソフィーの返事を合図にエレベーターホールへと進む。


「本当に気にする程ではないのだぞ?」

「私がくっ付いておきたいのです」

「左様ですか」

「どこに行ってらしたのですか?」

「ちょっと見学にな」

 前回のことも含め、ソフィーに教える気はない。彼女の呪いの本質を探る為に、何人も消したり、殺しているなど聞かせられない。

 全部俺の我儘なのだ、そこに発生するすべての責任は俺のものでしかない。

「そうですか、あまり無理をしないでくださいね」

「あぁ」

 三階に到着したので部屋へと歩みを進め中に入る。


「なあ、ソフィー。もし、もしもなのだが、俺が俺の意思に関係なくお前の前から去ってしまったら、どうする?」

 俺が消したり、殺したりしている世界の神はいずれも失踪している。

 俺もいつどうなるか分かったものじゃない。実際には何らかの仕組みが存在するのかもしれないが、俺はそれを知らない。

「探します」

 迷うことなく答えたソフィー。

「では、俺が消えて無くなってしまったら?」

「待ち続けます」

 即答、これ以上は意地が悪いか。

 探しても見付からず、待っても帰らないことになるかもしれないのに。

 急ぐ必要があるな、俺が居なくなってしまう前に彼女の呪いを解かなければ。そして、神共が何故居なくなったのかの理由も探らねばならない。


「変な質問をして悪かったな。俺はもう休む、ソフィーさえ良ければ傍に居てくれ」

「今からお休みになられるということは、明日は一緒に食事が出来ますね」

「そうだな、酒でも飲めれば最高だ」

 一眠りしてから酒でも呑めば、気分も回復するだろう。だが、俺は俺が行ったことを忘れるつもりは無い。

 肉体に戻っている間だけ、少しの間だけ怨嗟の残滓から隔離されることに安心し眠る。



「抱え込む癖は治りませんか、若い頃から成長しない方ですね。一体何を隠しているやら」

 ソフィーは独り言ちた。



 一瞬で覚醒する。

「今何時だ? あぁ時間関係ないのか」

 日が差していようが、陰っていようが朝だったり夜だったりグチャグチャなのだ。

 右腕を掴まれている感触があり、そちらを見ればソフィーが眠っていた。

 間抜けな表情で涎を垂らしている寝顔はなんとも可愛いものだ、遥かに年上の婆さんには見えない。

 頬をツンツンしてみるが目を覚ます兆候はみられない、仕方なく腕を引き剥がしベッドから抜け出た。

 懐中時計を探したが、肉体に戻る時にそのまま入ってしまったので体内だ。確か、目覚まし時計があったはず、…四時か午前と午後のどちらか分からないのが辛いな。彼女が眠っている以上、朝だとは思うのだが確証はない。

 無性に腹が減る、昨日は俺にちゃんと飯食わせたのか不安になる。それでもどうしようもないので、何か食べ物を漁りに行くとしよう。

 肉体があると言うのは、今となっては非常に面倒くさい。

 この肉体に納まっていると、残滓との親和性が著しく阻害されてしまう。お陰で、転移など出来ない。

 扉をそっと開けて、エレベーターで降りることにした。


 1階に着いて、パントリーまで歩いていくとお豊が起きていて作業をしていた。

「お豊、今は朝か?」

「そうだよ旦那、随分と早起きだねえ」

「質問なんだが、昨日俺の肉体に飯食わせたか? やたらと腹が減っているんだよ」

 料理の下拵えをしているらしいお豊は、両手を口の前にやり慌てたようにしている。

「…だからか、次から気を付けてくれよ。三日位食わなくても大丈夫だろうが」

「引越しで忙しくて、すっかり忘れていたさね、ごめんよ旦那」

 昨日は慌しかったからな、宴会もあったし仕方ないだろう。自分自身のことなのに、殆ど他人事のように思えた。

「なに、今日多めに飲み食いすれば良いさ。朝飯の仕込みか?」

「そうさね、奥様はご飯をたくさん召し上がるからね」

「見掛けに由らず食べるのか、あいつは」

「あたしのご飯を気に入ってくれているんだよ、嬉しいじゃないか」


「夜は俺が作っても良いか? 食いたいものがあるのだが、お前には無理そうでな」

「それなら任せるさ、旦那の料理は期待できるのかい?」

「さてな、久しぶりだからどうだか」

 料理は得意だ。人間として結婚していた頃も、嫁より飯は旨いと評判だったからな。それでも、使い慣れた道具が無いと難しいかもね。

 実家から持っちきたのは、ペティナイフ一本だし、かなり厳しいと思われる。

「ああっと、朝食は食堂でとるのかい?」

「昨日みたいにラウンジでも、どっちでもいいぞ。食堂は隣だから近い方が良いか?」

「片付けが楽だから、食堂がいいさね」

「ここでの家事一切の担当はお前だ、好きにするがいい。俺は茶でも飲みながら朝飯を待っているとするよ」

 本当はコーヒーが飲みたいのだが、無いので緑茶を淹れた。

 お豊の邪魔にならない場所でお茶をフーフーしながら啜っている、パントリーは馬鹿みたいに広いので場所はいくらでもある。

「旦那、見られていると仕事がし辛いさね」

「大丈夫だ、別に注目している訳じゃない。ぼーっとしているだけだ」

 要するに居るだけで気が散るのだろうが、俺は動く気はない、諦めろ。

 話し掛けると流石に邪魔だろうから、黙って茶を啜る。


「これでも食べるさ」

 そっと塩握りが小皿に載せた状態で差し出された。

「気が利くな、ありがとう。海苔はないのか?」

「ないさ」

 無いのか、しょうがないな。ほんのりと塩の利いたおにぎりだ、ほかほかなのでとても美味しい。

「旨い! やはり米を扱わせるには日本人が一番だな」

 これはリタちゃんと比べた場合という意味だけど。

「ありがとさん、旦那、黙ってないで何か話してくれよ」

「気を利かせて黙っててやったのになぁ、…体の調子はどうだ、どこか妙なところはないか?」

「ないさね、な~んにもね」

 お豊に創った器は、どれ程度保つのかさっぱり判らない。あと一か月くらいしたら、創り直そう。

 精度の高い器なら精神の摩耗も抑えられるという話だが、起こしっ放しというのも良くないみたいだし、どうするかな。

 こうなるなら、アントンか喜助でも捕まえておくのだった、どこかに逸材は居ないものか…。

「あと一月ほどしたら、再び休んでもらうぞ」

「リタ先輩に話は聞いたさ、任せるよ」

 流石はリタちゃんだ、手間が省けた。


 ソフィーが目を覚ましたようだ、廊下を走っている音が聞こえる。

「豊! 旦那様を……。もう驚かせないでください! 昨日あんなお話をするから居なくなってしまったのかと心配しました」

「ああ、すまない」

「奥様、昨日旦那にご飯あげてなかったから、お腹空かせていたみたいでさ」

「あ!」

 お豊とソフィーは揃って、申し訳なさそうな顔をした。

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