第36話 おっさんと子供たち
自問自答を繰り返しながら、転移の指標を探すが一向に見つからず途方に暮れる。
考え方を変えよう。
死まで追おうとするから困るのだ、三十年程で刻む方法を執れば苦しまずに済む。
大事にされていて、不慮の死を迎えることのない人材が好ましい。そして、十歳くらいの子供がいいな。
子供がジジイかババアになるくらい大したことじゃない、至って普通のことだ。
さて、どこを探すか?まずは大店だな、日本橋近辺で探してみよう。
デカいなー、呉服屋か。店主らしい人物はと、あの爺さんは何だ、番頭か?
「ちょいと失礼するぜ」と聞こえないように呟き、番頭らしき人物の記憶を覗かせてもらう。
この呉服屋の主人には、息子が二人いるようだ。跡継ぎには困らなそうで何よりだが、ハズレだな。
三軒くらい先にも大きな店があるようだ、行ってみるかね。行くしかないんだけどな。
何屋だろう? 店頭に置いてある物は何らかの荷物のようだし、ちょっと頭だけ突っ込んで見てみよう。
これは乾物屋だな、なんでこんな所にあるのか不思議だ、河岸にでもありそうなんだけどな。
まぁいいや、え~と、彼が主人かな。
「すまんが見させてもらうよ」軽く囁いて、主人らしき人物の頭に手を突っ込んだ。
二件目で当たりとはやったね、俺。
主人の横に居るこの娘がそうだな、十四歳。名を『豊』というそうだ。
気が急く、三十年程度今の俺なら余裕だ、例え消耗しているとしても。転移してしまおう。
「お嬢ちゃん、悪いけど指標にさせてもらうよ。次会う時は、おばちゃんだ」
誠に失礼なことを宣いながら、頭を下げる。見えも聞こえもしないだろうが、一応の礼だ。
イメージを膨らませる、この少女が歳を重ねるとどうなるのか、重ねて失礼な想像をする。
「さあ、未来の君に会いに行く!」
まるで口説き文句のようだが、俺は本気だ失敗は許されん!
暗転した、僅かに力を抜かれる感覚が襲ってくる。
「おお、これは良い歳の取り方をしたものだ」
十四の時は変わり映えのしない普通の少女だったのが、目を見張るほどの美人になっている。化粧で化けたともいう。
「再会して早々すまんが、記憶を見せてもらうぞ」
歳が分からないのだ。彼女の頭に無造作に手を突っ込む。
「四十八歳にしては若いな」
三十四年跳んできた訳か、なんで四年ズレたんだろうか?
え~と、アントンに教わった年は1629年プラス34年で、1663年か、あと数回繰り返すとしよう。
「ありがとう、お豊ちゃん」
店頭で振り返り、頭を下げる。
三十四年ぶりに再び、三軒隣の呉服屋にやってきた。
かなり草臥れているが番頭の爺さんが未だ現役として働いているようだ。
「爺さん悪いな、また覗かせてもらうぜ」
長男が後を継ぎ、数えで八歳の息子『喜助』が居るようだ。この子にお願いするかな、どこに居る?
店の奥が住居になっているようだ、障子だらけで寒そうだな。…いた!母親らしい女性が名を呼んでいる、でも何かおかしい。
喜助の前に出ると、笑いかけられた。この子、見えてるわ。
『喜助、少し頼みがある。お前が大人になる様を見せてほしい』
返事をするでもなく、頷くだけだ。もしかして、喋れないのか?
『俺限定なんだが、伝えたいことがあれば念じてごらん』
『…ぼくはきすけ』
『いい子だ、俺は君が大人になるのを待っているよ。またきっと会えるからね』
返事をするでもなく、喜助は頷いた。
『喜助、未来にまた会おう!』
今回は念話で気合を入れた。目を閉じる、この子の未来をイメージする、立派な男になるように。
暗転したのを感じた、力は問題ない。
優男が立っていた、目元と鼻筋の面影は喜助だ。
『喜助、立派になって良かった』
喜助は目をまん丸に開いたが、直ぐに笑った。
『ご無沙汰しております』
言葉も覚えたようだな。商人だから幼名ということもないよな?
『ところで喜助、歳はいくつになった?』
俺にとってはとても大事なことだ。
『今年、四十でございます』
三十二年か、え~と1663年プラス32年で、1695年だな。順調順調。
『そうか、元気そうで何よりだな。ところで乾物屋のお豊は知っているか?』
『現役でやっておりますよ、ご存じなのですね』
『では、俺は行く。世話になったな』
『お達者で』
喜助に向かい頭を下げた。また乾物屋にでも行ってみるか、この二軒だけで事が済みそうだな。
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