第37話 おっさんと妙な縁
乾物屋の店頭までフヨフヨとやってきた。
あれはお豊だな、もう婆さんだというのに店頭に立っている。…ちょっと待て、お豊いくつだよ? 八十だぞ。
「なんだいあんた、あたしにもお迎えが来たってのかい?」
は? 見えてるのか、どうなってる?
「俺が見えるのか?」
お豊は眉を顰める、なんだ声も聞こえるのか?
「見えているよ、足もあるし幽霊ではないじゃろう?」
「念話でなくても話が出来るというのは久しぶりでな、安心しろ迎えではない」
「そうなのかい残念だね」
お豊は寂しそうな表情をした。
「場所を移そうか、このままだとお前が一人で喋っているようにしか見えんぞ」
「妙な話だねぇ、奥に来な」
「すまんな、お邪魔するよ」
「茶でも淹れるよ」
「いや気にするな、俺は肉体がないから茶は飲めん。気持ちだけ貰っておく」
「何だい、つまらない男だねぇ。それで何しに来たんだい?」
「お前の顔を見に来たんだよ、お豊」
「なんであたしの顔を見に来るんだい、訳が分からないね」
「少し長いが、聞け。
俺はお前が十四の時に、お豊お前の目の前に立ったことがある。その時に、お前の成長を目印にして時間を移動した。
それは確かお前が四十八歳の頃だな、当時のお前も元気に店に立っていたのを覚えているぞ。
その後俺は、三軒隣の喜助の成長を同じように目印にして、この年にやって来たって訳さ」
「あたしの成長を見守ってくれたってことかい、ありがたいね」
都合よく解釈してくれて助かる、勝手に利用したとは言い辛い。
「そこで頼みがあるのだが、お豊お前に孫はいないか?」
「何言ってるんだい、あたしは祝言なんてしたことないよ!」
ヤバイ地雷だった、どこかの神様みたいだな。
「そうなのか? 勿体ねぇな、お前かなりの美人だったろ」
実際美人だったしな、四十八の頃。
「そんな褒めても何も出ないよ、それで子供がどうしたって?」
上手く切り替わってくれた。
「あの子たちはなんだ?」
「遠縁から引き取った子達さ、跡継ぎにちょうどいいからね」
「なら、あの子たちの成長を祈らせてくれ」
あの子達で跳ぶと、お豊とは今生の別れとなるな。悲しいが仕方あるまい。
「そんなことなら、願ったり叶ったりさ」
「祈りの後、世界を見たらお前は墓の下なんだけどな。お前と話が出来て良かったよ」
ちょっと泣きそうになってしまった。
「全く変な神さんだねぇ、あたしゃまだまだ死なないよ!」
お豊は子供たちを呼んでくれた、兄が颯太十歳、弟が清太八歳の兄弟だそうだ。
「それじゃあ、お別れだお豊。残りの人生元気でな。二人の成長を祈らせてもらおう」
口では二人と言ったが、指標は一応颯太にする。颯太の前に出る。
イメージする、この子が立派にお豊の跡継ぎとなるように、清太も元気で居られるように。
「ありがとう、さようなら、お豊」
暗転した。最早慣れたものだ、力の消耗もほぼ無い。
目の前には壮年の男が立っている、隣に居た男が声を掛ける。
「兄さんどうしたの? ぼーっとして」
「祖母さんの言ってた神様がいる」
「お前もか、颯太?」
干渉した人間には見えやすくなるのか?清太を指標にはしなかったので、彼には見えないし聞こえないのだろう。
「俺たちの成長を祈ってくれた神様ですね。祖母さんの言っていた通りの姿だ」
俺は自身の姿を見遣る、お兄ちゃん事件対策の姿だった。
「お豊は、逝ったか…。颯太、お前歳はいくつになった?」
見た目から、予想以上に跳んでる予感。
「今年で五十三になります」
四十三年いった、十三年もズレた。
え~と喜助の時が1695年プラス43年で1738年。
アントンに教わったのが1629年だから、109年経ったのか、十分な成果だ。
「随分と立派になったな、今のお前達ならお豊も満足だろうさ」
そのお豊なのだが、幽霊のように兄弟のすぐ傍にいるのだ。この兄弟には恐らく見えていない。
俺の言葉を聞いてお豊はニコニコ笑っている、しかも見たことのある年代の姿ではない、二十歳かそこらの若々しい地縛霊だ。
「そうであれば、嬉しいのですがね」
颯太は頭を掻きながら笑っている、お豊は目を細めて何やら頷いている。
「お前たちの元気な姿も見れたことだし、俺は行くよ。元気でやれよ」
そう言って兄弟に頭を下げて、店を後にした。しかし付いてくるのだお豊が!
「お前死んだんだろう? 大人しく墓に入っておけよ。墓前に花でも手向けようかと思ってた俺が馬鹿みたいじゃねぇか」
「死ぬ時までずっとあんたを待ってたんだよ。迎えにきてくれないから、それからもずっとだけどね」
「俺は言っただろ? 次に俺が世界を見たら、お前は墓の下だって」
「忘れちまったよ。年寄りに記憶で期待すんじゃないよ」
都合のいいことを言い出すババア。
「俺はこれから家に帰るんだ、悪いけど付き合えんぞ」
「連れて行っておくれよ!」
「お豊、お前あの店に未練があるんじゃないのかよ?」
「んなもん無いよ、あの子達に託したんだ。あたしゃあんたが来てくれると思ってあそこに居ただけさ」
ソフィーといい、お豊といい、あーもう面倒くせー!
「付いてくるたって、俺は新米の神だからよく分からんのだぞ」
こいつも一応精神体なのか?転移は連れが居ても普通に出来るとは思うんだけど、大丈夫かな…。
残り三百年、一気にエンドレス石器時代まで跳ぼうと思ってたのに、思い通りにいかないな。
「わかった、いいだろう。だが、保証は出来ねぇぞ、お前は不確定要素だからな」
「なんでもいいさ」
このババアめ。
「あと五十年くらい稼ぎたいな、喜助はまだ生きてるか?」
「あの子ももう墓の下さね」
「…そうか、良く生きたならそれでいい。この近隣に元気な子供はいるか?」
「うちの裏に薬師問屋の娘っ子がいるよ」
「薬師問屋なんかあったのか、失敗したなぁ乾物屋じゃなくてソッチに行ってれば」
「何言ってんだい、行くんだろ? 行くよ」
人の話聞かないババアだな。
「ほらここだよ、あの奥に娘もいる」
「幼い頃のお前は普通だったが、この娘はまた可愛らしいな」
「何か言ったかい?」
スルースキルのレベルが上がりそうだ。
「いくぞ、とりあえず俺の腕にでも触れておけ。勝手に離れて置いて行っても知らねぇからな」
お豊と二人で娘の前に立つ、お豊は何故か足がある幽霊じゃないの?
「悪いな娘っ子、ちょいと覗かせてもらうよ」
娘の頭に右手を伸ばし、そのまま突っ込む。
「何してるんだい?」
娘の名は『結』お結だな、一番大事な歳は十一歳っと。よし、情報収集完了だ。
「この子の名前はお結、十一歳だ。じゃ行くぞ、離れるなよ」
お豊は俺の左腕にしがみ付くようにしている、物理的な感触は皆無だ。
この娘お結がババアになった姿を妄想する、もうこの際だ景気よく行こう。
「お結、君の未来を見せてくれ!」
暗転した成功だ、消耗もほぼ無い。
視界が変った。
見事にブクブクと肥えた太った女が目の前に現れた、見る影もないな。妄想との差が酷いがよく成功したものだ。
左腕の方を見る、お豊も無事に転移に巻き込んだようだ。
まさかと思うが、お結も俺が見えたりしないよな…しませんようにお願いします。
右手を伸ばして頭に手を突っ込む、どうやら見えてはいないようだ。
「お結で合ってるな、歳は四十七歳。お豊の時と
「………ちょっと、何が…」
お豊は混乱しているようだな。
「三十六年間の時を飛ばしたんだよ、彼女はあの娘で四十七歳になってる」
え~と何年だ、1738年プラス36年で1774年だな。あと250年ってとこか、猶予は10年程みてある数え年だろうから。
二、三日休んだら十分に届くはずだ。
「二日間休憩をしたら、間借りしてる家に帰るぞ」
「なにがおこったんだい?」
…理解の範疇にない出来事だものな。
「時間を年月を飛び越えたんだよ」
「あの綺麗な娘があのブクブクだってのかい?」
「そういうこった、時の流れって酷だよな」
俺はこの目で実感したのだ、時の流れが如何に酷かということを。
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