第34話 おっさんと海

 事故直後に訪れた最初の大きな町に着いた。

 石造りのそれなりに大きな町だが、前回訪れた時と変わり映えがしない。

 もし木の成長でなく、石材の風化をイメージしてたらえらいことになっていただろう。良かった、間違わなくて。


 ここでも探してみるが、やっぱり居なかった俺を認識できる奇特な人は。

 今回はそれだけで終わらないのだ、ちょっと実験をしてみることにした。


「悪いなおっさん、ちょいと勝手に実験に付き合って貰うぜ」

 聞こえたとしても雑音にしかならないように呟き、通りすがりのおっさんの頭に右手を突っ込む。

「おっさんの記憶ちょいと見せてもらうぜ!」と心の中で叫び、おっさんの記憶を俯瞰するように覗く。褒められた手段ではないだろう、しかも人体実験だ。

 ここに着く前に一度、イタチみたいな小動物で試したのだ。その時は、昆虫を追いかけて捕食する様が見えた。


 残滓というものの根源は、祈りや願いだという。ならばだ、その根源に直接触れることも出来るのではないか? というのが、今回の思いつきだ。思いつきで実験されてしまう、イタチやおっさんは不憫だが俺の糧となってくれ。

 体に悪い影響を与えることは、恐らく皆無だろう。ただ覗くだけだ、犬に噛まれたとでも思ってくれ。

 対象を若い娘にしようかとも思ったのだが、ピンク色の記憶とか見せられても困るのでおっさんを選んだ。このおっさん、見た目からして商人っぽい商品の仕入れや何かで、港までの道など分かるかもしれないと考えたのだ。


 おっさんの記憶はというと「昼飯に食ったスープが絶品だったなぁ」じゃねぇ!! このように直近で強く思ったことが一番に再生される。

 もうちょっと奥まで見せてもらうぜ、…はずれだ。このおっさん近隣の町とこの町を往復するだけの行商人みたいだ。だが、近隣の町の場所は判明しただけ儲けものか、ありがとうよ。

 実験としては成功だな、しかもこれ全然疲れない。残滓の声を聴いているのと同じなのかもね。


 早速移動するとしよう、おっさんのお陰で町までのルートは分かる。フヨフヨ行くぜ!




 あれ、海だよな? 氷河じゃないよな? ちょっとだが上空に飛び上がってみた、すると一面に広がる水と大きな港町が見える。

 すまん、おっさん海だった、大当たりだ。

「おっさんの行く末に幸多からんことを!」

 両手を広げ大声でおっさんを祝福した、何も起こらないだろうけど。


 え~と…、太陽の位置からすると西に向かって進んで来たのだから、ノルウェーかフィンランド…だよな。波が大人しいから、どっちだ? とりあえずは、町に入ってみよう。

 

 港町に入った、町を分断するように大きな川が流れている。運河にでも使っているのだろう。

 これだけの人間が居れば当たりが居るかもしれないな、奇特な人を探してみよう。

 街って感じだな、それも綺麗な街だ。おおきな教会らしき建物がある、神と言えば教会だ行ってみよう。俺には何ら関係ないのだが。

 中に入ってみた、うおぉ荘厳っだな。この時代のこの規模の教会というのは、やはり素晴らしい造りだ。周囲をゆっくりと見渡す、床から天井に至るまで見事としか言い様がない。まるで美術館のようだ。

 拙い感動している場合じゃない、神父なのか牧師なのか見分けがつかない人が数人、シスターがこれまた数人居る。近づいてみよう。いた! 口をぽか~んと開けて目がまん丸だ。当たりだ!


『やぁ、少し話を聞きたいのだが平気かい?』

 念話を送り尋ねる。胸のロザリオを握り俺に見せつけるようにしている。

 なんだろう、マズった? こういう教会って一神教だっけ…、何とか上手い事収めたいな。

『まぁそう、いきり立つな。俺は別に君らの神を冒涜つもりはない。ただここがどこなのか尋ねたいのだ』

 なるべく刺激しないように、優しく尋ねる。

「・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・ ・・・・・」

 なんか口走ってる、周りが反応し始める。

『俺に伝えたいことは、伝えたいと念じてくれ』

『………お前は何者ですか?』

『俺は別の概念の神だな、宗教は持っていないから異教ではないぞ』

『よくわかりませんが』

『俺も正直よくわかってない、生まれたてで事故ってここへ飛ばされたのだ』

 うん、嘘は言ってない。

『宗教や土着の神とも異なる、と他の神に教えられている』

『そうですか、悪いものには見えませんものね』

 ふぅ、なんか勝手に納得してくれた。

『場所を変えましょう、こちらへ。私の部屋にご案内します、ここでは落ち着きませんので』

『すまんな、気が利かなくて』

 悪魔扱いされなくて良かった。


『こちらです。どうぞ』

『ありがとう。こう言っては何だが、不審に思わないのか?』

『それは思いましたよ。私たちの教えでは許されませんからね』

『そうか、俺も失敗したかなっと思ったんだよね。君らの宗教のことも触りくらいは知っているからね』

『おかしな方ですね。あぁ私はアントンと言います神父をしています』

『宜しく頼む、アントン神父。すまないが俺には名乗る名がないのだ』

『名が無いのですか、本当に生まれたてなのですね。ところで質問があるということですが、どういったことでしょう?』

『この町の名と、出来れば地図で場所を示して貰えないだろうか?』

『地図ですか、借りてきますので少々お待ちください』

 柔軟な思考を持った神父で安心したな、狂信者じゃなくて良かった。


『お待たせしました。こちらをご覧ください』

 神父は地図を二枚持ってきた、一枚は半島の地図、もう一枚はヨーロッパ全土を記した地図だ。そこそこ精密ではある。

『この町の名はオウル、場所はここにあります』

『国名は?』

『スヴェーリエ王国です』

 まだスウェーデン領なのか、フィンランド成立は江戸末期以降か?

『暦を尋ねたいのだが、わかるか?』

『今は1,629年の7月ですね』

 あと四百年、上手い事調整すれば帰れる!

『ありがとう、アントン神父。とてもとても助かった。これで目途が立つ』

 ほっとした仕草をした。すると、神父は笑った。


『そうだアントン神父、そのロザリオを見せてくれ。翳してくれるだけでいい』

『これをですか?』

 銀だな、もっと緻密なものかと思ったが簡単な細工だった。

『ちょっと待っててくれ』

 素材はプラチナ、形は似せよう、細工は緻密に、イメージを固定。形には意味があったと思うので下手に弄れないしな。

『礼だ、受け取ってくれ』

 賄賂でもあるのだよ、クックック。

『…なっこれは……わかりました、有難く頂戴します』

 渋ったが無理矢理受け取らせた。チェーン付けるの忘れてた、まぁいいか。

『それでは失礼するとしよう。アントン神父、本当にありがとう』

 アントン神父は静かに頭を下げた。



 よっしゃー!色々分かったぞ、帰れるぞー!

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