第26話 おっさんの新居

 時間がないということを改めて確認した俺は、訓練に本腰を入れることにした。

 訓練に主眼を置いた生活を続けて、なんやかんやで半年が過ぎた。

 そして今、食堂に会している。 


 リタちゃんが帰って来たのだ、今日付けで従者の引継ぎが行われる。

「お久しぶりにございます。今日から、またお世話させていただきますね。

 ところで、そのお姿はどういう趣旨なのでしょう?」

 俺の前に手を差し出して、そう質問してきた。


「『お兄ちゃん事件』という、それはもう凄惨な出来事があってな。それでこの姿をしている、記憶上では二十四、五歳頃の姿だよ」

 まぁそういうことだ。冗談の通じないアンバー、その後を引継いだラーラという名の少女は、揃って俺を『お兄ちゃん』と呼んだのだ。

 流石におっさんの姿でそう呼ばれることに限界を感じ、丁度良いであろう年齢に変化したということだ。ただ、相変わらず足はあるが幽霊のように半分以上は透けている。


「それはもう災難でしたね、あの子は冗談が全く通じませんからね」

 リタちゃんはそう返すがケラケラと笑っている。今はもう笑いごとで済んでるから、別にいいけどな。


「それでは引継ぎを済ませて参ります、後程また。ラーラ」「はい」

 リタちゃんはラーラを連れて奥へいった。


 このラーラという少女なのだが、本来はまだ見習いで普段はリタかアンバーと一緒に仕事をさせているそうなのだが、今回は俺たち居るということで試験的に一人で仕事をさせるということだった。俺たちは試験官というより実際は被検体だったのだが……。

 年齢はリタちゃんとアンバーの中間くらい、十五かそこらだろう。容姿としては、ヒスパニック系でほんのり褐色が入った肌に茶髪、茶色の瞳といった具合だ。

 リタがお嬢様然としているのに対し、アンバーとラーラは親しみやすいどこにでも居そうな少女たちだ。だからと言いうのも変なのだが、『ちゃん』付けがリタだけなのである。



「それであれから、どこまで出来たの?」

「基礎が出来たところだな」

 なんの話かといえば、俺は今この世界の領域を借りて家を建てている。否、創造していると言ったほうがいい。これも訓練の一環で、要するに制御能力の向上を図っている。


「なんでそんな面倒なことしてるのよ。こうドカーン! ズバーン!って、やっちゃいなさいよ」

 そんなだから、エンドレス石器時代とかになっちゃうんだよ!

「こう何というかな建築家の血が騒ぐというか、兎に角しっかりと考えてやりたいんだよ」

 最近の俺は、扉を使ったり廊下を通ったりと面倒なので、壁だろうが何だろうがすり抜けて移動している。すると、目に映るのだこの屋敷の杜撰な作りがな。

 地核が無いのだ、当然地震など無く平気なのだろう。でも、分かり易く一言でいうと『砂の城』だ。


 半端な制御しか出来ない俺が、この『砂の城』を真似ても先ぱいのように維持し続けるというのは無理がある。なので、しっかり創る。

 まぁ創るのは少しゆったりとした広さのある平家だけどな、デカ過ぎても掃除や管理が面倒なだけだし。



「それでいつ完成するの?」

「ん~明後日かな。余裕も持って明々後日だな」

「ふ~ん、まっいいわ。完成したら招待してくれるのでしょう?」

「は? なんで招待しないといけないんだよ」

「たまには違う食事がしたいのよ」

「おい、本音が漏れてるぞ。食材と什器をいくらか分けてくれよ、そうしたら考えてやろう」

 家が出来たところで中身はカラっぽだ、増して俺の全財産は持ってきた財布の中身五万円だけ、ソフィーがいくらか持ってそうだがそれに頼るのは何だか気が引ける、ヒモみたいじゃないか。

「絶対よ! 約束だからね」

 ウサオも連れて行くのだが、今は言わない方が良さそうだな。絶対に駄々を捏ね始める。そんな話で一部盛り上がっているとリタちゃんとラーラが戻って来た。


「引継ぎは終わりました。色々と楽しそうなことがあったようですね」

 そりゃ、生活してりゃ色々あるわな。


「それではご主人様、お兄ちゃん、ソフィーリア様。しばらくお休みをいただきます、また半年後にお会いしましょう」

 ラーラが丁寧に挨拶をして、食堂を去って行った。毎回思うのだが、一体どこへ向かっているのだろう?


「そうだ! いい機会なので私も『お兄ちゃん』と呼ばせていただきますね」

「……はぁぁ、好きにしてくれ」

 固まった。やられた、そういえばこの子ノリが良かったのだ。


「お兄ちゃん、姿だけでなく何だか感じが変りましたね。後程、お体の方も拝見させていただきますね」

 リタちゃんは言う。何が変ったというのだろう、久しく会ったから何か感じたのかもしれんな。


「俺は続きをやってくるわ。夕食の頃には戻ってくるさ」

 そう言って、そのまま俺は新居の敷地に跳ぶ。

 転移も最早慣れたものだ、今はもう俺の実家にも跳べるようになった。実験も兼ねソフィーを連れて買い物に行ったりもしている、買い物をするのはソフィーなんだけどな。何せ俺を知覚・認識できる人間がいないからな。

 そもそもなんでソフィーは、俺を認識できているのか不思議なんだが。訊いても答えてくれないから、不明のままだ。


 先ぱいにはあんな風に言ったけど、実は正直面倒くさい。残りは骨格だけしっかりと創り、後は適当に壁を貼るだけだ。

 材料なんて無視、全てをイメージで創り出す。イメージを固形化させる、残滓が作用してるのか原理はよくわからない。


 主にイメージするのは鉄骨だ、扱い慣れたH鋼をイメージし固形化させる。四方に本柱を配置し、中間地点に間柱を置く。アンカーでしっかりと基礎に固定するイメージを展開。

 素晴らしいね! イメージした通りにアンカーが打ち込まれていて、柱がグラつくこともない。まるで本当に施工しているかのようだ。

 各柱を梁で繋ぎブレースを付ける、これでもう倒れることはないだろう。


 間取りに関しては一気にやっていく。

 一番大きくなるリビングに、ダイニングを廃して少し広めのキッチンを隣におく、風呂とトイレもゆったりとした広さにした。配管は基礎でほぼ済んでいるので、繋げていくだけだ。

 私室として二部屋並べて用意する八畳くらいで十分だろう、俺の肉体を寝させる部屋とソフィーの部屋だ。家具は趣味があるだろうから、俺の部屋のものだけ適当に創り出し置く。


 薄い石の板をイメージして屋根を葺く、合掌造りにして母屋を配してある。下から徐々に上へと葺いていくイメージをする。


 粗方出来た、色は塗ってないので無垢だ。後は使いながら過不足について調整すればいいや。

 ソフィーに完成を知らせることにする。

 

『ソフィー、出来たぞ。迎えに行くけど、今大丈夫か?』

『・・・お茶を・・ているだけで・・・大丈夫で・よ・』

 これは念話と呼べばいいのかな? 先ぱいの翻訳機能を模倣しようとしたのだが、どうにも無理っぽいので対象を個人に絞って色々試したら出来た副産物だ。返信にはまだノイズが混じるが、言語の壁をクリアできることは判明している。

 大丈夫そうなので跳んでいくことにする。場所は応接室だ、ここが一番イメージし易く事故もなさそう。いきなり現れたら危ないからね。


「何よもう出来たんじゃない。見に行くわよ」

 最初はソフィーに見せたかったのだが、ゴネると煩いからな先ぱい。仕方ない。

「出来たことは、出来たが食い物は無いぞ」

「別にいいわよ、ほら行くわよ」

「先ぱいは場所を把握してるいるのだろ?なら、そっちはそっちで頼むよ。ソフィー行こう」

 煩い主従は放置して、ソフィーに右手を差し出すと、彼女は笑顔でそっと手を添えてくれる。すり抜けるんだけどな。

 そのまま二人で転移する。先ぱいの転移は一瞬光るのだが、俺の場合は暗転するんだよな、なんでだろ?


 目の前には、平屋建てのこじんまりとした家が建っている。一見すると木の家だ。

 俺は両の手を広げて「どうだ?」という感じの演出をしてみる。

「可愛いお家ですね。見て廻ってもいいですか?」

 俺は大きく頷いた。ソフィーは体を左右に揺らし喜んでくれているらしい、まずは外周を見るそうだ。

 少し離れた位置に、先ぱいとリタちゃんが現れる。

「ちょっとあなた、置いていくなんて酷いじゃないの」

 何かブー垂れている。

「良い感じじゃないですか、やりますねお兄ちゃん」

 リタちゃんに褒められた。笑顔で返す。


「中も見ていいですか?」「ああ、じゃあ入ろうか」

 ソフィーの問いに答え、家の中へと誘う扉はイメージして開ける。鉛筆のように、触れられなくても動かせることを思い出した。

 彼女は家の中に入ると俺から離れ、自由に見回り始めた。先ぱい達も同様だ、あーだこーだ聞こえてくる。

 その間、俺はリビングに漂って休憩していることにした。


「よく出来ていますねー、キッチンなんか凄く使い勝手が良さそうです。水道がありましたがどういう仕組みなんですか?」

「なんてことのないタンク方式だ。風呂の湯が張れるなら、普通の水くらい創れるだろうってな」

 上水はまともだが、下水は垂れ流しなのだ。それでいいという話だったしな。

「お兄ちゃん凄いです。もう発想がご主人様と桁違いです」

 先ぱいは俯き、居心地の悪そうな表情をしている。

「まぁ確かに、よく出来ているじゃないの」

 その癖負けず嫌いときた。

「一部屋だけ家具のあるお部屋がありましたが、あそこは?」

 ソフィーの質問だ。

「あぁ俺の部屋だ。特に拘りがないからな、使い勝手重視で創って置いた。共有スペースやソフィーの部屋は、要望を聞いてからにしようと思ってな。ただ、明日以降にしてくれると助かるな、少し怠い」

「頑張りすぎたのよ、少し休めばすぐ良くなるわ。これだけの作業をしたのが初めてでしょ、力の収束が追い付いてないだけよ。でもこうして繰り返せば、徐々に慣れていくわよ」

 と、先ぱいは教えてくれる。

 それはこれから取組まないといけない課題だな、訓練に組み込むか。そんな風に思案しているとソフィーに睨まれる、『無理はしないよ』と念話を飛ばしておいた。

 しかし、この体になってから疲れるってのは初めてだな。精神的に疲労するっていうニュアンスなら多々あったがね、精神体だからややこしいのな。

 

 まぁなんだ、やることが山積したままだ。何とか俺の肉体が爺さんになる前に、手を打って安心したいところだ。

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