第22話 おっさんと従者

 あれから一月程の時間が流れた、今日も今日とて日課を熟し訓練をしている。訓練が特訓に替わったけどな。


 そもそも俺は神とやらに成りはしたが、意味がわかってない。何の神だかすら、未だにわからない。

 精神体の動かし方については、まぁ基本は掴んだ。でもすごく面倒くさいし、難しい。

 先ぱいのように物理的な肉体を形成するなんて、夢のまた夢だ。だが、そうも言ってられない事情があった。


 先日完成した風呂に入れないのだ。まず、風呂の場所まで辿り着けない。

 唯一干渉できる先ぱいに連れて行ってもらえても、風呂がお湯がすり抜ける。否、逆だ、湯に浸透する俺という感じが一番しっくりくる。


 以前、俺の意思が残滓へと変化したことを踏まえ、『強い思いは俺の力となるのでは?』と考えたのだが、違うのだろうか…。

「あなたは、実物の肉体を持っているから猶更に難しいのでなくて?」と先ぱいに諭される始末だ。どうして、こうなった…。



 そんなことがあり、地道にやっていくことしか出来ないと考えを根本から改めた。



 そうして一週間程経ったある日、変化が訪れる。微妙なのだが、変化は変化だ。

 精神体で動くことが自然に出来るようになった。相変わらずフヨフヨ浮いてはいるのだが、移動がかなり楽になり移動距離もぐんと伸びた。限界は測ってないのでわからない。

 そして転移もまたやり易くなった、今は目視距離でなくても転移出来る。これは神の力の行使が容易になったということなのだろうか。

 

 それともう一つ、姿を変えられるようになったことが挙げられる。まるで、大気と同化したかのように消え去ることも、また再び現れることも出来るようになった。

 自分の容姿を若い頃の容姿に変えることも出来る、それでも透けてるんだけどね。でも、他人の姿になることは出来ていない、何故かはわからない。

「詳細に理解していないからでは?」というのが先ぱいの言だ。


 姿を消せることを先ぱいに教えると「じゃあ、お風呂覗き放題ね」と揶揄われたが、そういった感情は最近湧いてこないのだ。薄らいでいっていると言っても過言ではない、肉体から解放されているからなのだろうか。


 なんだか人間としての感覚と感情が壊れていっている感じがして、物凄く気持ちが悪い。

 なんとしても肉体は保護しておかないとならない、俺の人間としての最期の砦だ。あれを失うのはとても拙い気がしてならない。




 寝ているだけの肉体の管理は、ソフィーが主体となり、食事時にはリタちゃんが参加して面倒を看てくれている。自分で出来ないことが歯痒いのだが、お願いするしかない。

 最近はもうソフィーが居てくれて本当に助かっているな。


 一週間に一度の割合で肉体へと戻るのだが、やはり案の定というべきか、激しい睡魔に襲われる。

 その度に昏睡したかのように眠るらしいのだが、目を覚ますとソフィーの目が赤かったりするので胸の辺りがチクリと痛む。心配を掛け続ける申し訳なさでいっぱいだ。

 その日に限っては、流動食ではなく普通の食事をするお肉や野菜をバランスよく食べる。

 食べることがこんなに素敵なことだったのかと、以前先ぱいの趣味を悪し様に言ったことを反省した。


 食後には軽く体を動かすのだが、これは筋トレが基本であとはヤギちゃんと追い掛けっこをしている。

 ヤギちゃんは六本の足を巧みに使い恐ろしい速さで逃げる、瞬時にトップスピードに達するのか気付くと遥か先の小さな点になっていたりする。

 そして最後にお風呂を満喫する。

 一週間寝てるだけの肉体だが元々新陳代謝が活発な体なので、汗や垢で布団が汚れないように綺麗に隅々まで洗う。はやり風呂はいい、完全に命の洗濯だ。


 こうして俺は日々神として進化しながら、人間として何か大事なものを失っていく。

 これを等価交換などど言える人間は存在しないだろう「俺は人として死にたかったな」と柄にもなく感傷に浸る。




 そういえば、もう一つ変わったことがある。ソフィーが俺の従者になると言い出したのだ。

 神の従者というシステムを俺はほぼ理解していない。リタちゃんのような者だというのは、わかるのだがその程度だ。


 なので、先ぱいに尋ねてみた。

「あら、良かったじゃない。あの子、あなたにゾッコンだもの十二分に適役だと思うわよ?」

 実際のところ体の世話を一任してしまっているし、適任というなら確かに十分なんだろうけど。

「従者ってシステムがよくわからないのだが、構わないのか?」

「そんなもの適当でいいのよ。要は共に居られるかどうかでしょうに」

「そうですよ、あんな甲斐甲斐しくお世話してるソフィーリア様は適任です。断るなんて勿体ないのです、ヘタレです」

 リタちゃんが突然横から口を挟んできた。

 現役従者に謂われるとしっくりくるもんなのな、それにしてもヘタレ呼ばわりか。

「わかった。じゃあ、伝えてくるわ。相談に乗ってくれて、ありがとう」

 俺はその場を去ってソフィーの元に戻る、彼女は俺の体の世話をしてくれている。




「良かったのかしらね。面倒な魔女を押し付けた気がしないでもないけど」

「ご主人様ヒドいですよ。ソフィーリア様はあの方のことしか見えてませんもの。これが一番だと私は思います。

 それにご主人様だって、勧めていたではありませんか」

「それにしたって、ヘタレ扱いはダメ押しになったんじゃないの?」

「良いんです。あのくらい言わないとあの方は踏み切らないと思いますし」

「どちらにしてもいいわ、まぁ上手くいくといいわね」

「ええ、そうですね」




 部屋の扉が目に入って来た、少し緊張するが扉をすり抜けて中に入る。物理的接触が出来ないのだ。

 ソフィーは俺に気付くことなく、寝ている俺の体を見守っていた。


「ソフィー、さっきの話受けるよ。俺に従者になってほしい」

 パァーッと花開くかのように笑顔になる彼女、綺麗だと思ってしまった。

「不束者ですが、よろしくお願いします。ご主人様」

「ああ、よろしく頼むよ。でも、ご主人様ってのはなんだか面映ゆいっていうか」

「では『あなた』と」

「それじゃ妻みたいじゃないか?」

 俺は二度と結婚はしないと誓ったのだが、少し揺らぐ。

「駄目ですか?」

 くっ綺麗な女性の上目遣いは、非常にキビしい。

「駄目とかじゃなくてな……。もうワンクッション置きたいというかな」

「では『旦那様』で」

 これ以上は埒が開かんか。

「……わかった、それで頼む」

「はい旦那様」

 俺は軽く頷く。なんだろう凄くドキドキしてる、そんでもって恥ずかしい。


 そんなこんなでソフィーは俺の従者となった。

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