第19話 魔女とおっさん

 目覚めると日付が変わっていた。最近やけに眠い、体に戻るとやけに眠いと言った方が正しいだろう。

 何故こんなにも眠いのか思い当たる節がありすぎて、どれか見当もつかない。あの日からの騒動を思い出すと眩暈がする。

 そろそろ朝食の時間だろうか、ソフィーが起こしに来るのかな? それまでもう暫く休むことにしよう。

 

 カチャリと微かな音がして扉が開く、この娘はノックしないよな…。目を閉じたままでソフィーだろうと当たりを付けると肩を揺すられた。目を開くと、案の定ソフィーの顔が映る。

「おはようございます。お体の調子はどうですか?」

 微笑みながら尋ねてくる。

「まだ少し眠気があるが、余韻のようなものだろうな」

 返事をして起き上がる、ソフィーが手を取ってくれるのでベッドから離れ易い。まるで、爺を労わる孫のようだな。


「昨日はあれからずっと眠っていらしたのですよ。本当に大丈夫なのですね?」

「実を言うとな、体に戻る度に睡魔が襲ってくるんだ。だが、原因がさっぱりでな」

 この娘に訊いても仕方がない思うが、心配してくれているのだ、伝えるだけ伝えておこう。

「それならまだ横になっていてください。食事は私が運んできますから、いいですね?」

 つい先程俺の手を引いて起こしてくれたのかと思えば、再び寝ろと?

「そうも言ってられんだろ、顔くらい出さないとな」

「駄目です!休んでください、いいですね」

 どうやら駄目らしい、大人しくベッドに戻ることにする。

「じゃあ悪いけど、頼むわ。ソフィーの食事が済んだ後でいいからね、俺はもう少し眠ることにするからさ」

 無理をしてああは言ったが、やはり眠気には勝てそうにない。ここは甘えることにしよう。

「いえ、大丈夫です。私も一緒にここで食事にしますから、安心して休んでください」

「すまない」と言おうとして感謝に切り替え「ありがとう」と答える。

 ソフィーが掛け布団を整えてくれる。本当に老人介護みたいだ、目を閉じるとまたすぐに眠りに落ちた。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ソフィーリアは彼が眠りにつくのを見届けると、足早に食堂へと向かう。食堂に着くとサティを見据え口を開く。


「サティ、彼の体調が優れないの何かわかるかしら?

 体に戻る度に酷い睡魔に襲われると言ってたわ、実際今もまるで…」

 ソフィーの話しにリタが反応する。

「まるで死んだように眠っていると?」

 ソフィーリアは唇を噛みながら、苦い顔をして頷いた。沈黙が場を支配する。


 サティが口を開く。

「もしかするとなのだけど、本来肉体と精神は一つの物よね。でもあの子の場合は、それぞれが独立しているのよ。

 あの子の精神は今や神の核だけど、体は人間のままでしょう。だから、精神と体の結びつきに齟齬が生じている可能性があるわ」

 三人が三人とも、渋い顔をする。


「分離すれば睡魔からは解放されるでしょうけど、肉体の方が衰弱するのではないでしょうか?」

 リタが疑問を呈する。

「彼は人間の体を諦めるという選択肢を持っていないわ。何が何でも維持しようとするはずよ」

 ソフィーリアの判断に対し、サティは肯定するように頷き何かないか考える。


「そういえば、レポートよ! ちょっと待ってて………ほらここ! 分離した状態でも生命維持のみに言及すれば問題ないって。

 ただ、筋肉の衰えはどうにかならないかしら? それも何かあの子、考えていたはずなんだけど」

「次に目覚めたときに聞くしかないわね。そう直ぐには目覚めないような気がするのだけど、食事を持っていく約束だから準備するわ」

 ソフィーリアは頭を抱えながらも、リタと共に届ける食事の準備を始める。


「それじゃあ、行ってくるわ。また何かあったら相談するからお願いね、サティ、リタ」

 ソフィーリアは彼のもとへと、食事を持って戻っていった。



「あの方もですが、彼女も大丈夫でしょうか?……はぁ」

 リタは嘆息した。

「あんなに気落ちして張り合いがないわね。あら? ウサオくんも心配なのね」

 サティではなくリタの足元に、日がな一日眠っているだけのウサオが珍しく歩み寄って来たのだった。





 ソフィーリアの足取りは重い。心配で心配で仕方がないのにも関わらず、歩みは思うように進まない。

 やっと出会えた彼を苦しませたくはない「体を捨てろ」などとは、口が裂けようとも絶対に言葉になど出来ない。

 それでも部屋へは辿り着いてしまう。扉の前に立ち深呼吸を一つして中に入る、応接用のテーブルの上に食事を置き、ベッドの彼をそっと見据える。呼吸の為に上下している胸以外は、全く動く気配がない。

 自らの頬に涙が伝うのを感じた、不安なのだ。


 彼に会う為にだけに、人生の何もかもを捨てた魔女も、彼の前ではまだ普通の女性なのだろう。


 そんなことを考えた自分が滑稽で、乾いた笑いが漏れる。しかし涙は止め処なく流れ続ける。


「早く良くなってくださいね」と、魔女は独り呟いた。

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