第18話 従者と魔女

 朝食を終えた俺は粛々と日課を熟す、その間ソフィーは静かにソファに座っていた。そして昼飯時の食堂である。


 まるで台風のように、風呂作りへと行ったはずの先ぱいが席に座っている。

「出来たわよ。後で観に来るといいわ」

 フフンと鼻を鳴らす実に自慢げだ。それにしたって早すぎるだろ、俺とリタちゃんとソフィーは顔を見合わせ、三人三様に首を傾げる。

「お昼は簡単にしました」というリタちゃんの宣言、ちょっとべっちょりした炒飯だった。

 いつも助けてくれるリタちゃんなので、文句はつけない。色々と諦めて「ごちそうさまでした」



 食後早速、風呂の出来栄えを観に行くことにする。ヤギちゃんという名前らしい六本足の山羊の小屋の近くに風呂は出来上がっていた。

 石造りの露天風呂だ、屋根はない。既に湯が張ってあるが、どのように湯を張ったのか謎だ。石の浴槽は下半分地面に埋まり、上半分が地面から突き出した格好だ。

 作りとしては悪くない、ただ浴槽しかない。丸投げした以上文句を言うのも憚られる、洗い場となる石畳や椅子などの小物、石鹸等を置く台などがあれば完璧なのだが…。

 如何せん俺にはまだそこまで出来ない。材料を確保して手作業で作った方が手っ取り早いだろう。


 木材はそこらの木を切っても良いと言われてはいたが、乾燥して無い生木など使い物にならないだろうし、釘や金槌はあるのかすら不明だ。

 風呂が出来上がった余韻で上機嫌な先ぱいにお伺いを立てる。すると「必要なら作りなさい」と言われてしまった。恐らくだが湯船に浸かれれば、先ぱいはそれで満足なのだろう。だが、先ぱい以外の面子ははそうもいかない。

 

 まず、洗い場の石畳だが石畳なんて石工じゃないので、大まかにしか施工方法がわからない。また椅子や台に関しても同様に、材料となる脂分を含む木がどこに生えているか分からない、存在していない可能性も捨てきれないし、仮にあったとしても生木だと使えない。従って、椅子や台の材料も石ということになる。

 次に加工するにしても、手作業は無理。神の力とやらも俺は未だそんなことが可能な程の制御能力がない。フヨフヨ浮いてるのが関の山だ。

 従って洗い場と小物については断念するしかない。

 しかしここで発想の転換を図る、丸投げすればいいのだ。


 かくかくしかじか、これこれこういう形でと地面に絵を描き先ぱいに伝える。

 先ぱいは、ひとつ頷くと床材として使えそうな石のタイルを作り出してくれた。これはイケルと、今度は四十センチ角くらいの石を作ってもらい椅子にする。台に関しては椅子用の石を兼用することにした。

 髭剃り用に鏡が欲しいが、これは仕方ないので今度買わせよう。

 


 おっさん監修の元、神様を顎で使うという丸投げ作戦は無事に成功する。思わず苦笑が漏れる。

「これで毎日風呂に入れる。ありがとう先ぱい」

「どう、見直したかしら」

 先ぱいは懲りずに、自慢気に腕を組み胸を強調する。ソフィーが自身の胸の辺りを一瞥したのが偶然目に入ったが素知らぬ振りをした。

「ああ、立派な風呂に、先ぱいは毎日一番風呂で羨ましい限りだな」

 労うような言葉に、ほんの少し毒を含ませてみる。

「あら?毎日、私が一番に入っていいのね。ありがとう」

 どうぞどうぞと両手を差し出す、風呂洗いとお湯張りを毎日やってくれ! 任せたぞ。


 こうして、風呂とそれに伴う色々は完成した。先ぱいは、全て一人で作り上げたことに気が付いているのだろうか?



 ソフィーと連れ立って部屋に戻る、勝手に付いてくるのだから共に歩いても同じことだと無理やり納得する。

 彼女が現れた時以来ずっと不思議なのだが、何故こんなにも好意的なのだろうか? こんなおっさんに熱を上げるのもどうかと思うのだが、まぁ悪い気はしない。


 部屋に着いた、なんだか非常に眠い。ベッドに寝転がりちょいとお昼寝することにした、ソフィーに伝える。

「悪い、ちょっと寝る。ここに居てもいいが、いたずらしないでくれよ」

 頷くのを確認すると同時に、意識が途切れる。



  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ソフィーリアは、お茶でも飲みにと食堂へ向かう。


「どうかなさったのですか?」

「彼が眠ってしまったので、暇でね。お茶をいただけるかしら」

 リタはお湯を沸かす用意をしつつ、言葉を返す。

「何かと騒動が重なってますし、心身ともにストレスが溜まっているのでしょうか。ここに来られてからは毎日のようにお昼寝をなさってます、少し心配ですね」

 リタの言葉にソフィーリアは、唇を噛み心配そうな表情をする。


「……そう、彼女はどうしてるの?」

「まだお風呂ではないですかね。非生物なので、上せたり溺死したりすることもないので放って置きます」

 本人が聞いていれば怒りそうな言い回しだ。

「可愛らしい見掛けと違って、中々に辛辣なのね」

「私ももうそれなりに、この生活が長いですからね」

 リタは少し寂しそうにし、ソフィーリアも理解できるのか目を細める。


「お湯が沸きましたね、日本茶にしますか? それとも紅茶?」

「お任せするわ」ソフィーリアは短く返事をし、「それでは取って置きを」と言い残しキッチンに下がるリタ。


「お待たせしました。ほうじ茶と豆大福です」

 熱々のほうじ茶とリタの拳大はありそうな豆大福が置かれた。

「ありがとう、いただくわ。でも、あなた随分と日本贔屓よね」

 豆大福に手を伸ばしながら、ソフィーリアはそう言った。


「食べ物の文化が素晴らしいですから、私が生きていた地域や時代と大違いですよ」

「そういう話なら、私だって大して変わらないわよ。文化の進歩を時系列で実感しているわ」

「立ち位置が若干異なりますが、私たちは似た者同士なのかもしれませんね」

 リタが微笑みながら答えると、ソフィーリアもまた笑みを浮かべて「そうね」と頷いた。

 二人は雑談を交わしながら、最初の豆大福をペロリと平らげ早くもそれぞれが三個目に手を伸ばしている。


 神の従者と魔女という珍しい組み合わせの茶飲み話は、今しばらくの間続くのであった。

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