第15話 謎の女性の兎

 女性の力が少し緩むが依然として抱き締められたままだ

「え~と、落ち着きましたか?」

 困っている感情がでないよう、なるべく優しく尋ねてみる。コクンと頷くだけで、放してはもらえないようだ。

 嘆息して続ける。

「一旦、放してもらってもいいかな?」

 右手のウサオは手放せないので左手のトランクから手を離す、ガタンとトランクが落ちる。

 その手で女性の肩を掴み身を離すようにする。涙を浮かべている女性に心が痛むが、これはどうしようもないだろう。だって、知らない人だもの。


 女性の方も抱き締めていた手を離し、やっと解放してくれるようだ。しかし困った、泣き顔の女性に「お前は誰だ?」などと訊ける訳もなく思案していると、女性が口を開く。


「これからは、ずっと一緒です!」

 どういうこと? その前に誰なんだよお前!

「こういう言い方をするのは少し失礼なのかもしれないけど、君は誰なんだ?

 俺は、君を知らないんだ。教えてもらえないだろうか?」

 おっさんには似合わないであろう格好いい台詞を極自然に宣ってみる。

 女性の目がこれでもか!と見開かれた、一拍置いて元の涙目に戻ると独り何か呟いている。自問しているようだ。


 俺は今の内にと、先ぱいへと振り返り小声で尋ねる。

「何かわかる? 人違いとかじゃないよね?」

「大丈夫よ、あの娘の愛情はあなたに真っ直ぐ注がれてるから」

 神様の権能とやらか…、そもそもどこの誰かすらわからない相手なんだぞ?怖いだろう。


「ほら、行きなさい」と先ぱいが俺の体をぐるりと返す。女性は落ち着いたのか、俺を待っているようだった。


「・・・・ ・・・・さんですよね。とてもご無沙汰しております、それと先程は失礼いたしました。

 私はソフィーリアといいます。ずっとあなたに、今のあなたに会いたかったのです」

 俺の名を知っている…。いやまぁそこに姓だけ表札も出ているんだけど、調べたのか。しかしなんだ腑に落ちない、今の俺に会いに来た? どういう意味だ。

 俺は女性の目を見つめる、何か誤魔化そうとしている風にはとてもみえない。


「それは、どういう意味か訊いてもいいのかな?」

 自然と口に出ていた。

「今は答えられません」

 回答を拒否された。また謎が増えた、俺の日常は謎だらけだな、おい。

「それで、貴女はどうしたいの?」

 突然、先ぱいが口を挟んできた。

「どこまででも付いて行きます。今を逃せば、再び会えるとは思えませんから」

 なんと! 付いてくるそうだ。

「そう、わかったわ。では帰りましょうか、ほら早く荷物持ちなさいな」

 先ぱいは素っ気なく答え、しかも俺を急かす。

 いいのかよ!俺は驚き呆然とする暇もなくトランクを左手で掴んだ。女性、ソフィーリアさんは俺の横に付き添うように立つ。もうリタちゃんは空気だった。


 パァッと一瞬光に包まれたかと思うと、先ぱいの屋敷の最初に来た部屋だった。帰りはココ!って決まってるのかな、応接間だよなここ。


「ただいま帰りましたよー、リタはお茶の準備をお願い。あとその子貸しなさい」

 お茶にするのかとホッとしていると、ウサオを奪われた。

「ウサオもうかなりのジジイだから、あまり構いすぎないでくれよ」

 もう彼是十年以上生きているんだから、平均寿命遥かに超えてるんだからネ。

「任せなさい。さぁウサオくんいきまちゅよー」

 おっぱいの神様が壊れた。



 俺はというと、トランクを持ち間借りしている部屋に行く。後ろには当然のようにソフィーリアさん。宣言通りどこまでも付いてくるのだろう。

「ここが俺の部屋だ。荷物置くだけだから、そこで待ってて」

 頷く彼女に安心して、トランクを扉の内側の横に置く。部屋を出てその足で食堂に向かう。


 食堂の扉を開け中に入る。するとウサオが放し飼いにされ、人参を必死に与えようとしている先ぱいが居た。

「あ~ウサオ、人参嫌いだから食わないぞ。無理に与えようとしても嫌われるだけだぞ」

 肩を落とし、物凄い悲しそうな顔をしている先ぱい。

「さ、先に言いなさいよ! ねぇ何が好きなのよ?」

 勝手に略奪していった癖に、何言ってやがんだ。

「俺はおっぱいだな」

「チガウわよ!」

 いいツッコミだ。

「あぁウサオな。甘い焼き菓子とか好きだぞ『かりんとう』とか。でも、動物性脂肪が含まれていないヤツな消化出来ないのは見向きもしないからさ。それに米とネギ類や刺激物はダメな。

 あとは普通に草食うし、キャベツや白菜も芯以外ならモリモリ食べるぞ」

「何よそのグルメっぷりは…」

「糖は旨味に結びつくんじゃないのか?人間も動物も変わらねぇよ。それでも過剰なのは良くないだろうがな」

「わかったわ、葉っぱなら食べるのね!」

 ウサオに必死すぎだろ、山羊や石器時代のやつらの相手でもしてやれよ。


 必死な神様は放置でいつもの席に座る、ソフィーリアさんはまた当然の様に隣に座った。

 リタちゃんがお茶を淹れてくれる。ほっと一息つく、と思い出した。


「あー忘れてきた! 愛用のホームベーカリーと強力粉と中力粉」

 そうだ、何か忘れてると思ってたんだ。

「電気ないですよ?」とリタちゃんが答える。

「少なくとも粉だけは持って来たかったな。二十五キログラム袋二つだから暫く食えるし、何よりふわっふわのパンやピザが……」

「ちょっと何忘れてるのよ! 大事なことじゃない。そもそもそういう建前だったでしょ?」

 先ぱいが話しに介入してくた、やはり食い物の恨みは恐ろしいな。

 こんなうるさい会話の端でソフィーリアさんはというと、湯飲みの緑茶と睨めっこをしていた。

「ソフィーリアさん、お茶どうか、した?」

 渋いのかな?

「いえ、普段飲みなれているお茶と全然違うなって思いまして。それとソフィーとお呼びください」

 じっと見られてる、これは呼べということか?

「んじゃあ、ソフィーさん」

「ソフィーと呼び捨てにしてください」

 いや、あの、その呼び捨ては流石にどうかと思ったんですが、ジッと睨まれた。

「…ソフィー」

「はい」

 なんだろうねこの甘い一時、ソフィーは頬をほんのり赤く染めている。


「ちょっとあなたたち、ここでそういうことしないの!」

 爆発しろ!とか言いそうだ。話題を逸らせよう。

「で、葉っぱ食ったの?ウサオはやっぱり父ちゃんが良いんだよなー」

 先ぱいの元から文字通り、脱兎のごとく逃げ出しBB弾をまき散らしたウサオは俺の足にじゃれ付いているんだけど。

 グギギと歯軋りが聞こえてきそうな顔をする先ぱい。ふっ勝った。

 いい加減諦めたのか、先ぱいは席に着いた。

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