第20話 ナノの手作り弁当
「あんたは今日もパンだけでいいの?」
昼休みに入ると、開口一番ハルが確認してきた。
「たいして活動もしてないしね。空腹さえ満たせればそれで」
「ふーん、悪いけど今日も……っていうか今後ずっと私は学食行くからついてきてもらうことになるけど……」
「あそこ賑やかで面白いしいいよ」
先に席を立っていたハルに続いてカソルも立ち上がる。教室を出ようと目と鼻の先にあるドアに向かって歩きだしたそのとき。
「ちょっと待って、カソルくん!」
ナノが背後から慌てたように声をかけてくる。
「どうしたの?」
振り返った先にいたナノは、紺色の布にくるまれた何かを右手にぶらさげていた。
「あのね、よかったらこのお弁当食べない?」
「お弁当?」
ナノがうなずいて右手のそれをくいっと持ち上げる。
「うん、昨日パンだけだったみたいだからせっかくだしどうかなって。ほら、昨日のお礼ってことで」
「わざわざ作ってきてくれたの?」
多少の驚きとともに尋ねるカソル。ナノは照れたように頬をかき、いつもより少し早口で言う。
「えっと、まあそういうことなんだけどね、全然断ってくれていいっていうか、お弁当一個しか持ってきてないんだ。だからカソルくんが食べないなら自分で食べればいいだけだからその、あわよくば食べてもらいたいな、みたいな」
「ん? じゃあ僕が食べたらナノが食べる分がなくなるんじゃないの?」
「たまにはパンだけっていうのもいいかなと」
恥ずかしさを隠すようにへらへらと笑って答える。
「それはさすがに悪いよ」
「ううん、それは気にしなくていいの。本当に最初からそのつもりだったから。食べてもらえるってなったときのこと考えて、男の子向けに量も多めに作ってきてるし。あ、せっかく多めにしたから食べてほしいみたいなプレッシャーをかけてるわけじゃなくてね」
確かに布に包まれている物がそのまま弁当箱だとすると、ナノがすべて食べきるには少し多いくらいの中身が詰まっているように見える。
「本当に嫌じゃなければでいいから食べてほしいの。出会って間もない素人の作った料理なんて不安で食べたくないって考えも理解できるし、断られること前提で持ってきてはいるんだけど……」
そこで言葉を区切ったナノは一層頬を赤くした。
「一応、その! 料理だけは自信あるんだ! 昨日の恩はそう簡単に返せるものじゃないけど、ほんの少しでも喜んでもらえたらって……!」
視線をせ床に落としながらも力を込めて言う。珍しいナノの熱弁に半ば圧倒されたカソルは、思わず首を縦に振っていた。
「そ、そこまで言うなら……」
「本当!? よかったー」
ナノは安堵したように笑いながら肩の力を向くように大きく息をついた。慌ただしくも実直さを感じさせるナノの振る舞いに、カソルとハルは頬を緩めた。
「じゃあ一緒に学食で食べましょう」
「うん!」
ナノの分のパンを購買部で買い、学食で確保した席にハルが注文した定食を持って戻ってきたところで昼食の開始と相成った。
「ささ、どうぞ召し上がれ」
カソルの隣に座ったナノがそう言ってうやうやしい仕草で弁当箱の蓋を開ける。
主食はトマト系ソースのスパゲティ。その脇にミートボール、白身魚のムニエル、マカロニサラダに色鮮やかな野菜のテリーヌ。一品一品に独自の工夫の跡が窺えて、弁当としては破格の手の込みようだとひと目でわかる代物だった。
「おいしそうだ」
「えへへ、ちょっと張り切りすぎちゃった」
「全部手作りなの?」
「う、うん。一応」
照れ笑いを浮かべてうなずくナノ。
「すごいね。それじゃあ早速いただこうかな」
と言ったところでカソルの手が止まる。
「どうかした? 何か苦手なものとかある?」
「いや、そうじゃなくて……その、これ使って食べた方がいいの?」
カソルは弁当の前に置かれたフォークを指して尋ねる。
「え? 別にそれじゃなくてもいいけど……マイフォークとか持ってるの?」
「持ってないよ。手」
「手?」
「そう、手で食べたらまずいかなって。食器使うの慣れてないんだよね」
「慣れてない……?」
言っている意味がわからないという風にきょとんとするナノ。カソルの正面に座って黙々と食事を進めていたハルに助けを求める。
「まあ、なんていうか……ちょっと特殊な環境で育ったのよ、カソルは。だから基本食事は手づかみ。串とかで刺してかぶりつくくらいはするみたいだけど」
「え、じゃあ寮の食堂とかでも?」
「普通に手ね。私も最初は驚いたけど、とやかく言ってもしょうがないし」
ナノが不思議そうに目を瞬かせる。カソルは頬をかいて首を傾けた。
「なんかごめん。フォークならなんとか使えないこともないけど、このメニューだとあまりうまく食べられなそうで」
特に昨日ハルが寮の食堂でやっていたようなスパゲティの巻取りは、到底一朝一夕には真似できる気がしなかった。
「手で食べるのも行儀悪いって聞くけど、どっちがいいかな」
「いやいや、カソルくんが食べやすい方でいいよ。そもそも私だってマナーとか全然気にしないタイプだし……」
そこまで言って、ナノが何かをひらめいたように顔色を明るくした。
「そうだ! 私が食べさせてあげようか!?」
「んぐ――げふっ、げふっ」
水を飲んでいたハルがむせて、危うく口の中のものを噴き出しそうになっていた。
「いいの? それじゃあお願いしようかな」
「いいの!? 公衆の面前で恥ずかしくないの!?」
叩きつけるようにコップを置くハル、カソルは小首をかしげてハルを見る。
「なんか恥ずかしいことなの?」
「ま、まあ、私はちょっと恥ずかしいかもだけどカソルくんに美味しく食べてもらうことの方がずっと大事だから全然問題ないよ!」
ナノはわずかに朱の差した頬でぐっと親指を立てる。
「……そ、そう」
ハルは呆れたように引きつった笑いを浮かべ、心を落ち着かせるように再び水を飲む。
「二人がいいならいいんだけど」
どうやら人に食べさせてもらう、もしくは食べさせるというという行為にはそれなりの羞恥心が伴うものらしい。その理由については見当がつかないが、実際にやってみれば何かわかるかもしれない。ここはナノに付き合ってもらうことにしよう。
カソルは一つうなずいてナノを促した。
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