第14話 乙女心は純白

 森から帰ってきたあと、夕食を終えて部屋に戻ったカソルはベッドの上でのんべんだらりと寝そべっていた。

 大きなあくびを一つしたところで、バスルームからハルが濡れた髪をタオルで拭きながら出てきた。自分のベッドの前までやってきてから訝しげにカソルを見る。

「……覗いたりしてないわよね?」

 カソルは肩をすくめて口角を上げた。

「白がよく似合うね」

 ハルはきょとんとしたかと思うと一瞬で顔を赤くして固まり、左右の腕で胸と股のあたりを隠すように自らをかき抱いた。

「ばっ、なっ、みみみ見たの?」

 そう言って一歩、二歩、三歩と小幅に後ずさりする。

「いや、言ってみただけ。色は当てずっぽう。でもやっぱり下着とか体を見られるのって恥ずかしいものなんだね」

 カソルは狼狽するハルの様子に満足して笑う。

「そりゃそうよ! あんただって裸で街歩いたりしたくないでしょ?」

「いや、全然」

「つくづく文化的な断絶が深いわね……」

「だから面白いとも言えるんだけどね」

 悪びれもせずに言うカソルに、ため息をついたハルは身を守る腕はそのままに、疑るような上目遣いにでカソルを改めて見つめる。

「……本当に見てないの?」

「だいたい君なら覗いたりしたら気配で気づくでしょ」

「そ、そんなの魔術でどうとでもなるじゃない!」

「完全に気配を絶つのは魔術でも難しいよ。まあ透視なら単純構造の壁の一枚や二枚問題にならないか。でもそれを言い出すと僕がどう言っても疑いは晴れないんじゃないの?」

「それは……まあ、そうね。いいわ。どうせ私の体なんて見ても面白くないでしょうし」

 突然唇を尖らせてすねたハルは、ベッドの上に身を投げるように腰を下ろした。

「そういえば今胸も隠してたけど、寝るときも胸に下着つけるの?」

「え」

 タオルを押し当てるように髪から水気を取っていたハルは、ぎくっとして手を止めた。

「僕なんて服一枚増えただけで煩わしいって思ってたんだけど、それで眠れるの?」

「いや、それはその……普段はつけないんだけど」

 上下左右せわしなく視線を彷徨わせて言いよどむ。

「じゃあどうして今日は?」

 落ち着きのないハルは頭にかけるように乗せていたタオルの両端を握り、頭巾をかぶるように顎の下まで引っ張った。

「えっと、ほら……もし、万が一あんたが……」

「僕が?」

 聞き返す間にも聞き取れないほどの声で何かをつぶやくように言い続けている。

「……そうなったら、その、心の準備的に、もう一枚くらいは壁がほしいというか……」

「心の準備? なんの話?」

 尻切れになった言葉をそのままフェードアウトさせたハルは、しばらくそのまま黙っていたが、やがて首をぶんぶん横に振った。

「な、なんでもない! たまたま! なんとなくつけただけだから!」

「いや、またなんか僕のせいで苦労かけてるなら一応聞いておきたいんだけど」

「違う違う! そういうのじゃないから! 私が勝手に余計なことしただけ!」

 ハルはカソルの方に顔を向けず、右手だけを慌ただしく振って言う。

 釈然としないが、問い詰めて答えるような相手でもないことはもうわかっている。カソルはあきらめて肩をすくめた。

「ほら、あんたも早く入っちゃいなよ!」

 促されたカソルはおとなしくそれに従うことにする。立ち上がってハルの前を通ろうとすると、ハルは頭にかけていたタオルを素早くずらして顔を覆った。

「どうかした?」

「気にしないで!」

 タオルでくぐもった声に首を傾げつつ、カソルはバスルームのドアを開けた。


「僕はそろそろ寝るけど」

 風呂から上がって少し経ったころ、カソルはベッドの上で波打つ後ろ髪にくしを通すハルに声をかける。無駄だとわかっているからか、あまり意識は手元にないようだった。

「……そ、それは単にあんたがもう寝るって言いたいだけよね?」

 目を泳がせて尋ねてくるハル。

「うん? どういうこと?」

 カソルの反応を見たハルは安堵とも落胆ともつかないような複雑な表情で息をつく。

「ううん、気にしないで。念のため確認しておきたかっただけだから。私も寝るわ」

 そう言って立ち上がると、ベッドの枕側の壁に掛けた制服のポケットにくしを押し込んだ。そしてなぜか先ほど受付から持ってきてベッド脇に置いた例の木箱をちらりと見る。

「そのまま灯り消しちゃってくれる?」

 カソルから見てハルのベッドを挟んで向こう側にある壁のスイッチを指差し、カソルが言う。

「え」

「どうしたの?」

「ご、ごめん。悪いんだけどカソルが消してくれない?」

 顔をややひきつらせると、スイッチから逃げるようにすり足でじわじわとベッドとの距離を詰めつつ、珍しく殊勝な口調で言う。

「別にいいけど」

 カソルはベッドから降り、ハルのベッドの前を横切って壁の前まで行く。

「消すよ」

「い、いいわよ」

 ハルが布団をかぶってうなずき、パチンという音とともに部屋が暗闇に包まれる。明度の変化への高い順応力を持つ目は、カソルを自らのベッドへとスムーズに導いた。

「じゃあおやすみ」

「……おやすみなさい」

 妙に小さな声で応じるハルの様子に疑問を抱きながらも、カソルは薄い掛け布団をかぶってまぶたを下ろした。

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