第8話 盟約実行!②
ナイトの騎士剣を、辺りを照らす暖色光が覆う。おお、何だあの騎士剣、便利だな。夜目の利かない人間にとってこの夜の月明かりは心細いのだろうが、この光は人間を歩かせるにはじゅうぶんな強さだ。
ふと、砂の匂いを乗せた夜風が吹き抜けていく。
風化したゴモラの街を歩き出した七柱と七人の足どりは油の切れた機械のようにどこかぎこちない。この光鎖に不慣れな人間たちは各々の盟約相手との距離感、何より自らの体に起きている変化に戸惑いを隠せないようだ。
まあ、これも珍しい光景ではない。
人間に限らず、ほとんどの種族は盟約相手から流れこむ神獣の力に混乱を来すのが通例だ。聞いた話では、体が羽根のように軽く感じたり、それこそ夜目が利くようになるとか。
ただ、人間の体であることに変わりはない。オレたちの力をそのまま使えば、あっさりと壊れるだけだ。
忠告する気はないけどな。
「あのぉ……は、走り出したくなると思うのですが、そうしてしまうと皆さんの膝が使えなくなりますので……まずはいつもの速度で歩くよう心がけてほしいのですがぁ……」
チッ、ベヒモスめ。わざわざ教えやがったな。世話好きな神獣とも聞いていたが、さもありなん、
「ヒァッ!?」
意図せず奴を鋭く睨みつけていたらしく、短く悲鳴をあげたベヒモスは古木のような色の縮れた髪を振り乱し、その髪に負けない縮み上がり具合を後転で表現。
「リ、リンドヴルムさま?」
よほど激しく睨め付けていたのか、慌てた様子のナイトがベヒモスとの間に割り入ってきた。
度胸はたっぷりだな、こいつ。
「……いや、別に怒ってはないよ。すまんね、ベヒモス。元から荒っぽい性格なもんでな。まあ、聞き及んでるか」
獣界に雷帝、リンドヴルムあり。まだ獣界を統治する気があった婆さんに借りを返していたころは雷帝なんて呼ばれていたが、今は昔。まあ、あれは暴れたいだけだったが。
オレはあと何千年も残っているだろう時間を寝たり食べたり泳いだり歩いたり、とにかく自分の気が向くままに生きたいだけだ。最近のお気に入りは食べると笑いが止まらなくなるキノコと、常に強い雷が滞雷している滞雷藁の“べっど”だ。鱗を優しく刺激されて、最高の寝心地。
誰かの指示に従うつもりも、面白くもないものに縛られるつもりもない。
「そうですね、貴方たちクズはすぐに壊れてしまいますので、衝動に身を委ねないことは非常に大切です。ベヒモスさん、貴重な助言をありがとうございます。つけ加えさせて頂きますが、向上するのは身体能力だけではなく、光気も少しずつ濃くなっていきますので、ご承知置きを」
盟約相手のバフォへ一礼、ダハーカはオレに向かって刹那、左目を閉じた。
あの野郎、余計なことを。相変わらず鬱陶しい。
「わかった。ご助言、痛み入る。肝に命じよう。さあ、先に進まねばなるまい」
怒りと侮蔑を込めてダハーカを一瞥、気を取り直して歩き出すと、確認したいことがある、とナイトが切り出した。
「ゴモラについてなのですが、伝承にはこの廃都市が獣界にも存在すると記されていました。それは事実ですか?」
「獣界どころか、全ての世界に同じものがあるよ。それ以外は知らないな」
足りない答えに丁寧な礼を言うナイトを目で送る。
世界が今のように分かれる前、このゴモラで暮らしていた人間たちが禁断の力に手をつけ、ソドムという姉妹都市に鎮座していた神の怒りを買った。
彼らの近縁者も多いソドムの民はその力を捨てるようにゴモラ側を説得したが、実を結ばず。結局、怒りの収まらない神は人間そのものを滅ぼしてしまった。
なんてことを教えてやる義理もないからな。
まあ、その後に起きた世界の分岐や滅されたはずの人間が存在している経緯はオレも知らないけど。
神獣王の婆やは把握していそうだな、聞くつもりないが。そもそもここ五百年は所在不明だ。方々で婆さんの噂が流れるから、生きてはいるんだろうが。
ゴモラの西端は森に侵食されている。何千年も経っているだろうに植物の進出が西側の際で止まっているのは、ゴモラに残る神の力が及ぼす影響だろう、初めて喚ばれた世界にそう言っていた女学者がいた。いつも日向ぼっこしては人参を貪る兎人間みたいな姿の奴らだったが、ソドムとゴモラの研究だけはやたらに熱心だった。
今はもう、とっくの昔に謎を解き明かしているかもな。
狼人族に食いつくされていなければ。
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