第6話 六柱連続召還④

「貴様、さきほどから上大陸の話をしませんね。上は天使とどう戦っているんでしょうか? 上のほうが軍事的に強いのでしょう。助けには来てくれないのですか?」


「戦っていねえんだべ。戦う相手がいねえんだからな」


 ダハーカの問いに顔をくもらせたナイトに代わり、高い背丈の倍近くもある大剣を帯びた三つ編みの女が応じる。

 雀斑の多い赤みのさした顔に、低い鼻。一重で切れ長な相貌に、乾いた印象のある赤錆色の髪。低い声。


「……天使は上を狙わねえんだよ。これが」


 イオンという女の話では、前回の襲撃時、天使は三体とも下大陸に出現。翼で飛んでいけるにも関わらず、彼らは上大陸を襲わなかった。確かなことは不明だが、これは上下の最大の違いに起因する、そう人々が思うのは自然な流れで、神を信じてきた上大陸の人間は安全だーー流布されたこの噂はさらに下を追いつめる要因になっているらしい。

 であれば、なおさら上は下に力を貸すべきでしょう。信仰の違いなど、人命と比すれば些事なのだから、とダハーカが食い下がろうとするが、衆目は長く深い欠伸をしたオレに集まった。

 ダハーカの奴は更に気を悪くしたようだが、放っておくとあいつ、納得するまで続けるからな。


「天使ねえ。まあ、大凡のことはわかった。要はオレたちの力を借りて、その十体の天使を倒したいんだろ?」


 オレが場を仕切る必然性はないが、正直なところ食傷済みの召喚背景には微塵の魅力も感じなかった。聞いてしまえば、あとはとにかくこの場を早く終わらせたい。

 不倶戴天の敵が現れ、滅ぼされかけている。

 憎むべき敵を倒し、平和をもたらしてほしい。

 ーーそんな願いの先にあるのは、平穏が訪れた世界の版図を巡る争いと相場が決まっている。遅かれ早かれ。

 ただまあ、今回は天使という初見の怪しい奴がいる。

 神の眷属はどの世界でも共通だが、天使なんてのは聞いたこともない。加えて紋様を持つ人間の数、浮遊する大陸。

 愉しめそうな要素はあるが、人間の事情に興味はない。


「ーーはい。彼らは人語を理解していますが、会話には応じません。もし、神への不信仰が原因だとしたら、なぜ今さらなのか……襲われる理由も聞けずに死んでいく者をこれ以上増やしたくないのです。ご迷惑をおかけし本当に申しわけありませんが、私たち七人と盟約を結んで頂きたい」


 ナイトは両手両足を揃え、深く頭を下げたまま動かない。

 他の六人もそれに倣おうとしたところで、何度か大きく頷いていたダハーカが口を開いた。


「お話はわかりました。どの道、私どもは盟約なしにはこのゴモラから出ることすら叶いません。非常に珍しいことではありますが、七人とも、あの紋様を持っているのでしょう? なればどうでしょう皆さん。我々に選択の余地はありません。誰が誰と盟約を、などは彼らクズにお任せする、では?」


 野郎の癖は止まらないようだが、この場は肯いておく。まあ確かに盟約の相手が誰だろうが、オレたちに影響はない。召喚者側は身体能力が劇的に向上するが。

 うわの空なティアマト以外の六柱が同意、五分ほどお待ちください。そう言ったナイトらが盟約の組み合わせについての話し合いをしている間、オレは眩い白銀の光を大地へ伸ばす月を茫洋と眺め、ふと思った。

 このゴモラまで来さえすれば、紋様持ちは何も代償を払わず容易にオレたちを召喚することができる。何千年も風雨に晒されてもなお、闇の色に煌めき続けるこの黒碑を使えば。ただ、喚ぶ者が喚ばれる者を心の底から求めている、という条件もあるようだが。

 これまで考えなかったが、獣界側のゴモラにも黒碑はあるんだろうか。確認したいと思っても、あの鬱陶しい不死のフンババが鎮守の森にいる限りは近づけないんだが。

 しかも、獣界のあいつは他の世界より頭抜けて強い。


 盟約の相手が決まった。ファヴニルは白髪の”おーるばっく“な老人で、奴はバフォという名前らしい。

 ベヒモスは……誰だアレ。一言も発していなかった薄い頭の厳つい顔をした巨漢。いたな、そういや。名乗ったようだが、声が小さすぎて聞こえないわ。何だアレ。

 スルトは瓶底眼鏡のリンタン、フレスヴェルグは巨剣を帯びた背の高い三つ編みの女。女はイオンと名乗った。

 ダハーカはランとかいう、常に笑い続けている槍使いの女。ティアマトは激烈に頭の固そうなメア。

 で、オレの相手はナイトか。どうせ結果は同じだから誰でも構わないんだが、少なくともあのランとかいう不気味な女よりは気分が良いな。

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