第5話 六柱連続召還③
オレが息をしているのは、上下に分かれた世界。神は存在せず、万物は無数に折り重なった事象が生み出したーーいわゆる無神論者が大多数を占める広大な
下の三割程度の面積である上大陸にはゼラ神を信棒する者たちが暮らし、その比率は九割五分に及ぶ。残りの五分は下大陸の民と同じ無神論者らしいが、彼らは階級社会である上においては最下層に位置し、中層のごく一部から上層にのみ許可されている下へ降りる手段を使えない。
まあ、そもそも大手を切って下へ向かう者は皆無らしい。
「ナイトよ、上下で人口の対比はどうなってる?」
「下の四割ほどの人口です。ただ、軍事力は下を凌いでいるかも知れません。彼らは神の名の元に全ての民を徴兵していますので」
なるほど。神を信じる者は全体の半分以下、か。
だからこの肉体ってわけだ。
「神を信じていない私たちが、神族に属する皆さまの力を借りることを申し訳なく思いますが……」
「あ、いえ……ボクらが属するのは神獣王の眷属であって、王はいわゆる神ではないので……たぶん」
恐縮して答えるベヒモスは噂以上の温厚さだが、まあ間違ってはいない。あの婆さんは神じゃないだろ絶対。
神々しさの欠片もない。むしろ人間に近い感じだ。神に会ったことはないから、わからない部分はあるが。
そのあたりはいいから、とオレはナイトへ先を促す。
下で共に暮らしていた人間らが信仰の違いで袂を分かったのは二百年以上前。以来あらゆる面で公式な上下間の接触はなく、互いの情報は互いに潜ませているであろう諜報員によってのみもたらされている。
「大陸が空に浮くとは、奇怪だのー。愚かなほどに永く生きる神獣のうちでも儂はかなり古参だが、そんな世界はお目にかかったことがないのー。どういう仕組みで浮くか、わかっておるなら聞かせてくれんかのー」
フレースヴェルグか。えらく古い神獣とは聞いていたが、年齢が顕著に言葉へ反映されているもんだな。
性別の違いはあれど、神獣王に似た感じもする。
頷いたナイトが、硬質そうな眼鏡の女へ目配せをする。
顔を強ばらせて頷いた眼鏡女は、リンタンと名乗った。
「あ、あたしは
やはり、この世界でも光技は存在しているようだ。オレたち神獣はもとい、人間や悪魔、その中間など多くの種族が生まれながらにして持ちうる力。オレの場合は紫神がそれにあたる。大欠伸をしながら肯くオレへ今にも消え入りそうな瞳を向ける眼鏡女の名は、リンタンか。いかにも戦闘の役に立ちそうにない女だが、天運士という光技はここに来るまでに有用なものなんだろうな。
廃都市ゴモラである限り、ここまでの道は間違いなくあの厄介な不死のフンババが守護しているはず。
まあ、だからこそ六体の遺体があるんだろうが。
「で、では、かいつまんでお話いたします。下大陸の北部に、
「リンタンさんでした、ね。大陸を浮かせる力がこんな世界にあるとは思えないんですがねえ。誰かしっかりと調査を行い、多くの有識者で叩いた末の推論なのですかねえ?」
下顎に右手を添え、スルトが“いんてり”な香りを漂わせた発言をする。耳にした噂だけで判断するなら、お前はそこから最も遠いような気がするんだけどな。
「は、は、はい。あ、あたしは気の流れが見えるので……光柱の先に、あたしでは表現できない……とにかく異常な量の気が集まっているのがわかります……すみません、誰かが調査したかは知りません……」
何度も頭を下げるリンタンの肩を叩き、語りを継いだナイトによれば、この世界は自らを神の御遣いたる
四年前の夏、唐突に出現した三体の天使が半年にわたり世界各地で人間を殺戮した。人間にとって天使の力は不到達なもので、下大陸に存在する三つの国から勇者や英雄の称号を持つ者たちが天使に挑んだが、例外なく殺された。
天使は半年で姿を消したが、全人口の四割を失った下大陸には天使の再来への恐怖が暗澹な陰を落とし、人的な損失もあり経済活動が停滞。弱体化は避けられなかった。
「半年前、皆が怖れていたことが現実になりました。山岳地域で天使を見かけたという一報が入り、再編成された我が国の軍が向かいましたが……誰も戻らず、のちに安否確認へ向かった隊が周辺の住民と討伐隊の遺体を発見しました。それ以降、天使たちの襲撃はありませんが、三体だった天使が十三体に増えたことが確認されています」
なるほど。状況は絶望的で、生き延びるためにオレたちへ助けを求めているということか。
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