第4話 六柱連続召還②
「六柱さま、お喚びたてした理由をお伝えいたします。拙い説明となり、恐縮ですがーー」
「お待ちください、カス。その子供も神獣では? 本来なら先に名乗るのが筋では。どなたでしょうか?」
相変わらず睥睨しているのかへり下っているのか判別のつかない言葉だが、声が喜劇だ。ダハーカが発した萌芽の季節に吹く風のような柔らかな声で豪快に吹き出したオレを、奴は烈火のような眼差しで睨みつける。笑われたからと言うよりも、先に名乗らかったことに怒っているんだろう。
面白かったから名乗ってやるか、と破顔を収めたとき。
「ーーアアアアアアァァッ!」
若葉色の髪を四方に振り乱し、ティアマトが絶叫。まさに耳をつんざく音量。おお、もう始まったか。
「こども、こどもたちは? どこォォォッ」
何かの細工で指定したにしろ、ただの偶然だとしても。ティアマトを喚んだのは間違いなく失敗か不運だな。
奴は子から離されると発狂する。特に奴は今、三十年にいちど訪れる子育てを始めたばかりでタイミングは最悪。
普段は数柱の神獣を産み落としていると聞くが、今回はどれくらい産んだんだろうな。そのうち何柱があの放浪婆さんに神獣として認められるか知らないが。
盾のように分厚い黒縁眼鏡の小柄な女が、仰向けになり四肢を駄々っ子のごとく振り回すティアマトへ近づいていく。
どうなろうが知ったことじゃないが、ここは助言をしたほうが暇つぶしの機会が増えるかもな。よし、やろう。
「女、わかっていないようだけど、そいつの手やら足に触れれば無事に済まないからな。オレたちは人間の体に擬態しているだけで、筋力なんかは見た目からかけ離れている」
明らかに手入れ不足の黒髪を舞わせた女が立ち止まり、ぶ厚い眼鏡をオレへ向け、恐怖に頬を歪める。
ところであの眼鏡、本当に補助になっているのかね?
「お前の眼鏡さ……いやいい。その阿呆を大人しくさせる方法は一つだよ。嘘をつくのさ」
「貴様、その妙に人間じみた感じ……まさかとは思いますが、リンドヴルムさんではありませんか?」
え。気づきやがった。なんか気持ち悪いなあいつ。
総毛立ったことを体で表現するオレの仕草に確信を得たんだろう、殺気立ったダハーカを無視。のた打ち回るティアマトの足を右手で掴み、予想を超える衝撃と痛みへの動揺を隠し、努めて平静に言う。
「ティアマト、ティアマト! 聞けよ。お前の子たちはこのブーツの底みたいな眼鏡をかけている女が喚ぶ予定なんだ。子らはまだ神獣になれていないだろ? だから盟約を結ばなくてもここから出てお前と行動することができる」
途端、ティアマトは駄々っ子をぴたりと止め、爛々と輝く相貌でオレを舐め回すように見て、二俣に分かれた黒い舌をちらつかせて言う。
「……あんた、誰だえ?」
「リンドヴルムだよ。いいから落ち着いて聞けよ、まずはそこの靴底眼鏡女と盟約を結べ。そのあと、しばらくしたらお前の子らを喚ぶそうだから」
メアだったか、いかにも頭の堅そうな女が何か言おうとしたのを手で制し、オレはそうだよな、と眼鏡女へ聞く。小さな顔の半分弱を硬そうな眼鏡で覆う女の表情は読みづらいが、数秒の沈黙で色々考えたのだろう、そ、そうですね。とか細い声で肯いた。
“でこぴん”一発で即死しそうだな、こいつ。
「リンドヴルム、リンドヴルム……雷獣リンドヴルム。アンタ、いつからこの世界に来ていたんだえ? 向こうでしばらく見ないとは思っていたえ」
「……ああ、しばらく見なかったのは単にオレが獣界に飽きて寝ていたからだよ。喚ばれたのは一時間くらい前だ。先にこいつらから諸々の説明を受けていてな。で、オレの話は理解できたか?」
説得力を持たせるために嘘を上塗りしたが、この精神的倒錯者を制御するのには効果てきめんなようで、ティアマトは首を縦にぶんぶんと振って応える。アホを制した。
「あ、あのぉ。できればそろそろ、喚ばれた理由を説明してほしいのですが……まだ難しいで」
「このカス! 呼び
なぜか申しわけなさげなベヒモスの言葉を遮り、ダハーカが歯を剥き出しにして威嚇。怖かったのか、ベヒモスはびくりと体を震わせる。
そういや、もっとうるさいのがいたな。
「敗者くんは黙ってなさい。ナイト、さっさと説明してくれ。どうせオレたちはお前らと盟約を結ばなければ向こう三年、ここで寝ていることになるんだ」
ダハーカの衝撃波を伴う跳び蹴りを回避、何事も無かったように呼びかけたオレに応え、筋骨逞しい青年が息を深く吸い込む。滔々と語られたナイトの説明はこうだった。
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