25話 打ち合わせ

「じゃあ、行ってきます」

「うん!頑張ってね!」


遂にこの日がやってきた。


「ここが、談円社か」

日曜日、俺はコミカライズの打ち合わせのために、月刊少年アクト編集部がある談円社まで来ていた。


「いざ入るとなると緊張するなぁ…」

見上げるほどの高いビルの中にアクト編集部はある。そのビルを見上げていると、足がすくみそうだ。


「いや、ここでうじうじしていても仕方ない!」

これから作家への第一歩が始まるんだから。

俺は自分に喝を入れて、ビルの中へ足を踏み入れた。



「すいません、月刊少年アクトの打ち合わせで参ったのですが」

ビルの中に入ると、入り口すぐ近くに受付があり、受付嬢に要件を伝える。


「お名前は?」

「愛流勇介です」

「愛流様ですね。はい、では担当の者を呼びますのでこちらを首からかけてお待ちください」


首からかけるタイプのネームプレートを渡され、受付から少し離れた場所で待つことにした。




しばらく待っていると、1人の女性が近づいてきた。



「愛流勇介さんですね?」

「はい、そうです!」

緊張で、返事に力が入ってしまう。

「私は、愛流さんの担当を務めます、宮前綾子みやまえあやこと申します」

そう言って彼女は、名刺を渡してくれる。

身長は160センチぐらい、黒い髪を後ろで縛り、メガネをかけてスーツを着ている。すごく真面目そうな女性だ。

「はい、愛流勇介と申します。本日はよろしくお願いします」

俺も彼女に習って、名刺を差し出す。

伊達に社会人をやっていない。名刺交換は慣れたものだ。


「では、場所を移しましょうか」

宮前さんに連れられて、ビルの二階にある休憩所へと案内される。

広めの部屋で、いくつもの円卓と自動販売機が設置されている。


「普段、担当と作家さんが打ち合わせをするのはこの部屋を使うことが多いです」

「そうなんですね」

宮前さんは硬い表情のまま教えてくれた。

この人は笑うことがあるのだろうか。そう思ってしまうほどに、硬い雰囲気の人だ。多分、仕事に対してとても真面目なんだろう。


「では、早速始めましょうか」

俺たちは、近くにあった席に向かい合うようにして座った。


「この度は、コミカライズという提案を了承頂き誠にありがとうございます」

「こちらこそ、貴重な機会を頂き感謝しております」

お互いビジネス的に御礼をし、話し合いが始まる。


「まず、具体的な連載開始時期ですが、半年後の5月号を予定しております」

「半年後ですか。結構期間があるんですね」

それなりに準備が必要ということだろうか。


「はい。これから我々には、担当漫画家さんの選定から始まり、漫画を作って行くという作業が待っています。これには半年ほどの期間が必要になってくるのです」

「そっか、まだ漫画家さんは決まってないんですね」

「原作者さんの意向もありますから、こちらの独断では決められません」


確かに、漫画を読んでみてイメージが違ったら原作者の俺としては気持ちが穏やかじゃない。


「漫画家さんのリストと過去作品のリストを事前にお聞きしたメールアドレスに送っておくので、コミカライズを任せたい先生を後日教えて下さい」

「分かりました」


その後、今後の日程などを確認して今日は談円社を後にした。



「俺もついに原作者になったのか…」


談円社からの帰り道、言い表しようのない感情が込み上げてきて空を仰いだ。


「ようやく夢の一歩を踏み出したんだ」

正直、美佳が声優として知名度を獲始めたことに焦りを感じていた。

でもようやく、俺も一歩前に出ることができた。二人でこの夢を追って行くことが出来るんだ。


「このコミカライズ、絶対に成功させる」

誰に聞かせるわけでもなく、天に向かって呟いた。

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