ファイブフィッシュのお宝
月夜野眼鏡
第1話
ファイブフィッシュのお宝
甲板の上が騒がしくなってきた。さっきラッパ係が「雲の波を行け」吹いていたから無理もない。
あの曲は「海賊が乗り込んできた、全員戦闘配置につけ」の合図なのだ。もっとも料理係の私には関係がない。いや、もちろん無関係ではないけれど、包丁やバーナーは使えても、剣や鉄砲は全然だめだから、出て行っても足手まといだ。戦勝祝いの料理を作っておくほうがずっと仲間のためになる。
それにしても、こんな小さな帆船を襲う海賊が時々いることには感心する。上の喧騒が大きく響いてきた。敵の数はどれくらいだろう。それによっては対応も変わる。
そんなことを考えながら野菜をきざんでいると、厨房の扉が開いた。入って来たのは、私より少し年下の男だった。剣を持つ手がかなり震えていた。
「お、おまえひとりか」
「そうだけど」
「女だから、みんなと戦わないのか」
「料理人には、料理人の戦いがあるのよ」
うーん。これはちょっと気負い過ぎか。
「ここには食べ物しかないわよ。それとも食料強奪係? 生憎と貯蔵庫は別よ」
男は扉の外を気にしていたようだったが、後ろ手に扉を閉めると、座り込んでため息をついた。
「俺、最近海賊になったばかり、というか、成り行きだったんだ。海賊だなんて知らなかったし、気が弱くて戦うのは苦手なんだ」
こんな男の身の上話を聞く気はなかったが、ちょっとかわいい顔をしていた。
「それでどうするの。あんたたちが負けたら」
男の顔がさっと青ざめた。
「お前たちのボスって、いつもどうしてる? 今まで海賊に襲われたことってあるのか」
「あるわよ。負けたことはない」
「えっ、こんな小さな普通の船なのに」
「その普通の船をどうして襲ったの」
「帆に五匹の魚の絵があるだろ。船乗りの間でファイブフィッシュって渾名がついている。船は小さいけれど、人間にとってすごく価値のあるお宝を積んでいるって評判だ」
確かにそういった噂はあるらしい。
「俺、戦うの怖いよ。殺すのも死ぬのも嫌だ」
男は今にも泣きそうで、なんとも情けない。
「あんた、おなか減ってない?」
「わからない」
「まあ、とにかく手伝って」
きょとんとしている男に、私は野菜を煮ている鍋をさし示した。
「もう出来上がるところだったのよ。あんたたちが邪魔をした。私の仕事は料理、どんな状況でも仕上げる。ところで、あんたたちは全部で何人?」
「五人」
「呆れた。それで人の船に乗りこむなんて」
男は観念したのか、指示通りに野菜の煮え具合を確かめ、次にゆで卵の殻をむいた。なかなか手つきがいい。
再びラッパの音が聞こえた。今度は「潮は満ちた」だ。これは「有利に終了間近」の合図。
「急いで」
私は並べた皿に、肉と野菜を次々と盛り付けた。それを運搬用の大きなパットに入れて、パットを何段も積み重ねる。パンは大きな籠に入れて、取り放題だ。
「さあ、これを運んで」
「どこに?」
「甲板に。みんな戦いが終わって空腹よ」
「ちょっと待て、俺はどうなる」
「私とやりあって負けたことにすれば」
甲板に出ると、海賊どもはみな武器を取り上げられて、一列に座らされていた。
「みんな、お疲れ様」
私が声を掛けると船員たちは歓声をあげた。
「あっという間でしたよ、キャプテン」
「キャプテン?」
厨房に入り込んで来た男が驚いて私を見る。
私は海賊どもの列に近づいた。そして頭目と思しき男にこう言った。
「一緒に食事をしましょ」
私の合図で、敵味方なく、料理が配られる。
「ふ、ふざけるな。とっと煮るなり、焼くなり好きにしやがれ」
なんて平凡なセリフ、とため息をつきながらも答えてやった。
「あんたたちは不味そうだからお断り。それより美味しいものを食べれば落ち着くわよ」
彼は、手下どもに食えと合図をした。
「どう?美味しい?」
私が頭目に訪ねると、彼は殊勝にうなずいた。
そいつの手下どもにも笑みが浮かんでいる。よしよし。
「この船にあるというお宝はこれなの。私が作る、心が和む、美味しい料理。人間にとってすごく価値があると思わない?」
戸惑っている頭目に、私は勝利者としての要求をした。
「食べ終わったら、自分の船に戻って、二度と私の船には近寄らないで。それからこの子をうちにちょうだい」
私は厨房に入り込んできた男を見た。そろそろ調理助手が欲しいところだったのだ。
ゆっくり仕込んで、身の上話も聞いてやろう。
今日の潮風は一段と心地良かった。
ファイブフィッシュのお宝 月夜野眼鏡 @Tukiyono-Megane
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