第11話 神父の視線を背中に感じる

 車は静かに停止し、無言に促されてドアを開けて降り立った咲樹は、ドアを閉める前に

「要人はいつまで拘束されるの」

 そう聞いた。

 随分普通の少女のような質問だな…と早乙女は思ったが、

「容疑者でも無い未成年だ。今頃刑事が家に送ってる頃だよ」

 そう安心させる答えを返した。

 住宅街のファミリー向けマンション。

 そこそこ幸せな、平凡な普通の家庭を想像させた。

「容疑者は、他に居る?」

 考えながら発した言葉に、友人への気遣いだけの質問では無かったか…と苦笑いし、無言でドアを閉めるよう促す。

 勿論返答が貰えるとは咲樹も思ってなかったから、素直に従った。


 車を見送り、マンションに向かう。鍵は持っている。無機質なエントランスを抜け、エレベーターに乗り込む。上昇する振動を感じながら、何故、冠猿なんだろう…と考えた。桃色ネズミと冠猿。何かの共通点がある?摸し易いか?順序もバラバラだ。何か拘りがあるのか…?

 その時、LINEが入った。

「冠猿だった」

 と言う、要人からのグループライン。

「さっき、早乙女刑事に聞いた」

 要人が解放されると言ったのは、本当だったんだな…とホッとした。

「咲樹が女刑事に連れ去られた…って噂になってたよ」

 と、美春。

「脇に抱えて連れて行かれた」

 咲樹はありのままを伝えた。

「シュールだね」

 と、光陽。

「咲樹も捕まってたのか」

 要人は知る由もなかった。

「今、解放された所」

 応えながら、部屋に着いた。

「今度は、学校内じゃ無いんでしょ?どうして要人が?」

 美春の質問はもっともだったが、

「被害者がハウスの管理人だった」

 その答えに、皆息を飲んだ。

「引き強いなぁ、要人は」

 最初の反応は光陽。

「それで取り調べ受けたの?」

 と、咲樹。頭の中で勿論取り調べ室の様子が再現されている。

「取り調べかなぁ…?その後思い出した事は無いかの確認と、殺された管理人がどんな人だったか聞かれたけど」

「それにしては長かったね」

「回収した本の検証もした。咲樹に聞いて。って言ったけど」

「今、本は?」

「警察が持ってる」

「貸出期限伝えないとな…」

 三巻は、読むのを諦めた倉持が迅速に返却してくれたので、貸出し事態を渋る気は無い。

 どうせ、読むのは早乙女刑事だ。

 早く、本の状態を確認したい。

 それと…

「死体は、1人分?」

「うん」

 大事な事なので確認した。

「そこに拘りは無いって事…?」

 光陽も引っかかっている。

「だったら、どうして本に拘るの?」

 美春の言う通りだ。

「殺されてるのは、誰なんだろう…」

「誰って…」

 言葉を失った。

 無差別では無いとしたら、誰だ?

「2年くらいかなぁ…管理人になって。で、新しく来た神父たちは彼の知り合いらしい」

「新しく来た神父?」

「あぁ。外人神父がごっそり入れ替わったんだよ」

「外人…」

「桃色ネズミは英会話教室の外人先生だったよね」

「要人」

「あ?」

「ハウスに、様子が変な子は居ない?」

「さぁ。俺練習で寝に帰るぐらいだしなぁ」

「海斗に聞いてみたら?」

「そういや、最近海斗見かけないなぁ」

「いつから?」

「いつかな…前は練習から帰ると待ち構えてて、俺が遅い夕食食べてる横であれこれ話しして来てたけど、必ずって訳では無いし…」

「今、部屋行ってみて」

 そう言ってから、咲樹は直ぐにグループから切り替えた。

「海斗、要人が帰ったら話し聞いてみてくれる?」

 そんなLINEだ。

 既読が付かない。

「鍵かかってる。蹴破る?」

 要人の返事の方が早かった。

「今、英志に聞いたけど、学校には来てるらしいよ」

「私も詩音に聞いたけど、海斗、騒がし森読んでから様子がおかしかったって」

「え?」

「読んだのって、五ヶ月前位からでしょ?そんな前から?」

「気が付かなかったな…」

「最後にあの本読んだのが海斗なんだよね」

「確かに怖い描写もあるけど…」

「やっぱり蹴破るか?」

「待て。咲樹、何心配してる?」

 光陽が冷静に止めた。

「アトトックで起きた事」

「だとしたら、無理矢理踏み込むべきか?」

「いや…」

「今、何かが起きてるんじゃ無いなら、無理強いは良くない」

「うん…」

「海斗を、疑っているんじゃないよね…?」

 疑う…海斗を…?

 それって…

「復讐…?」

「咲樹⁉︎」

「いや。違くて、今回の事件。復讐だとしたら…」

「ちょっと待て!アレが、今このハウスで起こっているって言うのか⁉︎」

 要人は、初めて動揺して周囲を見回した。

「海斗!居るなら入れてくれ!」

 思わず、ドアを激しく叩いていた。

 カチャリ…とドアが開いて、不安そうな海斗の顔が覗き、要人越しに周囲を見回した。

「要人君、どうしたの?」

 そう言った海斗を押し除けて、部屋に入り込んだ。

「警察に聞き込みされてたんだ」

「聞いてるけど…」

「管理人のおっちゃんが冠猿になった」

 そう言うと、海斗の表情が歪んだ。

「何を知ってる?」

 その表情を見て、確信した。

 海斗は、何かを知っている。


 その時、LINEの着信音が鳴った。

「警戒して。守って」

 咲樹だった。

 迷わず、海斗に見せた。

「守る…どっちを?」

 海斗は、そう応えた。

 不安そうな表情で。

 どっち…?誰と誰の話だ?

 海斗は弱くない。瞳は不安に揺れているけれど、恐怖からじゃない。

「子どもたちを。神父たちからだろ?」

 要人が答えると、海斗は驚いた。

「やっぱり、六年生たちは皆知っていたんだ…アトトックの事」

「あぁ。ヨーロッパにあった養護施設の名称だろ」

 要人の答えに、海斗は、力が抜けたように座り込んだ。

 話すとしたら彼らだ。それは分かっていた。

 話すべきか、分からないけれど。だけど、1人で抱えるのはもう限界だった。

 話したら、どうなる…?どうしよう…


「もう、消灯時間を過ぎているよ」

 不意に入り口に人影があらわれ、それが神父だと気がつき、要人は引きつった。

「直ぐ鍵をかけろ」

 そう囁き、

「早退したから、連絡事項ないか確認してただけだから」

 そう言って海斗の部屋を出た。

「おやすみなさい」

 要人は老神父から目を離さず、そう言って背を向けた。

 力なら負けない自信はある。

 だけど、背中にツイと冷や汗が流れた。 

 部屋に入り、鍵を掛けて、やっとホッとして大きく肩で息を吐いた。

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