第9話 同じ匂い
早乙女 千鶴。この女刑事は、咲樹の好奇心を刺激した。
登場の印象は最悪だろう。
2時間目が終わり、教室で待機!と言い残して先生が居なくなった教室で、ざわざわと囁き声が噂話を運んでいる休み時間に、ガラリと教室の引き戸を開けてつかつか入って来たと思ったら、教室内の児童を人さらいが品定めするかのように眺め周し、
「森園咲樹。前へ」
その瞬間、好奇心でざわざわと注目していたクラスメイトたちは一斉に俯いた。
コレは関わってはいけない案件だと本能的に感じたのだろう。
節度とか良識とかでは無く、もっと原始的な生存本能で。
普段はぼんやり穏やかで思慮深く、無害なのだ。
ただ、彼女が惹かれる案件は、ダメだ。
ほら。今まさに、名乗り出るでも無く、爛々とした目で相手を観察して次の出方を伺って居る咲樹の静かに興奮して居る姿は、面倒な事態が起きそうな予感しか生まない。
「警察の方よ。森園さんに図書室を案内して欲しいそうなの。良い?」
遅れて駆け込んで来た桃谷先生に言われ、やっと咲樹は納得して立ち上がった。
のらりくらり…と言う程でも無い。は〜い…と言いながら、前に進み出た咲樹を早乙女刑事はガシッと小脇に抱えてズカズカと教室を出て行った。
おぉ…と思いながら小脇に抱えられたまま、咲樹は早乙女を観察した。この扱いは流石に想定外だ。
咲樹は大きくはない。それでも身長は140ある。厚手の靴下を履いたら…だが。
確かに早乙女は身長170近くありそうな長身だ。
いやいや、そんな話しじゃない。自分が小さかろうが、相手が軽かろうが、だ。
小脇に抱えて図書室の案内に連れて行くこの異常さが、咲樹をわくわくさせる。
教室にいた全員にとって彼女の印象は最悪だっただろうが、咲樹には違う。大歓迎のイレギュラーさと、図書室に興味を持っている女刑事に興味深々だった。
図書室の前まで来て、初めて咲樹を無造作に開放した。急に束縛を解かれちょっとよろけたが、態勢を立て直してすくっと立った咲樹には何も言わず、観察している。観察し返しても良かったが、それより彼女がどう動くのか知りたくて、くるりと背を向けて図書室の鍵を取り出した。キィキィと不愉快な音を立てて鍵を回し、解錠する。木枠の引き戸に素早く手を添え30センチ程開けてから振り返った。先に通すのが礼儀だろうか?そんな風に教わった気もする。なのでちょっと避けてみる。でも早乙女は動かない。相変わらず観察している。
なぁんだ。と思いながら図書室に足を踏み入れる。うん。さっき鍵をかけてから特に変わった事はない。咲樹は室内を見回してそう確信した。
「それは毎回?」
突然早乙女が背を丸め咲樹の身長に合わせて後ろから顔を突き出して来たので、思わずビクッとした。
「それ?」
白々しく聞き返す咲樹の指の間から、すっと挟まっていた3センチ角位の紙を引き抜いた。
見逃さなかったか…と咲樹の好奇心は上昇した。
「いつから?」
「2冊目が消えてから」
図書室の鍵を閉めた後、引き戸の重なる部分に、目立たないように挟み込んでいる。これは他の図書委員の誰も知らない。
防犯カメラは却下されたので、少しでも情報が欲しくて始めた。
良いな。この子は良い。この好奇心が間違った方向に向かわなければ、良いぞ。
早乙女は思わず咲樹の腕を強く握った。自分に近い匂いを感じる。
全毛穴から湯気が出てるみたいだ…早乙女にがっつり左腕を掴まれ、咲樹は珍しく腰が引けた。この人の行動は想定出来ない。
興奮気味に前のめりに見つめて来る目が、笑みが、尋常じゃない。
うわぁ…面白い。この人。善かな悪かな。信じて後でラスボスだった…ってパターン多いし、奇人過ぎて倫理欠けてて、簡単に自分の価値観で立ち位置転じるってのも良くある。
わ〜この人は何だろう。面白い。早くページをめくりたい。一気に読みたい。
早乙女がその手を放し、本来の目的を思い出したのは、自分を好奇心いっぱいの目で見返して来る小さな少女が、その目の熱量のまま、書棚の一角に視線を送ったからだ。
これから始まる展開に、待ち切れないワクワクが滲み出ている。
そうだ。この少女への好奇心と同様に、この事件への好奇心が渦巻いている。
少女と同じ方向に。
そして平静を取り戻した。
手近の椅子に腰を据える。
小学生向けなので、思いの外小さくて座る時に腰が砕けそうになったけど。
そして猫背になる。
そんな早乙女の前に、咲樹は蝋燭のついたケーキを運ぶかのように慎重な面持ちで、布張りの本を3冊運んで来た。
さぁ、読め。何を感じる?そう言う目で見ている。
任せろ。
ニヤリと笑った早乙女が、慎重にページをめくる。
パラパラと。
ん…?早い。と咲樹が反応する。
走り読みではない。速読だ!
ただ物じゃない…
咲樹は横から早乙女の動向を見守る事にした。挑戦するような気持ちで。
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