第5話 2冊目に続く…

 週末を挟んだ月曜日、校庭の一部を立ち入り禁止にしたまま、学校は通常通りに始まった。

 何があったのかの詳しい説明も特に無く、事故があった為。という事だった。要人も咲樹も沈黙を守った。教室では。

 昼休みに図書室に集まった図書委員6年の4人は、無言で「騒がし森の60日間」を机の中央に置くと皆で覗き込んだ。

「私来なくて良かった…」

 美春は、ちらりと桃色ネズミの挿絵に目を向けて、嫌悪感を隠さず呟いた。

「そう?私は確認出来て良かった。アレは確かにこの本を摸造してるもん」

「俺は、足止め食らって良い迷惑だったけど。光陽の母ちゃんのおにぎり美味かったからチャラにしてやる」

「君たちの強靭な精神は賞賛に値するけどね。でも、つまりこの本盗った奴が昨日の犯人ってことでしょ?良いの?言わなくて。指紋とか出るかも…」

 光陽の発言に、手を伸ばしていた美春がパッと手を引っ込めたが、

「せっかく返って来たのに、また無くなるのは嫌だな」

 咲樹はそう言って逆に力を込めた。

「ソコは協力しなくちゃダメでしょ」

 美春が諭すが、咲樹は不満そうだ。

「2人とも、本のこと話してないの?」

 光陽に聞かれた2人、咲樹と要人は顔を見合わせ、それぞれ首を横に振った。

「あれ以上足止めされたくなかったし」

 と面倒臭そうな要人。

「この本と関連に気がつく読書家の大人いるのかな〜と思って」

 と咲樹はワクワクした顔をしている。

「君たち…」

 光陽は沈痛の顔でため息をついた。

「好奇心で、捜査協力しないなんてダメでしょ」

 美春はそう珍しく厳しい口調で言ってから

「どうする?」

 と言うように光陽を見た。

「ちゃんと伝えるべきだと思う」

 光陽はそう言ったけど、難しい顔をして

「ただ…」

 と続けた。

「子供の言うことを真に受けて、ちゃんと本を読んで関連性を調べてくれるかは疑問」

 光陽がそう言って苦笑いしたので、要人もうんうん頷く。

「そう言う柔軟性のある大人がいるようには見えなかったな」

 要人が応え

「ホームズとまでは言わないけど」

 咲樹がガッカリする。

「ホームズは警察じゃなくて探偵でしょ」

 光陽に言われ

「今からでも現れないかな。ポアロでも良い」

「ここは日本だ」

 咲樹と光陽を中心にマニアックに話が進みそうなのを、美春のため息が遮った。

 光陽が我に返り照れ隠しに咳払いをすると

「どうせ放課後また呼ばれるだろうし、その時、言ってみるよ。何も新しい話が出ないんじゃ向こうも退屈だろうし」

 流石俺のサービス精神♪と要人はご機嫌だけど、咲樹はがっかりしたように本の文字を撫でた。

「おまえら!耳ついてるのか⁉︎もう予鈴鳴ったぞ!」

 突然そう声がして、4人はハッと我に返った。

「妖怪…」

 と言いかけた要人を、光陽が肘鉄を脇に打ち込み止めると、

「すみません〜」

 美春が可愛く応えて、バタバタとそれぞれの教室にばらけた。

 午後の授業が待っている。勿論、頭に入って来ないけど。瞬時に頭を切り替えた光陽は別として。

 他の3人の脳裏から、この事件への好奇心をそらすことは出来なかったし、咲樹の脳内では、このシリーズが何度も繰り返し暗唱されて居た。


 それなのに、放課後、もう一度図書室に集まった図書委員達が目にしたのは、前回と同じく、ぽっかりとちょうど一冊分隙間の空いた書棚だったのだ。

「…妖怪のせいで鍵、掛け忘れた…」

 忌々しそうに咲樹が呟いた。

 藍色の表紙の2冊目が消えて居た。

「2巻でも、誰か殺されるんですか?」

 恐る恐る詩音が聞くと、

「勿論」

 と咲樹が頷く。

「水から空へ飛び立つ瞬間の天魚たちも殺られるし、でも、最初は朝告げ鳥」

「順番とは限らないんじゃ無い?本の巻も順番じゃ無いんだし」

 そう言う美春にも頷き

「何かを模すにしては、順番に拘らないなんて、変なの」

 そう不満を漏らした。

「だよね…そこに拘らないなら模す意味が無いのに…」

 光陽も同意した。理路整然としてないことは苦手だ。

「そんな、連続殺人事件って決まった訳じゃ…」

 言いかけた英志を一斉に振り返り、6年4人が視線で否定した。

「同じシリーズの本が、順番に持ち出されるなんて、奇異な事、偶然では起きないよ」

「同一犯じゃ無いとしたら、前の事件の事を知っている誰かの仕業よ」

 美春のこの言葉に、皆チラリと咲樹を盗み見る。

「それも面白いけど…」

 なんて呟いた。

「合理的な考えじゃ無い」

 光陽が否定した。

「朝告げ鳥はまだマシだけど、天魚だったら…ちょっとマズイぞ」

 要人が腕組みしたまま渋い顔で言った。

 本を読んでいる皆が神妙な顔で頷く。

「ダメ元で、警察に可能性を伝えた方が良いよ」

 光陽に言われ要人も

「仕方ないな。アホ呼ばわりされても、伝えておかないと…」

 要人は、この後警察に呼び出されている。


 咲樹は、ため息をつき、ちょっとだけ肩を強張らせ、書棚から消えた藍色の背表紙を、その抜けた空間を、見つめて居た。

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