第1話

「二人とも何やってんのよ。あともう少し遅ければ遅刻扱いにしようかと思ったじゃない」


 腰に両手を当て、時間ギリギリアウトに教室に入った雄馬と錦に対し、出迎えざまに小言を放ったローポニーの女生徒は雄馬と錦の幼馴染でクラスの学級委員の「水村みずむら 知恵ちえ」だった。ちなみに知恵は錦の彼女だったりする。

 知恵がこの二人に小言をいう場面はこのクラスにとっては一週間に七回以上というハイペースで目撃する日常の風景の一部だった。最も、雄馬はほとんどの場合が錦のとばっちりを受けての事なのだが・・。


「悪かったって。錦がしつこく絡むからだぞ・・」


 むっとしている知恵に向かって雄馬は言い訳をしながら自分の隣を歩く錦を元から細めである自分の目をさらに細めて非難の視線を飛ばす。


「いや、お母さんに対して反抗的な息子が悪い」


「そのネタまだ引っ張ってたのかよ。はぁ・・、まぁいいや」


 長年の付き合いからこういうふざけた状態の錦には基本的には何を言っても無駄だということを学んでいた雄馬はため息を一つ付き、錦を諭すことを諦めて自席で自習の準備を始めた。

 前の席の男子生徒から先生が課した自習プリントを雄馬が受け取るのとほぼ同時に、始業を知らせるチャイムが学校中に響き渡る。


 自習が始まって数分後、数人の男子(錦含む)の笑いを含んだ小さめ話声と時計の秒針が進む音、それだけが自習中の雄馬の教室を包み込んでいた。


(ふぅ。今日は事前にくぎを刺しておいたから錦のやつに邪魔されそうにないな。これからは毎回くぎ刺しておくことにするか・・)


 自分が今、錦に自習の邪魔をされていないことに事前のくぎ刺しの効果を感じ取った雄馬は、自習時間があるたびにこのくぎ刺しを実行することを密かに胸に誓った。


 しかし、雄馬の静かな自習時間はそう長くは続かなかった。後ろの席の錦が雄馬の肩を指でつつき始めたからだ。


「な、なぁ」


「なんだよ、答え見せろとかなら見せねぇぞ。他を当たれ」


「違ぇよ、なんかさ・・・揺れてね?」


 くっちゃべってた為にプリントの答えが分からないのかと思っていた雄馬に、錦は不安げな声でそう告げてきた。

 そして、実際に錦の言う通り教室全体が微振動をしているのが雄馬にも感じ取れた。

 雄馬が振動を感じ取ってからものの数秒でその振動は教室にいる生徒全員が感じ取れる程に大きくなっていた。

 その後も更に大きくなる揺れに生徒数名がパニックを起こし、それを皮切りに他の生徒もパニックまでは行かずともザワザワと混乱が広がっていく。


「みんな!落ち着いて!先生からの指示があるまでは机の下に頭を入れて動かないで!」


 学級委員の知恵が一生懸命場を落ち着かせようと奔走しているが、一段と大きくなっていく揺れに知恵自身も恐怖を感じているようだった。


 いよいよ立っていられなくなるほどの揺れとなり、ほぼ全員すべてのクラスメイトがパニックに陥った時は起こった。

 生徒一人一人の足元に幾何学的な紋様が浮かび上がったのだ。

 その紋様は雄馬や錦、知恵の足元にも例外なく出現し白い光を放ち始める。


「お、おい!なんだよこれぇ!?」


「なんなのよ!もうイヤッ」


 場の混乱に流されるままに大声を上げる生徒たちの中で、雄馬だけは辛うじて平静を保っていた。


(このシチュは・・。まさか本当にそういうことなのか?)


 雄馬には体験はなくとも様々な知識があった。

 そしてその知識、主に雄馬の隠れオタク的部分が告げる。

 これは間違いなく「クラスで異世界召喚コース」なのだと。


 雄馬がそんな思考を繰り広げている間に紋様の放つ光はどんどん強烈になっていく。

 

 しかし、もう少しで紋様から発せられる光によって視界が奪われようというところで、雄馬の足元の紋様にだけ変化があった。今まで白い光を放っていた紋様が一瞬揺らいだかと思った瞬間、その光は瞬く間に黒くなっていったのだ。


 その紋様の変化に雄馬が気づいた瞬間に、教室中を包み込む光によって視界と意識を奪われた雄馬たちはその場に昏倒した。


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