2-5

 蝋燭の灯りが仄かに揺れる、薄暗い地下室。

 部屋と呼ぶにはいささか広い空間はまるで飾り気がなく、殺風景で伽藍としている。大雑把に削り出されたような列柱と幽かに浮かぶ壁肌は驚くほどに真っ白で、病的なまでの無機質さを感じさせた。天井には電灯も備え付けられているにもかかわらず、それらは機能していない。

 静かで重く、ひんやりとした空気の中。そこだけ妙な息苦しさを醸し出す場所があった。

 部屋の深奥。

 光差し込むことのない暗く幽々としたステンドグラス。聖女が槍で男を刺し貫くワンシーンが見下ろすその手前に、さながら神への供物を捧げる祭壇のごとく、台座の上に安置された一つの髑髏。

 それを囲うように居並ぶ三つの人影が在った。


 ――秘密結社アポクリフ。


 各々黒いローブを着込み、頭をフードですっぽり覆っているために顔までは分からない。

 皆一様にして髑髏を見つめている中で、その内の一人が口を開いた。


「やはり情報通り、混血でしたよ」


 淡々と述べる無精髭に、不気味な黒い仮面の中から深みのある低い声が返ってくる。


「言ったろう。嘘はついていないと」


 長身長髪の少しだけ苛立ちの込められた声音に、空気がピリッと緊張感を孕んだ。

 それを中和するように、バリトンボイスが割って入る。


「別に疑っていたわけではない。計画を確実に遂行するために、あらゆる情報は吟味する必要があるというだけだ」

「……ふん、まあいい」


 穏やかに宥められ、黒い長髪の男は興が削がれたように肩をすくめた。早々に矛先を収める。


「カインの因子が現れた今、目的を遂げるためには貴殿の後ろ盾が不可欠だからな」


 フードから金色の髪を覗かせる男は口髭を玩びながら、憚ることなく協力を乞う。


「俺たちの利害は一致している。不本意だが、協力せざるを得ないことは承知しているつもりだ――」いったん言葉を切り、わずかな間を作る。だが、と前置きし、「同調するのはその方が都合がいいからであって、決して貴様らに従うわけではないことは断っておく」


 長身の男は厳然と線引きを口にした。


「分かっている。誰も傘下に入れとは言っていないからな」


 まるで気圧されることなく、金髪の男は受け流すような飄々とした態度で、もちろんだと首肯する。


「ならいい」


 冷然と返事をすると、長髪の男は闇の霧を纏いながら徐々に姿を消していく。

 いなくなる前にと、口髭から手を離し男は思い出したようにつと、


「ああそうそう。しばらく放し飼いにしていた不死者を使おうと思うのだが、構わんか?」

「――好きにしろ。あれには関与しない。共倒れしてくれたなら望むべくもない。必要なのは血だけだからな」


 興味なげに一言。その言葉を最後に、仮面の男の気配は完全に消失した。

 それを待っていたように、沈黙し傍観していた男が口を開く。


「本当にいいんですか?」


 無精髭は具体的に何が、とは尋ねない。言わずとも、相手はその裏に隠れた意味を自ずと察する聡さを持っている。


「我が大望のためだ。犠牲は厭わんさ」


 主語を欠いた問いであったにもかかわらず、金髪の男はさも当然のように答えた。

 割り切ったその言葉に、顔を俯かせフードの隙間から茶髪を覗かせた男は、わずかに躊躇いながら質問を重ねる。


「……血縁を、失うことになるかもしれないんですよ?」

「それも今さらだな。ようやく念願が叶う。終末の日がそこまで迫っている。なにも問題はない。その為に、アレに持たせてあるのだからな」


 肩を揺らし愉快そうに語る彼の言葉を、男は髑髏を見下ろしながら静かに聞いていた。


「木の葉を隠すなら森の中、ですか」

「アレには自衛の術を教えた。時が来るまで壊れてもらっては困る。わざわざ見つからない森に拵えてやったのだからな――」彼は言いながらローブを翻すと、俯く男に背を向けて、「頼んだぞ、ヴィンセント」


 まるで何かを釘刺すようにゆっくりと告げ、地下室の扉から出て行った。

 途端、耳鳴りするほどの静寂が室内に張り詰める。

 男はおもむろにフードを外した。


「……アンヌ、俺はどうしたら」


 力なくうな垂れ、吐息とともに漏れ出た名前。縋るような言葉は無意識か。

 何かを思い出したのか。それを払拭するように軽く首を振り、男は固く拳を握る。


(もう二度と、失いたくない、死なせない。しかし――)


 そこまで思考し、ヴィンセントは強く歯を噛みしめた。

 組織と任務。その板ばさみのせめぎに悩んでいる場合ではないのだと……。

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