第一章 不穏な動き
1-1
彼は夢を見ていた。幼い頃の夢だ。
現実的で見覚えがある気もするが、どこか幻想めいて見える夢。
薄霧の立ち込める森の中、薫るは緑と腐葉土のにおい。
彼は木の幹を背に、三人の少年に囲まれていじめを受けている。少年たちの眼は、嬉々としていたり、汚物を見るような蔑みだったりと様々だ。
そんな少年たちは、汚い言葉で口々に罵ってくる。
「テメェみてぇな半端者が吸血鬼を名乗るな!」
「お前は僕たちの食料だろ。同じ空気を吸うなよ」
「なあ、もう顔見るのもウザいし、殺しちゃってもいいんじゃないか? こんな森の中だし、殺したってそう簡単にバレないっしょ」
一人が凶悪な笑みを浮かべて呟く。
その口からは犬歯と呼ぶには鋭すぎる、獣の牙が覗いていた。
「血を吸い尽くしたら、さすがにこいつだって死ぬっしょ?」
少年の言葉に賛同するように、二人も牙を剥き出して嗤う。瞳が赤く、怪しく燃えた。
無感情な仮面よりも不気味な笑みに、彼は心底震え上がった。
この場から逃げ出したかった。けれど、体が思うように動かない。体どころか、息も喉で詰まって漏れ出ることさえしない。
圧倒的な恐怖。寒くもないのにガチガチと歯が鳴った。
その様子を愉しむように、嘲笑う三体の獣。
「――やめ、て……」
涙を浮かべ、必死の思いで喉奥からひり出した命乞いは、しかし少年たちに聞き入れられることはなかった。
「美味そうだ」どの口が言ったのか。嫌に鼓膜へべったりと張り付く声音だった。
口を開け、徐々に迫ってくる少年たち。熱い吐息が白霧と混じる。
まるで触手みたいに伸びてくる六本の腕。彼は成す術もなく拘束され、絶望に目を瞠る。
口の端を吊り上げた、影を落とす表情のない顔三つ。
彼はそれを、ひどく遅い時間の流れの中で見ていた。
(来るな……、やめろ……、やめてくれ……ッ!)
声にならない悲鳴は、涙となって零れ落ちる。
狩る者と化した少年たちは、それを好機と捉えたのだろう。一斉に顔を近づけてきた。
(や、やめろ――やめろぉおおおおおお!)
悲壮な叫びは音にならず。彼はただ、終の虚空を仰ぎ見た。
――突如として、視界が暗幕を下ろしたようにブラックアウトする。
瞬間、
『ぎゃああああああああ』
突然、断末魔のような悲鳴が上がった。飛沫の音とともに漂ってきたのは、金臭い濃厚な血の香り。温い飛沫が体を濡らす感覚。
次いで、
「マズい……」
鼓膜を振るわせた声は、少年たちのものではなかった。飢えた獣の呻りにも似た、低い音。
鐘楼のように木霊する声を最後に、意識が徐々に遠のいていく。
鼻腔の奥に、脳髄を侵食する血なまぐさい匂いだけを残して。
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