音羽

ねぇ、音羽


君が思う程世界は酷くないでしょう?


君を壊した僕にはこれくらいしか出来なかったけどね



『音羽、もう良いんだよ。僕は、十分君に守って貰ったから…。こうなるって、分かっていて置いていってごめんねっ、もう休んで…』


二人で出た任務でしくじった僕が里にやっと戻った時、音羽はもう壊れてしまっていた。

僕に依存し僕さえ居てくれればそれで良いと言っていた音羽を僕の生死も分からない状況で独り残せばこうなる事なんて分かっていたのに独りにしてしまった。こんな事になる前に音羽に分からせてやる事が出来なかった。これは僕の罪。

もう僕の声さえ届かない、復讐のみを糧とする獣のようで、止めるにはもう殺してやるしか無かった。

疲弊しきりボロボロになった体を貫いた苦無の感触はきっと永遠に消えない。

だから、もし次があれば…音羽に大切な物が増えるまで会わないと決めた。



僕が音羽を見つけたのは僕が中学生になった頃だった。偶然自分と同じ顔を見つけ、その顔が呆れたように小さな子供に向けられ不満そうな表情をして見せた時、音羽だと気付いた。それからはこっそり学校帰り見守っていた。


大体は藍染さんらしき小さな子にまとわりつかれて不満そうな顔をしていた音羽だったけど、たまに仕方無いと笑うようになった。

お互い成人しても会う事は無かったけど、音羽が独り暮らしを始めた時には頑張って僕も同じマンションに移り住んだ。

それからも会わなかったけど、音羽を煤竹や薄鈍達と一緒に居るところも見かけるようになってしばらくした頃には流石にもう駄目かと思った。どんどん疲弊していってあの時のような目をするようになったから。

だけど、ある時から落ち着いてそろそろかなと思えた。だって今の音羽は僕だけじゃない。


煤竹や薄鈍、鉄紺さんに囲まれて笑ってるから。やっと、僕以外にも大切な物をいっぱい握りしめてくれたから。

そんなある時……。


「おう、音羽。何だ何か買い忘れてたか?この前色々買い込んだろ?」


そうマンションのエントランスで鉄紺さんに話掛けられてしまった。この時間なら会わないと思ってたのに。でも、もう良いかなと思って居たから誤魔化さなかった。


「相変わらず似ててすいません。僕は音羽じゃない方です」


昔から言い慣れた言葉を久しぶりに口にした。


「っ…山吹か!お前なんで此処に!」

「えーと、ストーカーとは思わないで頂けると嬉しいんですけど…つかず離れず見守って居たというか…」

「丁度いい、ちょっと来い!」

「はいっ!?ちょ、どこに」

「打ち合わせだ!」


そんな事を言って強引に攫われた僕は多分泣いても良かったと思う。

だって、鉄紺さんまた隈出来てて迫力が凄かったし。ちょっと勢いが怖かったし。


「いらっしゃいませ。おや、鉄紺さんと……喧嘩でもされたんですか?店で痴話喧嘩は…」

「あれっ?それ、山吹じゃない?」

「遂に見つけた!コイツ灯台下に潜んでやがったぞ」

「山吹らしいねー。だいじょーぶ、鉄紺さんねこれ大喜びしてるだけ。近いうち音羽のおめでとうパーティするの。その時にサプライズで山吹呼びたくてね、ずっと探してたんだよー」


煤竹にそう言われていつもの笑顔貰って、ちょっと泣きそうになったよね。昔から煤竹ってどうしてこんなに癒し系なの…。


「癒し系なもんか。アイツはただ空気が読めない阿呆なだけだ。とりあえず鉄紺さんは明日の夜あたりに来るだろうからケーキ攻めの刑に処す!」

「処さなくて良いから。音羽の為ってもう分かったでしょ?」

「だからこそじゃないか。何かで発散しなけりゃやってられない」


そう言って目を反らす音羽に笑ってしまった。パーティも賑やかで楽しいまま終わり、やっと会えたんだから後は二人で色々話しなよーと煤竹に片付けもしないままマンションに帰された僕達は今音羽の部屋に居る。

話したのはマンションでの事からだけど、音羽の為にって動いてくれた鉄紺さんに照れたらしい。

相変わらず僕以外には愛情表現が下手なんだから。


「山吹」

「なぁに?」

「山吹…」

「どうしたの?音羽」

「ごめん…」

「突然攫われた事なら大丈夫だよ。お陰で香染のご飯にありつけたしね」


あの時は夕飯の買い出しに出るつもりだったから、むしろご飯が食べれて得をしてしまったくらいだもの。

朝食の分くらいはコンビニで十分に買えたし。


「そうじゃなくて…私、君が何度も言ってくれていたのに君の言葉を信じられていなかった…。君は何度も世界は優しいのだと私に教えてくれていたのに…」

「うん、その事は怒ってる。でもお前を変えられなかったのは僕のせいでも有るし、今は分かってくれているからもう良いよ。大分荒療治をせざる得なかったし、結構見守るだけってしんどかったけどね」

「ごめん……。君はどうしてそこまで…」

「大切な友人だもの。もう一度僕のせいで失うなんて嫌だったし、お前なら分かってくれるって信じてたからね」


あの頃は気の休まらない殺伐とした時代だったし、大切な物が増えればそれだけ失う恐怖も有った。

臆病なところのある音羽には認める事も恐ろしかっただろうって本当は分かっていた。

だからこそ多くを望む事を止め僕だけで良い、僕だけは守り切ってみせると思っていた事も。それなのに一人にして、皆の事も大切だと気付いてほしいっていうのは僕のエゴでしかない。

音羽なら分かってくれると信じていたからこそ見守った訳だけれど、恨まれても仕方なかった。


「それは…だって昔君が言ってくれていたから」

「うん、音羽ならちゃんと覚えててくれてるって信じてたよ。ねぇ、音羽。今の時代なら大切な物、全部奪われたりなんてしないんだよ。僕も皆もさ。だから沢山大事な物も楽しい思い出も作ろうね」

「山吹……。そう、だな。君もまた傍に居てくれる?」

「もちろん。ただいま、って言ったでしょ」


そう言って笑うと音羽も泣き笑いみたいに笑って抱き着いてくる。相変わらず僕にはスキンシップが激しいんだから。

この半分くらい鉄紺さんにも素直になれれば良いのに。でも割と鉄紺さんもグイグイ行く人だからそのうち素直になれるようになるのかな。


「ふふ、そんな顔しないの。もう僕はどこにも行かないから」

「君がちゃんと居る世界で良かった…。君に話したい事も見せたい物も沢山有るんだ」

「うん、全部教えて。僕の知らない音羽の事」


これで僕達のやり直しは終わり。やっとこれからはまた君と一緒に歩いていける。

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