山吹2
山吹に会えずに生きた二十二年は無駄ではなかったとは思う
けれど、何もかも君の思い通りとは
やっぱり君は神様じゃないだろうか……
「改めて音羽さん、大手との契約決定おめでとうございます」
「元々縁故契約だったが、まぁどうにかな。今後も依頼がもらえそうだ」
「うちに引き抜いて使ってやろうと思っていたのにそんな大口の仕事を抱えられたら使うに使えんじゃないか」
「だからアンタの下なんて嫌だって言ったでしょう。今の部署で十分です」
「相変わらず君たちは変わらないなぁ…。梔子ももうちょっと素直になればいいのに」
色々確認されながらも各々で準備が進められた結果、土曜に大口契約決定祝いのパーティが開かれた。
集まったのは藍染や煤竹達。更には梔子さんが見つけていた朽葉さん達まで。少し前まで過去世の知り合いなぞ藍染と煤竹しかいなかったというのに、最近集まりすぎだろう…。
「朽葉さん、菖蒲さんはいつ梔子さんに捕まったんです?」
「僕は今回中学で梔子さんの可愛い後輩になれたのでー、時々美味しい物を食べさせて貰ってました」
「あ、ずるい。梔子僕にはたかるばかりで奢ってくれた事ないのに!僕は偶然雇ってもらえたのが梔子の高校で、保健医だったんだよ。頻繁に梔子が保健室に転がり込むから付き合ってるんじゃないかって噂にもなっちゃって大変だったよー」
なるほど、それぞれ梔子さんが学生時代に再会していたらしい。元々朽葉さんは藍染や朽葉さんと同期、菖蒲さんは少し年の離れた先輩のようなものだったのに今生では保健医と後輩か。やはり死んだ順番も何もあった物じゃないな、転生なんて。
この中なら私だって死んだのは早かった方だ。私が里を飛び出し復讐に走っていた頃まだ生きていた筈の煤竹や薄鈍が私より年上とか藍染さんが六つも年下だとかどんな冗談だろう。とはいえ、それぞれ本質は変わらずあまり関係性も変わらない。
煤竹や薄鈍、つい最近再会した烏羽とは相変わらず馬鹿をやるし、梔子さんや藍染さんには振り回される。
「香染、これもっとないのか?もう無くなったぞ」
「音羽さんの為のパーティだというのに貴方は全く!こっち食べてて下さい」
「私はケーキの為にセーブするから構わないさ。むしろケーキは?」
香染が大量に作った料理が並ぶカウンターにはケーキは見当たらない。さっき勝手にジュースを拝借した時に開けた冷蔵庫にもケーキの姿は見当たらなかった。
「煤竹、結局あの店のホールケーキを二ホール予約したと言ってなかったか?」
「それならもう届く。さっき連絡があったからな」
「配達でも頼んだんですか?鉄紺さん。あの店配達なんてしてましたっけ」
似たようなもんだ、と鉄紺さんが笑う。妙に含みがあるがなんだろうか。
高いデカイケーキだからな。良い売上になってそれくらいの融通は喜んで利かせてくれたんだろうか。
梔子さんあたりが注文に行ったならそれくらい進んでされそうだが、注文は煤竹がしたというからな…。
「皆お待たせ!というか煤竹、こんなにおっきいケーキだなんて僕聞いてなかったよ!?」
「だって一番大きいのそのサイズだって言うからついさー」
は…?私酔っ払っているのか?香染特性ミックスジュースしか飲んでいないのに。
デカイケーキの箱を抱えて店にやって来て開口一番煤竹にクレームを入れているのは…誰よりも会いたかった…。
「やま、ぶき…?」
「お待たせ、音羽。僕の顔もう忘れちゃった?」
「びっくりしたでしょ!音羽への祝いならって鉄紺さんがさ気合で見つけて来たんだよー」
「煤竹、お前っ!偶然だ、偶然見つけてだな!」
「あはは、偶然といえば偶然でしたよね。といってもマンションのエントランスで鉢合わせただけですけど」
柔らかい声も煤竹や鉄紺さんと楽しそうに笑う声も変わらない…。ずっと記憶の中、過去世の中にしか居なかった君が此処に居る。
君も…この世界に存在してくれていたのか。
聞けば真相はこうだ。私の大口契約決定を聞いてすぐさま鉄紺さんは動き出していたらしい。
私が自力で勝ち取った大口のスポンサーだ。こんなめでたい事に報いてやらなくてどうする、と思った彼はまず梔子さんを頼り過去世の連中、更にここには居ない杜若さんや実は菖蒲さんの遠縁の親戚だった私達の指南役だった藍鼠殿へも連絡を取り手当り次第山吹の所在を知らないかと尋ねて回ったらしい。
それが一昨日までの事。仕事の合間という事もあり捜索は難航し、諦めて私の元でも訪れようとやってきたマンションのエントランスで私を見た。
私は既に帰宅している筈の時間だったこともあり『何だ、何か買い忘れてたか?この前色々買い込んだろ』と話し掛けたところ首を傾げられたそうだ。まぁそうだろう。初対面の筈の鉄紺さんに気安く尋ねられたら私だって首を傾げる。
その後、山吹が『相変わらず似ててすいません』と明かしたのだとか。
そのまま山吹を連れてうちに来てくれれば良かったのに、急遽予定を変更し香染の店に山吹を連れて行った鉄紺さんはその時店で夕飯中だったやつらも巻き込み山吹を説得しサプライズとしてケーキを持ってくる役目に山吹を巻き込んだのだとか。
「は?うちのマンション?」
「そう。あそこ結構家賃するよね、もうちょっと安いとこに住んでてくれたら良かったのに」
「稲荷マンション?」
「だからそうだってば。上の方の階じゃ見つかりやすいだろうから一階に」
「何でもっと早く言わない!あそこ父親が道楽で買って叔母とやらが管理するマンションだぞ!私家賃払って無いし言ってくれたら無料で山吹なら貸したのにっ」
仕事人間で金ばかり貯まるからとエントランスのつくりが気に入ってバブルの時期にポンと即金で購入したものの、使い道がなく本人もあまり日本に居ないもんだから管理は叔母任せ。
そして私が駅から実家が少し遠いもんで独り暮らしをすると話した時にそれなら、僕のマンション使っていいよ、とあっさり許可されたのが私が独り暮らししているマンションだ。父の所有だから貸し出している部屋も少なく、エントランスやあちこちに今や暇つぶしに私が描いた絵が有ったりする。
「あぁ、道理でお前が好き勝手してた訳だね。お前用の宅配ボックスいくつも有ったもの」
「だって一つじゃ入らなかったし」
「お前、今も宅配で買い物済ませてねぇだろうな…」
「アンタがやいやい文句言うからちゃんと作ってるし買い物行った時に色々買い込んでるでしょ」
今貸してる部屋だけでも良い家賃収入になってるから他は好きにして良いと鍵もスペアは預っているし、実は隣の部屋だって画材だのキャンパスだのの置き場として私が使用していたりする。あの時鉄紺さんにそっちを貸さなかったのは物置きにしていて掃除して無かったからだ。
鉄紺さんが通うようになってしばらくした頃、そっちで作業していて物置きにしていた事がバレて掃除させられた。
「お前から隠れてたのにお前を頼ったら意味がないじゃない。だってお前は僕が居たら僕しか見ないんだもの。ね、音羽。世界はお前が思う以上に優しかったでしょ?」
「……優しかったというか……」
「僕はただの山吹だったでしょ?」
優しかったというか、お節介な奴ばかりだった。梔子さんを誤魔化してくれていた煤竹とか入社当時一人より良いだろうと今の部署にしてくれた梔子さん。私にまともな生活を送らせようとしてくる鉄紺さんも。藍染さんは出不精な私を頻繁に拉致して外に出して来る。
「いいや、君は私の神様さ。未来永劫変わらない私の推しだから」
「推しってお前ね。なんなの、音羽山吹のTO(トップオタ)なの?山吹に貢ぐの?」
「薄鈍うるさい。お前なんか圏外だからな!」
「もーほんとお前はどうしようもないね」
「でも……君の居ない世界も悪くはなかったよ。おかえり、山吹」
「ふふ、またそんなひねくれた言い方して。ただいま、音羽」
「音羽さん、ケーキも切れましたよ!あれを崩さず切るなんて流石私!」
なんだろうか、サプライズの勢いのまま遂に果たした山吹との再会は賑やかに終わって引き続き賑やかなパーティに戻ってしまった。
山吹に会えたら絶対私は泣くだろうと思っていたし抱き付かずにいられないだろうと思っていたのに。
なんだこのなんの緊張感も感動もない空気。これすら山吹の目論み通りな気がしなくもないのがまたなんとも言えない。
なぁ、山吹
私の為にただ見守ってくれていたなんて
君はどうして私にそうまでしてくれるんだ?
私は何も返せなかったのに
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