鉄紺
山吹…キミはどこにいる?
私よりもきっと神とやらにも受けが良いだろうキミだ
もしかしたら私よりも生まれ変わるまでに時間が掛かってるんだろうか…
最近色々と再会したり慌ただしかったせいかあまり眠れなくなってきた。
元々過去の私がとにかく睡眠障害でも持っているのかと思う程山吹の傍以外では眠れない男だった。
警戒心が強すぎ、一人では警戒を解けない。一人では常に浅い眠りに落ちるかどうか程度。単独忍務の時には辛かったものだ。忍としては忍務中どんな時も警戒を続けられる事は優秀な証拠とされたが眠らなければ体力も精神も摩耗する。
山吹に会えなくとも記憶の彼が笑ってくれるから平気だと思っていたがやっぱり私は駄目だな。数日あまり眠れない日が続き、限界を感じた体に強制的に眠らされ泥のように眠る日々だ。
お陰でみかねた煤竹や薄鈍には合鍵を奪われ世話を焼かれている。
記憶を取り戻した幼少期も多少有ったが当時は子供だったからこれ程では無かったし次第に戻った。
その後は少しばかり寝付きが悪かったり、人の気配があると眠れない程度だったが最近は仮眠程度に眠れるかどうかだ。仕事が有るから睡眠薬も躊躇ってしまう。最悪誰かに起こしてもらう事も考えたし煤竹なんかは勝手に起こしに来るが微妙だった。起こされるなら山吹の柔らかい声で起こされたい。
「先輩、これ何部印刷でしたっけ?」
「十部だよぉ。あと、ごめぇんホッチキスもお願い!」
「普通のホッチキスですか?機械の方が良いですか?」
とりあえず出勤しているが常に私がデザインする訳じゃないから普段は雑用している事も多い。
これも少し前に追加で頼まれた分だが他の仕事をしている間に何部だったか忘れてしまった。
眠れなくなって記憶力にも支障が出ている感が否めない。結局ホッチキスは通常ので良いと言われた為印刷に取り掛かり印刷された分をまとめて行く。
「伏見、俺なんか手伝おうか?今暇だよー」
「雑用だから平気だ。まだ何かしてる方がマシだしな」
「じゃあ、追加で仕事要る?」
「暇なんじゃないのか、お前」
「人の仕事取れば幾らだって仕事はあるもの」
それもどうなんだろうか。まぁ、事実私は雑用仕事を奪っている訳ではあるけども。
今はデザインなんかは受けられそうにないから別の社員に回してもらっている。今納得の行く物が描けるとは到底思えない。梔子さんに内面ダダ漏れと言われた通り隠しておきたいあれやこれやまで出てしまうに違いない。
…と思っていたのに急な指名依頼が入ってしまって辛い。しかも描きたいようにって何だ。今好きに描けと言われてもとても困る。
里の風景でも描けば良いのか。それとも山吹か?勘弁して欲しい。定期的にうちに依頼をくれる建築系の会社だが今まではある程度指示があった。
なのに今回は自然の風景を描きたいように描いてほしいと担当に言われたそうだ。梔子さんが取ってきた仕事だから警戒したが受けて来てしまった物は仕方ない。だが、梔子さんには別途夕飯を奢ってもらう約束を取り付けさせてもらった。
「部長、ちょっと空いている部屋借りますよ」
「個人依頼はストップしてたのに悪いね」
「まぁ、指名じゃ仕方ないです」
あの会社は最近宣伝担当が変わったという話だったが一体私を指名するなんてどんな変わり者だ。
任せると言ったのはあっちだから諦めて里を隠すように抱えてくれた森でも描こうかと思う。
大体描く時は私一人だ。人が居ては気が散って良いものは描けない。此処が続いているのもこのお陰だ。個人依頼の仕事の場合うちの部長は作業についても口を出さずに好きにさせてくれる。
部長からの評価は高確率でどこかもの悲しさを抱える良いデザインだと言う。さり気に見る目はある人だ。
『音羽、どこまで上がるんだ。それ以上あがると枝が細いから危ないぞ』
『身軽な私なら大丈夫ですよ。貴方は重いから落ちるかもしれませんね』
『なんだと!良いから降りてこい。落ちても受け留めてやれねぇぞ』
『そう言いながらも貴方は受け留めてくれるんでしょうね』
私達の隠れ里があった森の中は当然ながら私達の鍛錬場でもあった。獣達の通り道を駆け回り足腰の強靭さと俊敏さを身に付け、木々を渡り身軽さを手に入れる。偵察は人目に付かず、けれど確実に。その為戦場から離れた木々の上は最適だった。
幼い頃から優秀だと言われていた私はそれらを学び始めたのも藍染さん達の代と同じ頃だ。山吹や煤竹達はまだ座学などをさせられていたからよく藍染さん達の鍛錬に連れ回されていた物だ。
「あぁ、完全に里の近くにあった大樹になってしまった。一度落ちて鉄紺さんに受け留められたな」
里には様々な年代の大人から子供まで居た。少し年上だが私達の代と藍染さん達の代は年が近かった為接する機会は多かった。
時には共に学び共に遊び、まぁ親しかったんだろう。その中でも私には苦手な人が居た。
一人は今も苦手としている梔子さん。藍染さんは暴君だし振り回されるしで関わるとろくなことがないとは思っていたが苦手ではなかった。もう一人は苦手というか反応が面白くあえて絡んでいたし頻繁にいたずらをしてもいたがペースを崩される事があり苦手だった鉄紺さんだ。
いたずらをすれば本気で怒られ怒り心頭な時は捕まり縄で縛って転がされ叱られたりもした。
『音羽って梔子さんと鉄紺さんには特に素直じゃないよね』
『そうか?私山吹には素直だぞ?』
『うん。梔子さんには皮肉を返してばかりだし、鉄紺さんには意地張ってる事多くない?』
そんな事を山吹に言われた事もあった。私としては私がありのままで居られるのは山吹の側だけだと思っていたし、特に意識している訳ではなかった。それに梔子さんに関してはあちらがそうなのだ私は応戦しているにすぎない。あの人は真正のドSだ。人の傷に爪を立てていたぶり笑みを浮かべるような人だ。
一人で作業していると近頃は過去に意識が飛んでばかりだな。過去を思い出してばかりで猶更山吹に会いたくなる。山吹の隣だけが唯一の私の居場所だった…。
「おーとはー、もうお昼だよー。一旦休憩してご飯にしようよ。またお前痩せちゃうよ」
「ん…煤竹か。いつも入ってくるなと言ってるだろうに。なけなしの集中力が完全に迷子になったぞ、どうしてくれる」
「だからお昼にしようってば。音羽の分も近所のパン屋さんでおいしそうなパン買って来たよ」
いつの間にか作業部屋に籠ってから数時間経っていたらしく机の上に置かれたデジタル時計は十二時を少し過ぎていた、私の集中力を迷子にした煤竹は相変わらずのマイペースで私の返答も待たず二人分持ってきたコーヒーを机に置き片手には近所で有名なパン屋の大きな袋を掲げている。
それをどうするのかと思えばそのままひっくり返しパンを机の上に積み上げた。
個々に袋に入っているタイプで良かった。個包装だからそうしたのだろうと思いたいがコイツなら包装してなくてもやるに違いない、そしておそらく平気で食べる。
「それ里の森の樹だよね。音羽よくそんなに詳細に覚えてるねー。俺もう見なきゃ全然思い出せないもん」
「お前の記憶力と一緒にしないでくれ。お前と違って優秀だからな、多分すべてと言えるくらいには覚えている」
「はー流石音羽。その樹、音羽枝折って落っこちて鉄紺さんに無茶苦茶怒られてたよねー」
覚えていないと言っていた割にその件はピンポイントで覚えているってどういう事なんだ。
滅茶苦茶怒られたし足を滑らせた時にうっかり捻挫していて移動の時に何度か担いで行かれ暴れた覚えも当然ある。そして鉄紺さんの腕力に敗北し悔しい思いをしたさ。
「あの人はゴリラだと思うんだ。私が全く太刀打ち出来なかったっておかしいだろう」
「だって音羽は元々パワータイプじゃなく技術タイプだったじゃない。変装の為に余計な筋肉付けるの避けてたしさ。あの人は技術もあったけど思いっ切りパワータイプだもの」
変装は時に性別も年齢さえも欺く事がある為、ベースとなる体が細くても作れるが元が余分な筋肉で太くなってしまえばそれはどうやっても欺く事が出来ない。太い腕を細くするなんて事は魔法じゃあるまいし出来る訳がなかった。
「変装に支障が出るからな、当たり前だ。頻繁に甘味の食いすぎで体重が増えていたお前とは違うんだ」
「あーあれね。よくおじいちゃんにも怒られたよね。体が重くなったら任務に支障が出るってさー」
「当たり前だろう。少しの差で命を落とすような世の中だったのだから。里長が正しい」
あの頃は本当に些細なミスで殺される可能性があった。どこの忍衆だって情報が洩れて自分の陣営が滅ぶ事なんて欠けらも望んでいなかった。誰もが生きる事に必死だった。それでも守り切れず帰る場所を失った者達は残党として復讐に走る事も多々あった。
「音羽さ、今のままで良いの?お前そのうち睡眠不足で体壊しちゃうよ?」
「良いも悪いも無いがどうしようもないだろう。山吹に会えてないのだから」
「山吹じゃなきゃどうしても駄目?俺とかさ、以外と尽くすよ!」
「…寝言は寝てから言ってくれ。昔のよしみの同情なんか要らん」
モグモグと食べる事は止めないまま軽い口調で言われた言葉に不覚ながら一瞬反応が遅れ煤竹を凝視してしまった。それにもふにゃりと笑って何事もなかったように振る舞われ溜め息が出た。
コイツは相変わらずだ。薄鈍もだが優しすぎる。同情で言ってるんじゃなく心配だからこそどうにかしたいと思ってくれているんだろうが自分を差し出してどうするんだか。
きっと傍に居て真綿で包むように大切にしてくれるだろう。
「結構本気なのになー。俺音羽大好きだし」
「はいはい、分かった分かった」
「じゃあ梔子さんか鉄紺さんだったら?」
「なんでそこが出てくる…」
「だって山吹以外で音羽が感情を制御出来ないのってその二人じゃない?」
制御出来ないと言われると反発したくなるのも当然だと思う。あの二人に負けたようじゃないか。
山吹も言っていたが私はいつもと変わらないつもりだ。一体何が違うと言うのか。
「そんな訳がないだろう。私はいつだって冷静だし素直だ」
「そうかなぁー?いやぁ、音羽が気付いてないんなら良いんだけどさ」
「気持ち悪い笑い方するな。ほら、食べたなら出てくれ。さっさと終わらせてしまいたいんだ」
不気味な笑みを浮かべる煤竹に眉を潜め追い出す事にする。食べたゴミとコーヒーのカップも押し付ける。あいにくただの空き部屋であるこの部屋にはごみ箱も給湯室もついていない。
「ほどほどに休憩しなよー?」
「はいはい。集中力が脱走したらな」
へらりと笑って素直に出て行く煤竹を見送ってまたパソコンに向き合う。学生時代はアナログで描いていたりもしたが最近はデジタルばかりだ。細かく描き込んだ枝葉の隙間、私が折った枝をそのまま再現し、その後お前が落ちた記念だと鉄紺さんが結び付けた布が揺れる様まで表現すると満足した。
大樹一本では寂しいと奥行きに里から見えた空を描き他にも数本周辺に生えていた木々を描いた。
更に指定の宣伝文句などをテキストで貼り付け広告のレイアウトを考えていく。
最終的には里の自然を全面に主張した広告になってしまったが好きにしろと言われたのだからいいだろうと思う。だから今はやりたくなかったんだ。
「木村部長、出来ました。こんな感じでどうでしょう」
「なんだ、今回のも良いじゃないか。梔子課長に直接持って来てほしいと言われていてね。手間だけど頼めるかな」
木村部長から一発オーケーをもらい仕方なく梔子さんの部署の方へと歩き始める。集中力が完全に切れたせいか、今日が金曜でそろそろ限界だからか猛烈に眠い…。眠気で足元を疎かにしたりはしないが軽くなく眠く歩きながら欠伸が止まらない。
流石に欠伸しながら他部署に入る訳に行かないから廊下で目じりに浮いた涙を拭き取り気を引き締め直して入口付近の社員に声を掛けて梔子さんの所在を聞く。
「梔子課長なら今隣の会議室。伏見なら入れて良いって言ってたから行って来て良いぜ。あ、でも梔子さんちょっと機嫌悪いから機嫌取ってきてくれると嬉しい。あの人伏見相手にした後機嫌良いからさ」
「機嫌悪いなら行きたくないんですけど。六車さん届けてくれません?」
「無理無理、俺行ったら余計機嫌悪くなるって。じゃあ送り届けてはやるから!頼むってー、伏見ー」
「そのうちでかいデザインの仕事回してくれるんなら考えてもいいですよ」
「おっけ!伏見のデザイン結構評判良いし売り込んでやるから頼む!」
それならばと請け負って六車さんにひらりと手を振り言われた会議室の扉をノックする。
「梔子課長、伏見です」
「入って構わん」
「失礼しま…失礼しました」
呼び掛ければあっさりと許可された為、打合せ中ではなかったのかと扉を開けて即閉じた。何か居た。そして不機嫌って嘘じゃないか。一瞬目が合った時ご機嫌にドSの顔で笑われたぞ。
外堀を埋められたような、罠に嵌められたような心地がするから素直に嵌まらず逃走をしようとしたがその前に捕まった。
「伏見、何故逃げるんだ?優秀なお前が敵前逃亡なんて無様を晒すのか?」
「くっそ、相変わらず瞬発力が有る!セクハラですよ、離して下さい。梔子課長」
「魔法使い予備軍には嬉しかろう。それで?何故だ?」
即効で閉めた筈の扉が自動ドアかという早さで開き、躍り出てきた梔子さんにあっさり抱擁と言う名の拘束をされ逃走は失敗に終わった。流石に梔子さんと言えど性別が女性の人を乱暴に振り払う訳にもいかず言葉での応戦を試みる。
「女性の体は嬉しいか嬉しくないかで言えば嬉しいですが中身毒物じゃないですか。魔法使い予備軍でも手を出しませんよ!全力で遠慮します」
「そう遠慮するな。触っても構わんぞ?で?何故逃げた」
「しつこい!アンタと鉄紺さん揃ってりゃ思わず回れ右くらいしますよ。なんだって鉄紺さんがうちに居るんですか」
そう、扉を開けると当然のように真正面に鉄紺さんが居た。今まで梔子さんの口からその名が出た事も存在を仄めかされた事もない鉄紺さんだ。梔子さんの話では他に朽葉さんと菖蒲さんも所在を把握済らしいが他には聞いていなかったのだから驚くのは当たり前だと思うが私がおかしいのか?
「伏見、私の元に来たという事はデザインは終わったのだろう?」
「は?あぁ、はい。USBに取り込んで来てますけどそれが何か?」
「依頼人はコレだ。ほら、鉄紺」
「遊んでたかと思や急に投げて来るな!」
いつもと依頼内容が違うと思っていたが、どうやら鉄紺さんが新しい担当となっていたらしい。
引き継ぎになったのだから当然私がした過去のデザインも見ている。名前では確証がなかったが絵を見て私だと気付きそれならば好きに描かせてみよう、という思考に至ったそうだ。
梔子さんからUSBを高速で投げ渡された鉄紺さんは持参したであろうパソコンを起動して確認し始める。
完成分チラシ見本や個別に納品するイラストデータを眺めて微かに満足そうに笑った。
「今調子が良くない自覚はあるのでリテイクも一応受付ますよ」
「いや、良い。にしてもやっぱりお前が時々描いてた大樹はこれだったか」
「同じ樹だと良く分かりましたね。私が折った後の姿は今回始めてですが?」
「しょっちゅう走り回ってたんだ覚えてるに決まってるだろ。バカタレ」
「私も気付いていたぞ。いつこれは時が進むだろうと楽しみにしていた」
まぁこの人達は覚えているだろう。煤竹でさえ分かった位なのだから、この人達が忘れている訳はないだろう。懐かしむように絵を眺め続けられ気恥ずかしさに梔子さんの拘束から逃れ素早く鉄紺さんの持つパソコンの画面を伏せた。
「ご満足頂けたなら何より。持って帰ってリテイク食らったら梔子さんに伝えて下さい。渡したので私はこれで」
「そう急いで離れずとも良かろう。持って来させたのはお前に頼みが有ってな」
「嫌です」
「内容も聞かず断るな。傷付くだろう?鉄紺が」
「はぁ…」
仕方無く聞けば鉄紺さんは急遽こちらに挨拶も兼ねて出張して来たそうだ。
しかし宿泊先の予約にミスがあり部屋が取れなかったという。そうして、梔子さんを頼ったんだそうだ。
その説明をされている間中鉄紺さんは元々鋭い目をしかめ苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
鉄紺さんとしても不本意だったんだろう。
「はぁ、それで?私にどうしろと?香染にでも連絡すれば良いんですか?」
「無関係な者を巻き込む訳にもいくまい。うちでもまぁ私は構わんのだがこのヘタレが女の部屋は嫌だと我侭を言うんでな。お前の家に泊めてやってくれ」
「やっぱりもう一回言いますが嫌です。鉄紺さん傷付いて下さって結構ですよ」
やっと五連勤が終わり明日は休み。やっと泥のように眠れるだろうかという時に人を泊められる訳がない。
最近眠れていない事に気付いていて私を指名とかやっぱりSか。…分かりきっている、この人はドSだった。
うちの人間が良いなら煤竹でも良いだろうと煤竹を生贄にしてみるも間髪入れず実家に帰らねばならないそうだ、と却下される。そう言えば水曜辺りにそんな話を聞いた気もしなくもない。
「この程度で傷付くか、バカタレ。適当に部屋の床で良いから無理か?伏見」
「忍務中でもあるまいしそれもどうなんですか。あー、大人しくしててくれるならダイニングの方なら…多分。夜間鍛錬とかしたら即追い出しますけど」
「しねぇよ。それで充分だ」
「それで良いならネカフェでも行けば良いでしょうに…。まぁ、どうしてもと鉄紺さんが私に頼むのでしたら仕方ないのでダイニング貸します。貸し一つですからね」
「おう。悪いな、伏見」
ニマニマとこちらを見て笑っている梔子さんがとにかくウザイが素直に言ったら報復に出てくるからスルーするに限る。結局泊めることになってしまったが、同じ室内でなければきっと大丈夫な筈だ。この体に生まれ変わってから正直先日煤竹、薄鈍と寝たくらいしかない。学校行事的なやつの時は一睡も出来ず一夜が明け、先日の時はまず二人が思い出話に花を咲かせ過ぎていて寝ない。その話に出てくる山吹の事を思い出していたらいつの間にか寝落ちていたが、あれはきっと寝れたとはあまり言えないと思う。それに完全に寝れなくなる前の事だ。あてにはならないだろう。
「とりあえずまだ定時じゃないので私は仕事に戻らなければいけないんですが退勤後迎えにくれば良いんですか?」
「ん?あぁ、そうか。だが私もいつまでも鉄紺と遊んでいられる程暇ではなくてな。伏見、お前今持ってる仕事は他にあるのか?」
「個人の依頼はストップしているので特には…」
「なら木村部長に話を通してやるからこのまま上がってコレを持って帰ってくれ」
「おい、そこまでは良い。どこかで時間でも潰している」
「構わん。どのみち既に集中力はどこかへ旅に出ているだろう」
何故この人はこう私の状態を言い当てるのか…。エスパーではないかといつも思う。こういうところが本当に嫌いだ。私は通常通りに振る舞っているつもりで、更には気付かれたくないあれやこれやも全て隠しているにも関わらずこの人は見透かして来る。
「旅にどころか消失してますよ。帰って良いなら帰ります。そして適当に何か食べてもう寝たいです…。じゃあ、一旦デスクやら片付けてくるので十分後にこのビルのエントランスホールで待ち合わせにしましょう」
「おう、分かった」
「では私も木村部長に内線連絡をいれてくるか」
何だかやっぱり罠に嵌められた感が有るがもうそれを推測する事さえ億劫で深く考える事を放棄した。これで泊める相手が梔子さんなら全力で拒否するが鉄紺さんならまだ大人しくしていてくれるだろう。
「ダイニング昨日煤竹が片付けてくれたとこで良かったですね。昨日まで夕飯のパック積み上げてたんで」
「おう。というかお前料理出来ただろ」
「出来ますが最近はしてませんね。昨日は薄鈍も来てたんで煤竹が片付けてる間に微妙な夕飯作ってくれたんですが」
今日も作る気はしなかった為帰り道で飲み物と適当に夕飯を買って来て冷蔵庫に入れておいた。
少し早く帰宅出来た為流石に夕飯にするにしても早すぎる。仕方なくコーヒーメーカーに豆をセットして準備を始める。
「おい、今コーヒー飲んだら余計寝れなくなんだろ」
「私カフェイン効かないんで問題ないです」
「…なぁ、伏見。お前何でそんなギリギリなんだ」
何故と言われても山吹の居ない私なんて元々ポンコツだったのだから聞かれても困る。ある意味で当然の結果だ。むしろまとも…そうでもなかったが普通に暮らせていたこれまでが異常だっただけだ。
「ただの睡眠不足ですよ」
「そんな簡単なもんじゃねぇだろ」
「そうだとしても、ただ私の限界が今だったと言うだけでしょ」
まぁ、そうそう睡眠不足で死にはしない。過労死って物も有るが、意識が落ちないだけで体は休息を取っているし、限界が来れば意識も落ちて泥のように寝ているんだから別に死にそうにヤバイ訳じゃない。
心は折れ掛けているが人間の体は意外とタフだ。そう簡単に死ねない事は良く知っている。
寝れない状態で1週間忍務に出ていたって、どれだけ食えなくたって人の体というのはどうにか生きようと勝手に足掻くように出来ているのだ。
「お前…散々徹夜は体に毒だとか俺に言ってただろ」
「えぇ、毒ですよ。だからといってこんな平和な現代で何の問題が?睡眠不足による判断力低下が有ったとしても命の危険は無いです」
面倒だから運転もしないし、帰りは電車と徒歩。今や駅のホームには柵がされていてうっかりホームに転落だってしようがない。
あるとすれば仕事の指示を忘れて怒られるとか確認の取り直しになるくらいだ。危険なんて平和ぼけした現代にそうそうありはしない。
あれ程昔はただ平凡に生きる事という事が難しかったのに凄い差だと思う。
「コーヒー、砂糖要ります?必要なら牛乳も一応ありますよ」
「ブラックで良い。甘いモン得意じゃねぇの知ってんだろ」
「生まれ変わってもそんなところも変わらないんですね。騙して甘い物食べさせた時、鬼のような顔してましたっけ」
コーヒーが抽出出来たのでついでに話題も変えてみる。いつの間にか増えていたマグカップにコーヒーを注ぎ揶揄うと軽く睨まれた。あの時はどうやったんだったか。
確か甘くない団子の一番下に甘い団子を隠しておいたんだったか…。
ちなみに勿論捕まって簀巻にされた挙句怒られた。簀巻にして転がすとか酷い。
『この作業が終わるまでそのまま反省して行きやがれ』
『厠をどうしろと?』
『我慢しろ』
『無理に決まってるでしょ。粗相してお婿に行けなくなったら責任取ってくれるんですかね』
『バカタレ。嫁になら貰ってやるよ』
『アンタみたいな旦那お断りです!』
……余計な事まで思い出してしまった。これは忘れていて良かった。こんなあまり年が変わらないのに老け顔で、目付きが悪くてガラの悪い旦那は嫌だ。
でも、人相は悪いがなんだかんだ面倒見が良く、優しい人だ。どれだけ私が悪態付こうが、悪戯を仕掛けようが怒りはしても結局最後には許してくれた。
「そうさせたのはお前だろうが。お前が作ったんじゃなきゃ藍染か香染にでもやってた」
「…出された物は残さない主義なのでは?」
「食えるモンならな。甘いモンに関しちゃ別だ」
私が作った物だから苦手な甘い団子を食べたと?何故?
私の嫌がらせ、いや一応悪戯兼反応を見る為…言いつくろっても結局嫌がらせだな。そうと分かっていて何故だ?
「お前は分かりにくいようで分かりやすすぎるんだよ。今度は逃げようが地獄の底まででも追い掛けて捕まえてやるから覚悟しやがれ」
「捕まえて説教ですか?昔の可愛い悪戯なんてもう時効でしょ」
「そっちじゃねぇよ…。お前は確かに碌な事しねぇし、変態だし意地っ張りでちっとも素直じゃねぇ。人嫌いだし、臆病で…」
「なんでいきなりディスってくるんですか、酷」
「良いから黙って聞け、バカタレ。あとは自信家に見せてるくせに実はいつだって自分すら疑って、誰も実際のとこ信じらんねぇ。でもな、もう偽らなくて良い。あー、そのなんだ。お前がそんなどうしようもねぇ馬鹿だって俺は昔から知ってんだ。全部受け止めてやる。山吹じゃなくてもお前を受け入れる人間が居る事にそろそろ気付け、音羽」
……今すぐ誰か私を殺してくれないだろうか…。なんだこれ。新手の嫌がらせか?
仕返しなのか?だからこの人嫌なんだ。私の弱さを見透かしそれでも許容する。けれど、私のめんどくささは私が一番知っている。
こんな私を受け入れ傍に居てくれるのは神のごとき優しさを持つ山吹くらいしか居ない。
だから、いつか嫌気がさして見捨ててくれるだろうと思って悪戯や嫌がらせを仕掛けていた。
それらも全て叱りはしても最終的に仕方ない奴だ、と許され続けて来た。
私は許されたくなかったのに。許さず見捨ててくれれば、結局そんな物だと私も捨ててしまえたのに…。
「俺じゃお前が気を許せる相手になれねぇか?」
「………一度だけ合同で忍務受けたの覚えてます?私が城主の影武者で、鉄紺さんが護衛の任で…」
「あぁ、有ったな。それが何だ」
「そこからですよ。私の悪戯が増えたの…。だって鉄紺さんが居るなら多少は…と思ってしまったんです。アンタだっていつかはきっと私を捨てて行くに違いないのにと思ったらその前に嫌気が差して見捨ててくれる方がいいじゃないですか。だというのにアンタは一向にそうはしてくれない。むしろそれが私への嫌がらせですか」
あぁ、思い出したら辛くなって来た。だから嫌なんだ。だから会いたくなかったんだ。
だから、さっさと眠ってしまいたかったのに。
こんな醜態晒す前に眠ってしまいたかった。鉄紺さんが言うようにとっくに睡眠不足は限界で精神的にも余裕なんて私を逆さに振ったとしても出て来やしない。そんな物残っている訳がない。
「んなもん気付いてたに決まってんだろ。だから、お前が何しようが見捨てなかっただろうが」
「……趣味悪いですよね、鉄紺さん。ドMなんですか」
「なんでそうなるんだ。おい」
「めんどくさくなると思いますよ」
「元々お前はめんどくせえ。数百年越しなめんじゃねぇよ」
聞いといてなんだが酷い。まぁ自分が面倒な性格をしている事は知っているから良い。
数百年越しなのはお互い様だ。ずっと目を背け続けてみたが、もう良いだろう、過去の私。
山吹は変わらず特別だし天使だと思う。
でもこの人なら私を見捨てず傍に居てくれるのではないかと思ってしまったんだ。
「なら仕方ないですね、嫁に貰われてあげます…っ」
不敵にいつものように笑えただろうかと思う前に抱き締められて苦しい。微妙に鉄紺さんの顔が赤かったように見えたのは気のせいか?あぁ、でも丁度良かったかもしれない。微かに溢れた涙は多分見られてない。
なぁ、山吹。キミに会いたい…
ずっと心配してくれていたが、やっと君以外にも居場所が出来たかもしれないんだ
そう報告したらまた笑ってくれるだろうか
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