烏羽

これだけ過去の連中が増えてきたのに


何故此処にキミは居ないんだろう


キミは一体どこに居るんだ…



「ん……鉄紺さん、今何時ですか…?」

「起きたか。今昼の三時だな」

「寝過ぎましたね。何か食べました?」

「お前あんま動くと起きるだろ」

「まぁ、多分起きますが。香染の店にでも食べに行きましょうか」


うちに泊まったあの日以来鉄紺さんが頻繁にうちに転がり込むようになった。

こっちに来るには車で一時間は掛かるが特に苦じゃないらしく仕事終わりメールを一通寄こしてこちらへやって来る。

お陰で一人だった時に比べて眠れる時間が増えた。それがまた悔しいが限界を迎えずに済んだのは事実だ。この人の側だと少し気を抜ける…。


話してしまったのは私だし後悔しているが、眠れるならと通ってきているという状態だ。そういう優しさが素直に受け入れられない私だから思わず悪態をつくも普通に流される。

今日もよく寝ている私をそのままに隣で待っていてくれたらしい。

動きがあれば確かに起きただろうが、一時期よりは眠れているのだから別に構わないのに、と思う。こういうところやはり梔子さんとは違う。

梔子さんは自分本位だからきっと容赦なく起こすだろう。


「香染の店な。アイツのとこ肉料理あんまねぇからなぁ」

「最近ちょっと増やしたらしいですよ。なんせ藍染さんが常連ですからね」


藍染は香染がこちらに店を出してから頻繁に通っている。とはいえ、香染が甘やかして今やほぼタダ飯だ。その代わり新メニューの試食や賄いメニューの試食が多い。まぁあまり参考にならないと嘆いているが。


「なら行くか」

「アンタ本当に肉食ですね。肉ばかりだと胃もたれするじゃないですか」

「お前の胃袋が軟弱なんだよ」

「鉄紺さんの胃が鋼鉄なんですよ。私の胃は普通です」


そんな会話をしつつ布団から出て身支度を整える。頻繁に泊まって行く鉄紺さんはキャリーバックを一つうちに持ち込み服を色々置いていくようになったから普通に着替えがある。別に衣装ケースの空いたスペースを使って良いんだがこれで十分らしい。



「あ、鉄紺じゃないか!なんだ、ついに音羽捕まえたのか?」

「おう。やっとな」

「違います!私が捕まってあげたんです!」

「ははは、どっちでも変わらんだろ」


大きく違う。私の精神的に大きな差がある。捕まったと言われると私が負けたみたいじゃないか。だというのに藍染さんは細かい事を気にしないから一纏めにされてしまう。


「藍染さん、あまりからかうと馬に蹴られますよ。メロンソーダあげますから良い子にしてて下さい。鉄紺さん達はあちらの席にどうぞ」

「あぁ、分かった。ほら、藍染睨んでないで行くぞ」

「睨んでないです。元々こういう目付きなんで」


そう誤魔化してもはいはい、と流される。私の悪態や誤魔化しなんて通用しない人だ。そして背を押して席まで連れて行かれる。

香染の店はシックな内装だが、流石のセンスで見栄えが良く落ち着いた雰囲気に纏まっている。その壁には一部休日に通い描いた私の絵も有ったりする。

真っ白の壁紙とかでかいキャンパスだ。香染はそのうち何か別の壁紙に貼り替えようと考えていたらしいがでかい絵を描きたい気分だったから描かせてもらった。本来なら依頼として金を取るべきだが藍染を引き取って貰った礼も兼ねて無償で描いた。


「何度見てもでかいな」

「脚立使って描きましたからね。最近はデジタルばかりだったので楽しかったですよ」

「よく白い壁紙にこんなでかい翼描く気になったな」

「夢へと飛び立つ後輩へのまぁプレゼントですかね。評判良いらしいです、この前に立って写真撮ると羽根が生えてるように映るって」


翼と言っても片翼だけれども。開いた状態のでかい羽根だから迫力も有って良いと人気だそうだ。そのせいか口コミとSNSで広まり若い女性客が良く来ている。まぁ、噂なんてものは何れ効力を無くす物だから後は実力でそこから常連をゲットしろというやつだ。


「俺は照り焼きチキンと玉子のサンドイッチと大盛りフライドポテトにするがお前は?」

「私はサラダとフレンチトーストにします」

「またそんなデザートみたいなもん選びやがって。もっと肉つけろ」

「食べるだけ良いでしょ」


ご飯はご飯としてがっつり食べる系の鉄紺さんと藍染さんには理解が得られないが私からすれば立派に量もありご飯だ。それにご飯メニューを頼んでしまってはそれだけで腹が膨れてしまい甘い物に手を出す余力など残らないのだから仕方ない。

その事は知っているから文句は言っても阻止はして来ない。


「お待たせし…あぁ、音羽の方か」

「……烏羽か?」

「薄鈍にでも見えるか?」

「お前此処で何してるんだ?」

「呼んだだろ?だから注文取りに来た」


最近はどこの店にも有る店員呼び出し用のボタンを押したら何故か烏羽が召喚された。今まで此処で会った事は無かったから不覚にも驚いた。

濡れ羽色の真っ黒な髪に相変わらずの感情の乏しい瞳、間違いなく過去世で山吹達と同じく共に忍術を学んだ烏羽だ。


「音羽今も変装してるのか?その顔下に何枚有るんだ?」

「剥ごうとするな!変装じゃなく今はこれが地顔だ」


確かに昔は山吹の顔の下に別の顔を仕込んでいたりもしたが、今は変装せずとも山吹とあまり変わらない顔をしている。剥ごうとしたって剥ぐ物がないのだからと伸びてきた烏羽の手を叩き落とした。


「お前…ついにそこまで成し遂げたのか。変態もそこまで来ると凄いのだ」

「変態言うな」

「褒めてるんだぞ?」

「そうは聞こえなかった。というかお前バイトじゃないのか。さっさと注文取って戻らなくて良いのか」

「待つのは音羽達だから良いんじゃないか?店長は香染だし」


良い訳がないだろうに。いや、待つけれども。

相変わらず烏羽もマイペースだ。煤竹とも違う独特のマイペースさというか。


微妙な再会は有ったが無事注文を取らせ、遅い昼食も届いた。

ちなみに煤竹や薄鈍にはアイツ等も時々此処に来ているから会ったそうだ。

現在進学校に通う高校生らしくそろそろバイトくらいはせねばと思っていた時にこの店を見つけ、香染に頼んだのだとか。


「アイツ接客する気ないな…」

「愛想とかあんま得意じゃなかったしな。まぁ梔子よりはマシじゃないか?」

「それはどういう意味で?」

「アイツ絶対媚びる事もなく実力だけでのし上がったと思うぞ。うちの会社でも通称が女王様だった…」


あの人鉄紺さんの会社で一体何やったんだ…。

女王様ってSMの女王様じゃないだろうな。ドSなのは間違いないが。


「鉄紺さんも女王様がお好きですか?」

「バカタレ。お前で手いっぱいで女王様の相手なんぞしてられるか」

「たまには女王様と遊んで来たって良いんですよ?新しい扉が開くかも」

「いらねぇよ。お前だけで良い」


なんとなく揶揄ってみれば倍返しされ顔が熱い。仕方なく平静を装いサラダに手をつけた。新鮮野菜と香染特製のドレッシングが心に優しい。

私の胃袋を理解している香染がしっかり量も調節してくれるから気負わず食える。まぁ、残ってもサラダなら鉄紺さんが食べてくれるだろうが。


それにしても、最近一体何なんだろう。過去世の関係者との再会ラッシュか。気分的には山吹にはまだ会えてないのだから再会ガチャはほぼ爆死しているような物だが最近多くないか?

ゲームで言えば石やリアルマネーを注ぎ込めばガチャは回せる。私のこの再会ガチャは一体何と引き換えに回しているんだろう。

何かを支払えば回せる物なのであればいくらでも支払うから限界まで回させてくれないだろうか。それでも出会えないのであれば諦めもつくが再会ガチャの終わりを知るなんて出来やしないからいつまでも諦めもつかない。


「おい、音羽。何かまた変な事考えてんだろ。さっさと食わないとフレンチトースト冷めるぞ」

「変とは失礼な。一口食べたいんですか?」

「要らねぇよ。良いって言ってんだろ、あーんじゃねぇ」

「せっかく私が食べさせてあげると言っているのに嬉しくないんですか?」

「だったらせめて甘いモン以外にしろ。遊ぶな」


そう言いながらも差し出したフレンチトーストを食べ顔を顰める。そういうリアクションをするから遊ばれるのだとも気付いている癖に感情を隠さず結局付き合ってくれる。私に甘い人だ…。


「おいしいでしょう?」

「あめぇ…」

「だからおいしいんですよ」


私は甘い物が好きだからそう思うが甘い物が苦手な人間からすればただ甘いという感想しか出ないのだろう。損している、とは思うが好き嫌いに口を出しても良いことはないから時々食わせるに留める。それで悪化したらもうどうしようもないが慣れて食えるようになったら成功だ。


「食べたら何します?」

「買い物に決まってんだろ。もう冷蔵庫空だったじゃねぇか」

「失礼な、チューブのバターとか調味料のさしすせそは有ったでしょ」

「しかねぇよ。玉子12個とかどこ行った」

「玉子は煤竹の馬鹿がラーメンに大量投下して消えました。ラーメンの買い置きも食い尽くされましたね」


鉄紺さんが来てない日にはよく煤竹や薄鈍がうちに来る。

まぁ、少し前まで寝れない上あまり食えてもいなかったから心配させたのだろうとは流石に理解しているし文句は言わない。


「アイツ等は…。まぁだから買い物だ。もうカロリーメ◯トで済ませてねぇだろうな」

「一応は。面倒なのでコンビニやパン屋で昼は済ませますけど夜は一応作ってますよ。じゃないと鉄紺さんがうるさいので」

「お前の食生活が酷過ぎたからだ」


私に人並みの食生活を送らせようとこの人は必死だ。放っておいても栄養失調で死ぬような馬鹿をする気はないのだけど、この人に世話を焼かれるのも悪くないと好きにさせている。この人が付き合ってくれるなら多少嵩張る物を買っても問題なく持って帰ってくれるしな。


結果としてはほぼ空だった冷蔵庫を埋めようと躍起になった鉄紺さんに山程買い込まれ、むしろその消費に苦労する事になる。もう少し止めるべきだった。



なぁ山吹…


この人って何でこうも極端なんだろうな


少食に大量に食い物を与えるとか鬼じゃないか?

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