薄鈍

誰よりも1番近かった筈の君にはちっとも会えない


ある意味で人生という名のガチャを引いている訳だが


物欲センサーなのか それとも近かったと思っていたのは私だけだったんだろうか…



「だから煤竹先輩私は生クリーム多めの方が好きだって言ってるでしょうが。耳に綿でも詰まってるんですか」


「えー、だってこれおいしそうじゃない?モ○ドセレクション受賞だってー」


「モン○だろうがそれ生クリーム乗ってないでしょう。その目ビー玉ですか、無駄にデカイ癖に」


仕事が早く終わった花の金曜日、何故か私は百貨店のショーケースの前に居た。

いや、何故かははっきりしている。煤竹に攫われたからだ。


先日の飲み会の時に取り付けた約束を覚えていたらしく珍しく早く仕事が終わった今日ケーキ買いに行くよー、お前は勝手に選んだら文句言いそうなんだものと半ば人攫いのように連れてこられた。


「音羽ひっど!じゃあどれが良いのもー」


もーと言いたいのは私だ。それ単純にお前が食べたいだけだろう。


「言って良いですか?私この店好みじゃないです。派手なばかりでうまそうにみえません」


「ちょ、お前ここではっきり言っちゃ駄目でしょ!俺好きだよ!ごめんねー」


正直に言えば怒られた。事実だろう。派手にゴテゴテするのにコスト掛けて材料ケチってるに違いない。それなら素朴なやつの方がおいしいと思う。


「あ、あれが良いです。あの阿呆程苺の乗った生クリームの」


3つ先の店を見れば生クリームでしっかりデコレーションされた上にこれでもかと言うくらいに程よい大きさの苺が乗っている。スポンジと生クリーム、苺しかない分そうそう失敗もしない。


「これ凄いな。いったいいくつ苺乗ってるんだ」


「わー、ほんと贅沢だね。って、高っ!音羽ー、カットケーキにしない?」


「嫌です。カットだとこれないですし」


ホールのみの販売らしくカットケーキの方には通常のショートケーキしか入っていない。あとは季節のフルーツタルトとかシフォンケーキとかまぁよく有る種類のケーキだ。どこにこれがあると言うのか、と視線に込めて訴えると諦めたように溜め息をついた。


「分かったよぉ、もー、カード切ってやるから好きにして!俺女の子にもこんなケーキ貢いだこと無いのにー」


「可愛い後輩になんの不満が?」


「えー、だってお前可愛くないもの。あ、お姉さんこのケーキ下さーい。支払いはカードで」


支払いはカードで、って言いたかっただけなんじゃないかと思うくらいのドヤ顔で言い放った煤竹が有名なカードを取り出す。ただ受け渡しで失敗して落とすもんだから格好良くなんてなる訳がなかった。笑いながら待っていると煤竹と違いスマートに仕事をこなす店員がケーキを箱に収めて渡してくれる。百貨店内暖房で暖かくなっているからとドライアイスもつけてもらえた。


「でもさーお前普段少食じゃない?こんなでっかいケーキ食べれんの?」


「毎食ケーキで…」


今見知った顔が通った気がして思わず振り返った。相手もこっちを見ていたかと思え

ば、あ!と声を上げて戻ってくる。


「なに…」


「お前、山吹!?」


「あはは、違う違う。どーみても音羽でしょ!山吹こんな不貞腐れた顔しないよー」


「はぁっ!?煤竹お前っ」


やって来た男はやはり知り合いだった。間違っているが咄嗟に山吹のふりをしようとしたが横から顔を出してきた煤竹に更なる爆弾を落とされる。

ガクガク揺さぶってやらなければ気が済まないと捕まえようとしたが逃げられた。


「まーまー、こんなとこでしゃべってたら邪魔になるでしょー。とりあえず薄鈍-うすにび-でしょ?暇ならうちおいでよ。ほーら、移動するよー」


「えっ、えーまぁいっか。てかなんで音羽まで驚いてんだよ」


「煤竹とりあえず後で技かけさせろ。私敬語使って損した…」


さらっと私の衝撃を流して私と薄鈍の手を引いてマイペースにまとめに掛かるところなんだかんだで煤竹らしくはあるけれど。本気で一応後輩だからと常に敬語で通した私の努力はどうなるんだ。残念な気分しか浮かばない。


私と同じく攫われている薄鈍はほとんど分かっていない顔をしているが誘いに乗る事にしたらしく大人しく引っ張られている。寝癖でもこんなにボサボサにならないだろうと思うほどに自由になりすぎている色の薄めの髪に野生的な目。まぁ多分男前と言われるんじゃないだろうか。私はそうも思わないけれど。だってボサボサ過ぎる。


「で、とりあえず音羽からどうぞー。ちなみにお腹すかない?ラーメン炊いていい?」


「どうぞも何も鍋を置け。そして投げさせろ」


「俺それ気になってんだけど、音羽お前一緒に居たのに俺と一緒で初対面って訳じゃないだろ」


だから腹立たしいというんだ、家に着くなり人に話を振っておいて勝手にラーメンを炊き始めた煤竹に技を掛けたら危なかろうと仕方なく薄鈍に近付き背後から間接技を掛ける。


「いたたたっ、なんでお前まだ現役レベルで技掛けれるんだよ!っていうか絶対大人しく後輩してなかっただろー!いってーえ!」


ギブというように床を叩く薄鈍を無視してそのまま背中に思いきり膝を入れる。多分無茶苦茶痛いだろうが知るものか。こっちはもっとダメージがデカイ。だって2年だぞ。この努力の2年一体何だったんだ。


「いやーだって音羽分かりにくかったしさー、それになんか音羽は音羽だったから良いかなーって。あとエース〇ックだけど溶き卵入れていい?」


「私の精一杯を良いかなーで片付けるな!どれだけ必死にポーカーフェイス装ってたと思ってる。溶き卵は入れてくれて良い」


「ちょ、それ入ってる!つあーいってぇって!ギブ!マジで背中変につりそっ」


流石にうるさいから開放してやることにする。相変わらずリアクションがデカイのは薄鈍も変わらないらしい。そんなことを思っているうちに煤竹は冷蔵庫から卵のパックを取り出して次々割っている。


「あー、痛かった。てか煤竹卵何個割った?割りすぎじゃねぇ?」


「ん?6個全部割ったよ?ラーメンも5パック全部炊いてるし丁度良くない?」


「お前達で2パックずつ食べれば平気だろう。それくらいお前達なら軽いんじゃないか」


えー、お米も食べってって欲しいんだけどーとか言いながら大量の卵液を鍋に流し込む。それならばラーメンの量を減らせば良いのにと思ったがまぁ2人なら以外と食べるから平気だろう。


私はケーキが食べたいから控えめにするつもりだが。一応ケーキは煤竹の家に着いてすぐ勝手に冷蔵庫を整理して広い場所を開けて入れておいた。


結局大鍋を雑に机のど真ん中に置きセルフで食いたいだけ取れとこれまたでかい丼ぶりをそれぞれ渡されてラーメンを食い、締めだと馬鹿が残った汁にご飯までぶち込んだもんだからケーキ用の余力が胃に全くなく満腹過ぎて帰るのも億劫になったもんだからそのまま泊まる事になった。ある意味今日が金曜日で良かった。


「ていうかさ、俺も人の事言えないけどお前等も変わらなすぎだよなー」


「記憶はないが藍染さんも相変わらず暴君だし、記憶のある梔子さんは更に絶好調だぞ」


「梔子さんねー、あの人音羽の事最初から知ってたから合同飲み会の度にすっごい怖かったんだよー。お前飲み会とか嫌いだろうし誤魔化してたんだからねー」


それならずっと誤魔化してくれれば良かった物を。聞けば先日のが最後通告だったそうだ。次連れて来なければ私共々異動させてやると言われて居たらしい。

まぁ、あの人の事だ。ただの脅しだと思うが。多少強引な人だがそこまでの職権乱用はしない。それよりも直接私の部署に乗り込んで来る事だろう。


「なー、音羽。折角だし山吹も呼ぼうぜー?俺も会いたいし」


「そう簡単に会えると思うな。山吹は私のだ」


「ちょっ、いたたた!煤竹ヘルプ!」


「自分で地雷掘り当てたんだから自分で処理してー。俺には無理ー」


まだ会えていない山吹を気軽に呼ぼうと言われて腹が立った為転がっていた布団から這い出し背中に乗り思い切り膝で押してやる。会えていれば今私がここに居る訳がない。


そういう事には基本考えの足りない阿呆なのだ、この薄鈍という男は。


一頻り八つ当たりをして気が済んだら寝て、朝から煤竹に買ってもらったケーキを3人で食べた。


一緒に食べてくれる中に山吹、君も居れば良いのに…


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