煤竹

伏見音羽(ふしみおとは)としての生を得てから既に22年が経った。


その間得たものは多くはない むしろ君と居た頃の方が実りは多かった


君といた頃ばかりに心を飛ばしている私を情けないと君は笑うだろうかーー



「おーい、伏見ー。会議の資料作っとけって言われてたのに何休憩してんの」


「煤竹(すすたけ)先輩より優秀ですんで。取りに来て頂けて助かりました」


「うっわ、ほんと可愛くない。お前ね、新入社員ならそれらしくしろっての」


昨日退勤前に言い渡された仕事を早々に終えコーヒーを入れていると通りかかった先輩に注意される。

まぁ言われた通り私は可愛くない後輩だろう。初めから可愛さなんてものは持ち合わせていない。新卒として入って来た後輩としては可愛げもフレッシュさもないだろう。当然だ、私だもの。


そして相手が煤竹だもの。コイツと再会したのはここへ入社してからだ。まだ覚えているのか確認は出来ていないがどっちだろうとコイツの態度はおそらく変わらないだろうと思っている。


「ていうか終わったんなら持って来てよもー」


「持っていく前に来てくれたんで。そんなに私に構いたいんですか?」


「何でそうなんの。構うなら可愛げのある女の子の方が良いに決まってんでしょ。じゃあ持ってくからー」


あぁは言うがなんだかんだと通りすがりに声を掛けて行くのだから変な奴だ。可愛くない、新入社員らしくないと言うなら構わなければ良いのに構いに来る。


たぬき顔の童顔にうどんのような太い髪の彼も前世での知り合いだ。一応は共に忍術を習った幼馴染と言えば良いのか。とりあえず藍染さんよりも親しかった事は確かだ。

彼は私よりも今は年上で27才らしいが童顔過ぎて全くそうは見えないのが残念過ぎる。


入社時の挨拶の時初めましてーと驚いた様子もなく言っていたから私とは違うんだろうと推測し聞けずに居る。違ったら【前世を覚えてるのか?】なんて質問痛すぎるからな。初めましてーと言ったわりに構いに来すぎだが先輩ってそんなもんなのかと思っている。 


「あ、そうだ!伏見、今日の飲み会お前強制参加ね。今回こそ連れて来いって俺梔子さんに言われてんの」


「はい?梔子さんって他部署の課長でしょ、確か」


「今回合同なんだって。お前早々に断っちゃってさー。とにかく仕事終わっても帰らないように!」


偉そうに言ってくる煤竹(先輩)にイラッとはしたが言うだけ言ってさっさと立ち去ってしまったのでここはため息をついて諦めた。けれど仕事を終えたらさっさと帰ってやろうと心に決める。飲み会なんて出たい奴だけ出れば良い。私は出たくない。


ところで煤竹が言っていた梔子さんとはどんな人だったか…。アンバサ◯ー的なやつで格安で飲めるコーヒーを飲みながら社員名簿を確認する。梔子遙(くちなしはるか)…やはり他部署の課長だと思うんだが、何故他部署の課長が私を指名するのか。会った覚えも無いんだが。私可愛げのない新人として有名なんだろうか。社内の人間とは最低限の付き合いしかしていないつもりなんだがなんだろうか。


やはり嫌な予感しかしないから早々に帰ろうと決めて残りの仕事に取り掛かった。



「じゃあ私の仕事は終わったのでお先に上がります」


「わっ、伏見待ってってば。ソイツ飲み会引き摺ってかなきゃいけないから山梨さん取り押さえて!」


「ちょ!?飲み会って自由参加でしょ!?」


「まーまー、たまには親睦深めるのも仕事のうちだと諦めろ、新人」


煤竹が山梨先輩をけし掛けたせいで颯爽と帰ろうと立ち上がったのに後ろから羽交い締めにされて捕まってしまった。この人力強いな。藻掻いても逃げられない。

まぁ、力はあまり昔から無いんだが…。腹立たしくて離れた席で帰る準備をしている煤竹を睨みつけると驚いたように飛び上がった。


「ちょっと、そんな睨まないでってば。伏見お顔怖いから、ねっ。おかしあげるから機嫌直してっ」


「おかしで私の機嫌が取れるとでも?百貨店の高いケーキなら手を打ってもいい」


「買う!買うから!その怖い顔引っ込めて」


そんな会話をしていると後ろの山梨先輩や女性社員から笑いが起こる。言質は取れたし証人も出来たから良しとするか。


「伏見君ってそういうキャラだったんだぁ。おかし好きなら作って来てあげようかぁ?」


「ずるい!俺も俺も!みかちゃんのおかし食べたい」


「やだぁ、隼君おいしいしか言わないんだもん」


そういえば里のくノ一連中に良く食わせ甲斐がない、参考にならないと言われてたな。


大抵は今後の参考にするのに食わせてやっているというのにどれを食べても幸せそうにおいしいよ!と言うだけでは食わせ損も良いとこだろう。逆に私は辛口過ぎて先に心が折れるから食わせたくないと言われてたが。


「煤竹先輩、退社準備終わりました?まだなら私帰りたいんですが」


「あー待って待って。パソコンシャットダウンするから」


「隼(はやと)データ保存したか?」


あ!っと声がしたから保存し忘れてたんだろう。昔から私生活ではそそっかしい奴だったしな。 煤竹隼(すすたけはやと)としてのコイツも変わらない。


「大丈夫!保存してた。よし、行こう。もう出れる人一緒に行こー」


「お前が騒いでる間に皆終わったよ。まったく」


最終的に部長に呆れられ頭を叩かれて通り過ぎられている煤竹は阿呆だと思う。


結局小さな子供が居て起きているうちに帰ってやりたいのだという課長と彼氏とデートだという女性社員数人とのみ会社を出てすぐ別れ、集団で移動する羽目になってしまった。これも煤竹のせいだ。 羨ましくないがリア充爆発しろ。



「あ、梔子さん!こっちです!そっちも早かったですねー」


店に着いて少し、さっきのおかしの話の延長で女性社員に囲まれて居ると声に入口を見た煤竹が手を振りながら声を上げた。それに先頭に立っていた美人が片手を上げた。


「あれが、梔子さ……はぁっ!?まじか…」


梔子さん、あぁ確かに美人だろう。課長にもなっていておかしくはない。

流れる黒髪に整った顔立ち。少し気の強さが滲んでいるが美人と称される顔立ちで、スタイルも良いし里でも藍染さんと並んで優秀な人だった。けれどあの人は男だったんだが…。

パンツスーツが似合っているが、うんあれは…。


「全員揃ったようだな。今回は二部署合同だが、無礼講だ。上司に不満をぶちまけるなり存分に愉しんでくれ。勿論私への愚痴も大歓迎だ」


「梔子君、今日は和気藹々とした席にしたいんだけどねぇ」


「と、清水部長は言っているが私が許す。好きにしろ。乾杯!」


二部署合同という事もありそこそこの広さを確保したようで居酒屋の大部屋を貸し切ったような会場には既に所狭しと料理が並びそれぞれにお約束のようにビールと飲めない人用にお茶が運ばれていた。そしてうちの部長、他部署の部長と梔子課長が立ち乾杯の音頭を取った。部長は既に負けており梔子課長の音頭のようだが、いつもの事なのか皆気にせずグラスを合わせる。

私も一応周りの女性社員や山梨先輩と乾杯した。


「やっぱりビールはいまいちだな。山梨先輩、一口飲んじゃいましたけど要りませんか。私熱燗が良いです」


「伏見渋いな。置いといてくれ、これ開けたら貰うから」


「伏見君ついでにカルーアミルクとこのワイン頼んでぇ」


ビールを引き取って貰えたのでボタンで店員を呼んで少し、ついでに部長や何人かの男性社員も便乗して来た為熱燗を4本とカルーアミルク、ワインはボトルで一本注文した。

何で私しっかり巻き込まれて良い人みたいなポジションに居るんだ、面倒な。


こういうのは調子の良い煤竹向きじゃないのか?と煤竹が居た方を見ると既に席に居ない。かと思えば向こうの部署の部長や梔子さんと少し話した後戻って来た。


「あ、もう伏見頼んじゃった?俺も巨峰サワー頼みたかったのにー。あ、店員さん巨峰サワー2つ!」


残念そうにしていた煤竹は丁度カルアミルクとワインを持って来た店員を捕まえ注文する。その時自分のビールは一気飲みで飲み干してグラスも開ける。


これはアイツ早々に酔っ払って寝るんじゃないか?今もかは知らないが昔は私や山吹よりも相当酒に弱く気付けば酒の瓶を抱えて眠っていた。とはいえ昔の方が酒の度数は高かったから今はまだマシかもしれないが。

煩いがうちの部署の人間の行きつけだという居酒屋料理はまぁそこそこは旨かった。

時々当たった好みでない料理は煤竹に押し付けたし。


「混ぜて貰っても構わないか?」


「梔子課長!どうぞぉ。隼君、座布団頂戴。梔子課長直に座らせられないしー」


「むしろ俺が温めといたからここどうぞー。梔子さん、コイツが伏見です。今回はちゃんと連れて来ましたよー」


フニャフニャの笑顔で言って私を指差した後親指を立てた煤竹がウザイ。これは既に少し酔ってるな。いや、寝落ちるまで普段通りだったか。普段から酔っているようなものか。奴はヘラヘラ笑ったまま席を立つとそのまま女性社員が集まったテーブルの方へ移動していった。


「さて、伏見か…まったく、毎度逃げおって」


「だって飲み会って自由参加でしょう。強制参加だとは言われていませんので」


「新人のうちは早く馴染むためにも参加すべきだと思うが?山吹達以外とは飲めないと?」


「そうは言ってないでしょうが。だから仕方なく来たでしょう、梔子さん」


やっぱりこの人は覚えていたか。ここに居ない山吹の名を出すとはそういう事だ。おそらく私の反応を見ていて気付いたんだろう。だって立派に男だった筈が女になっている。まぁ元々女性的な顔をしていたからあまり変わりないが。性格的にも変わりないらしい。


「久しいな、伏見。お前も変わりがないらしい」


「私は私ですから。藍染さんもお元気ですよ。そろそろ引き取りに来ていただけませんか」


「伏見君、梔子課長とお知り合いだったのぉ」


前世からのお知り合いだが間違ってはいないんだろう。梔子さんもそうだな、とさらりと流しているし。 けれどそうだな、友人とは言わないが知り合いと称してやっても構わないかもしれない。


「ところで伏見、私の部署に来ないか?存分に使ってやろう」


「こき使うの間違いでしょう。遠慮します」


「慣れるまではと優しさで煤竹と同じ部署にしてやったというのに断ると?」


「あぁ、貴方のしわさですか。それはご愁傷さまです。でも嫌ですよ、アンタの部下なんて」


そういえばこんな会話も過去にしたな。里の中でも優秀だったこの人は早い段階で里を出てとある城仕えとなった。その城の忍衆へも私の噂は届いたらしく同郷として私を勧誘しにやって来た事が何度かあった。


その頃既に忍衆の副頭目まで上り詰めていた為あれこれと条件を提示して来たが里を出るつもりは無かったから貴方の部下なんてまっぴら御免だと断り続けた。


「私の頑固さはとっくにご存知でしょう?」


「だが、今度は時間が十分とあるな。今度は逃してやらないから覚悟しておけよ?伏見」


……駄目だ、近いところに居る分存分に勧誘に来るつもりだ。まぁでもうちの部長に言って強制的に異動にしない辺りはまだ優しいのだろう。

最終手段は粘り続けてあと2年耐えて藍染さんを巻き込むか、退職してしまえば良い。


懐かしい人との再会は突然やって来た


今後定期的にこの人に退勤時攫われ夕飯に付き合わされる事となる。


山吹…私の周りって自由人しか居なかっただろうか…

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