秋の日あなたと雨月夜

@mako_k

秋の日あなたと雨月夜

はたはたと降り続ける雨が、夏が溜め込んだ熱気をゆっくり洗い流していきます。

高い高い天井近くまで続く大きな窓、いつも締め切っているカーテンは開かれ、小さな雨粒が集まってはひとすじ、またひとすじと空から地上へ窓のガラスを伝って落ちていきます。

高く塔のように伸びた部屋に雨の音と紙をめくる音が響きました。

壁一面の本棚に隙間なく納められた本。夜にしか開かれないカーテンはほんの髪一本ほどの光すら通さない書庫の魔法がかけられています。

ぱたりと本を閉じ、くわりと一つあくびをして男が立ち上がりました。立った拍子に下げていた数えきれないほど沢山の小さな鍵がしゃらりと涼やかな音色を奏でます。

彼は、昼は眠り夜に起きてはこの図書館を整理している書庫の番人です。彼が眠っている昼の間は、小さな機械仕掛けの彼の友達が訪れる客人の相手をしています。

不意に、こつこつと窓を叩く音が変わりました。

音の方を見てみれば、夜に溶けるような黒い猫と目が合いました。猫の毛並みは雨に濡れ、その黒を一層深めて、このまま雨の夜に溶けてしまうのではと思われるほどです。

慌てて窓に駆け寄った番人は、沢山つけている鍵ではなく首に一つだけかけた鍵を手に取ります。番人が小さな鍵を窓に近づけて猫よりほんの少し大きな四角を空に描きますと、描かれた四角が扉になってきぃ、と開きました。そっと番人の作った扉から入ってきた猫は、彼の足にすりよってくるくると嬉しそうな声を漏らします。

いい子、と囁いて一つ頭を撫ぜた番人は開いた小さな客人のための扉を閉じ、鍵をかけるようにくるりとひねりました。そこには扉などなく、もう後には高く伸びる窓だけが残るばかりです。

ちょっと待っていてねと書庫の裏に消えた番人はふわふわの大きなタオルを二枚持って戻ってきました。机の上に一枚を置くと、手に持ったもう一枚で猫をわさわさと拭いて、そのまま抱き上げパチパチと光の揺らぐ暖炉の前に連れて行きます。

暖炉の前の椅子にタオルごと置いてやれば、自分でタオルをくいくいと広げて寝床を作った猫は、くるりと丸まって気持ちよさそうにのどを鳴らしました。

微笑んで番人がそれを見ていると、とてもとても控えめな音で書庫の扉が叩かれました。雨の音に紛れてしまうようなそれに小さく笑って机のタオルを手に取り番人は扉に向かいます。

ドアノブを回し扉を開けば、髪を濡らした番人と同じくらいの青年が立っていました。

「こんばんは」

小さな声で挨拶をする青年に、番人もこんばんはと返し、手にしていたタオルを渡します。

ありがとう、と囁くようにお礼を言って、青年はタオルで雨に濡れた服と髪の毛を拭きました。

「雨なのにわざわざ来てくれてありがとね。どう

ぞ入って。」

季節が変わるからかな、僕の友達の具合が良くなくてね、診てあげてほしいんだ。そうだ、君の友達も来ているよ、そう話しながら番人は青年を暖炉まで連れて行きます。暖炉の前で気持ちよさそうに眠っている猫を見つけた青年はふわりと笑って、その頭を一つ撫でます。猫はにゃうと甘えたように頭をその手に擦り付けて、安心したのかうとうととまどろみ始めました。

眠る猫を起こさないようにと歩きながら番人が沢山持っている鍵の中から幾つかを選び大きな輪から外して手に取ります。手に取った鍵を番人がそっと撫でると小さな機械の小人達が彼の手の平に現れました。

青年は持っていた工具箱を置いて番人から小人達を受け取ります。

番人が窓近くに広げた小さめの絨毯に座りこみ膝に小人達を抱えた青年は、優しい手つきで番人の小さな友達の具合を診ては緩んだネジを締め、足りないパーツを補ってと手早く治していきます。

元気になった小人はぱちっと目を覚まし、「技師さんありがとう!」とおじぎをして、番人の元へと走っていきます。絨毯の草原に引っかかって転んだ小人を助け起こしながら、番人は嬉しそうに良かったと呟き小人の頭を撫でました。

しばらく撫でられているとやがて安心したのか小人がうとうとと船を漕ぎ始め、いつの間にか小さな鍵の姿に戻っています。一人ずつ、技師が治していく番人の友達はすっかり元気になって番人の元へと帰り、また夜の眠りにつくのです。

全員の修理を終えて、小人達が皆眠りにつくと小さく、絶え間なく鳴っていた工具の音も止んで部屋に静寂が訪れました。

「ありがとう。」

微笑んだ番人にいいえと技師が返して、また静けさが戻ります。

雨の向こう、少し薄くなった雲に朧な月が浮かびました。月が、と言葉を漏らした技師に、うん、綺麗だね、と番人も小さく呟くように言葉を繋げます。静かな夜に雨の音が響き、部屋を漂う沈黙は、不思議と心地よく二人を包むのでした。

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