第18話「殺人は自分勝手なもんだ」


「さっき言い忘れてたけど、カルマが力を奪われたこと自体が非公表だから、その件についても他言無用だよ」


 オルクスはそう前置きをしてから、カルマがネメシスに力を奪われた経緯を話し始めた。


「クロは知ってのとおり、カルマの力って昔はもっとあったんだ。それこそ、他の追随を許さないくらいに」


 スレイヤーの中でも群を抜きんでて秀でていたカルマは、他のスレイヤー達から尊敬と畏怖の視線を一身に受けていた。

 ただ一人を除いて。


「でもね、当時、カルマの力を認めないスレイヤーがいたんだ。表面上は決して出さなかったけどね」


 カルマは仕事をこなすスピードも速く、狩る数やそれによって得られるマナの数も比例して多かった。

 グリムリーパーやスレイヤーは現世に滞在すると生命力を削られる。それを補うのが生命力の源であるマナだ。

 つまり、保有するマナが多ければ多いほど、現世に滞在できる時間は長くなる。


「保有するマナが多い俺は、必然として現世に滞在できる時間が他の奴らより長い。アイツは現世に執着していたところはあるから、その点でも憎かったんだろうな」

「現世に執着って……」

「生前、多くの人を殺めて楽しんでいたんだ。現世で『切り裂きジャックの転生者』と名乗ってな」

「人を殺せばニュースにもなる。それを見て、周囲に自分の強さを知らしめている気になっていたみたい」


 そのニュースは、猟奇殺人として大きく扱われていたようだ。最も、ゼロが生きていた時代よりはずっと昔の上、何処の国で起こった事かは定かではないが。

 状況を想像したゼロは、自然と眉間に皺が寄るのを感じた。


「そんな、自分勝手な……」

「殺人は自分勝手なもんだ。自分の都合で相手の命を奪ったんだからな」

「そうだねぇ。まぁ、あの子は自尊心が特に高かったから、こっちに来て『最強』と謳われていたカルマに嫉妬していたんだよ」


 自己顕示欲が強く、また、命を奪うことに躊躇いがない。生きていた頃は遊び半分で命を奪っていた。

 それらの行いは生まれ変わっても影響を及ぼしかねないとして、彼はスレイヤーとなった。

 やがて、密かに……誰にも知られずにカルマに嫉妬していたスレイヤーは、カルマに勝つために力を求めた。古い文献を読み漁り、手っ取り早い方法が「魂を取り込むこと」と知ったのだ。

 オルクスの説明を聞いていたクロは、そのスレイヤーに対して嫌悪感を露わにしながら言う。


「もしかして、それでカルマの力を?」

「いや、このときはまだ盗られてなかったよ。最初に取り込まれたのは、グラッジになりかけのストレイやグラッジだったんだ」


 当時、グラッジ化の兆候があるストレイはすべてスレイヤーに回されるか、グリムリーパーに同行する形を取っていた。

 スレイヤーに狩られたグラッジは消滅するため、狩られた痕跡が残らない。

 彼はその点を利用して、自分の担当となったグラッジを取り込み、また、ストレイの場合はグリムリーパーを適当に撒いてから「グラッジに堕ちたから」と言って取り込んだ。


「勿論、ネメシスの存在は昔からあるから、その子も分かっていたはずだよ。いずれ、ネメシスによる罰が下る、と。けど、うまくやっていたのか、一向にネメシスは動かなかった」


 ネメシスは、あくまでもデスサイズによって狩られたストレイの存在を感知するだけだ。門をくぐることのないグラッジについては、消滅したことさえ分かればいい。

 そして、彼の欲求は力を求めるに留まらず、生前行っていた殺人を、生者を相手に行ったのだ。


「生きている人相手にって、それって掟を破ってますよね?」

「そう。だから、スレイヤーの場合はチョーカーが首を絞めつけ、強い電気が流れて激痛を招く。意識が飛ぶくらいにね」


 グリムリーパーやストレイ同様、既に死んでいるスレイヤーは「死」によっての苦痛からの脱出ができない。

 ただただ苦しいだけのその電流を避けて、ほとんどのスレイヤーはどれほど人を殺したいと思っても実行までは移さなかった。

 彼を除いては。


「ま、まさか……」

「そう。彼は、その電流さえも、人を殺したときの実感を味わえる快感へと変えていたんだ」

「……変態かよ」

「うーん、あながち間違いではないかな」


 ゼロとクロが引いているのを見て、オルクスは困ったように笑みを浮かべる。話をしているのがオルクスなので仕方がないが、視線を向けて引かれるとまるで自分が引かれているかのように感じてしまう。

 諦めたように小さく息を吐いた彼は、気にしないことにして話を進めた。


「でも、彼が生者に手を出したことでネメシスが察知して、断罪のためにスレイヤーを探し始めた。当時のオルクスも異変には気づいていたようだけど、如何せん、証拠がなくて動けなかったんだ」

「状況証拠なら十分だったんだがな」


 グラッジは消滅している。もし、取り込まれていたとしても、時間が経っていれば本人のマナと結びつくために証拠らしい証拠が何もないのだ。

 ただ、カルマが言ったように、不審点はいくつも目についていた。

 仕事の数は他と変わりないはずが、彼だけがやたらとマナを保有していたり、彼の力が増していたり。挙げ句、現世に行って帰ってきたとき、疲労を滲ませるどころかすっきりしたような顔をしていたこともある。

 オルクスとカルマはスレイヤーと多少は関わりがあったため、異変に気づいて報告もしていたが、それでも当時のオルクスはすぐに動かなかった。聞かされた理由は、「証拠が他になく、監視人であるネメシスすら動いていないから」だ。


「まぁ、そのネメシスが動いたってことで、当時のオルクスも漸く重い腰を上げてくれてね。スレイヤーを呼び出して問いつめたんだ。認めれば、オルクスが責任を持って処分するためにもね」


 ネメシスに処分を任せても良かったのだろうが、それでは当時のオルクスが「報告はあったのに、何故、もっと早く動かなかったのか」と責められる可能性もある。最も、ネメシスの後手に回っている時点で既に言われていたのだが。

 何かと面倒事を嫌う人だったなぁ、とオルクスは先代の長を思い浮かべる。そして、問題を起こしたスレイヤーがオルクスのもとにやって来たときのことも。


「僕とカルマがスレイヤーを連れて行って、何かあったときに対処できるよう部屋の外に控えていたんだ」

「え? オルクスさんも?」


 カルマはグリムリーパーやスレイヤーの中で最も強いため、呼ばれるのは容易に想像がつく。しかし、のんびりした雰囲気のオルクスは今一つ状況がしっくりこない。

 きょとんとするゼロに、オルクスは「僕、これでもカルマに次いで強かったんだよ」と苦笑を零した。

 思わぬ形でオルクスの実力を知ったゼロは驚きで言葉を失ってしまったが、そもそも、オルクスはグリムリーパー達の長でもある。実力があって当然といえば当然だ。


「呼び出しに応じたアイツは、案の定、長をも喰らって力にした。俺やマーレイン……オルクスが止めに入ったときは、もう手遅れだったんだ」

「ははっ。久しぶりにその名で呼ばれたなぁ」


 オルクスになれば、以前の名前は捨てるような形になる。ただ、記憶から抜けることはないため、カルマのようにはっきりと覚えている人は僅かながらいるのだ。

 何度も呼ばれるわけにはいかないため、オルクスは三人に「以前の名前は、忘れろとまでは言わないけど、できればもう口にはしないでね」と釘を刺してから話を続けようと話の内容を思い返す。


「……ええと、なんの話だっけ?」

「当時のオルクスのもとにアイツが行って、俺とお前が外で見張ってたけど長が喰われたってところまで」

「ああ、そうそう。ありがとう。……それで、当時のオルクスの力を手に入れたスレイヤーは、実質カルマより強いはずだった」


 しかし、スレイヤーは手に入れた大きな力をうまく扱えず、何度も激戦をくぐり抜けてきたカルマの前では宝の持ち腐れとなっていた。だというのに、彼は抗う姿勢を崩さなかった。

 暴走状態に近いスレイヤーを何とか抑えようと応戦。だが、オルクスもといマーレインが深手を負い、それを狙ったスレイヤーの攻撃からカルマが庇おうと間に飛び込んだ。

 振り抜かれたデスサイズがカルマの体を掠め、それによってカルマの力の一部が奪われてしまった。


「カルマの力が一部しか奪われなかったのは、ちゃんとカルマが斬られてなかったこともあるだろうけど、相手が受け入れきれなかったのもあると思うんだ」

「だろうな。当時のオルクスを取り込んだ時点で力に振り回されてんなら、もう許容量はオーバーだ」

「そう。現に、彼の体は一部が砕けた」


 力に耐えきれず、崩壊していく体。

 そのまま消滅すればまだ良かったのだろうが、偶然にもそこに現れたのがネメシスだ。

 空間を切るように宙に縦線が入り、そこから左右に広げられた中から出てきたネメシスは、目元を黒い布で覆っているにも関わらず、しっかりとスレイヤーを認識していた様子だった。雪のように白い肌と長い髪、神父を連想させる黒い服を身に纏っており、長い袖は指先が少し見える程度だ。

 顔がはっきりと見えないことや、女性らしい膨らみも、男性のように肩幅があるわけでもなかったため、性別は定かではない。


「ネメシスは門を出現させ、彼を回収するつもりだった」


 開かれた門の向こうは、転生の門と同じく濃い紫の霧に包まれていた。

 突然のことに愕然とするマーレインとカルマの目の前で、門の奥から黒い布がいくつも飛び出し、スレイヤーの腕や足、首に巻き付いて拘束。そのまま引きずって門の奥に連れて行こうとしたとき、スレイヤーが悪足掻きをした。


「デスサイズを最後まで離さなかったのもあるんだろうけど、ネメシスが範囲に入ったところで、彼はネメシスを斬ったんだ」


 ネメシスは武器という武器を持たない。そのため、ネメシス自身がデスサイズを防ぐことができず、重傷を負っていたマーレインや力を奪われて一時的に動けなかったカルマも何もできなかった。

 ただ、スレイヤーは力を得すぎて体が崩壊している途中だ。そこにネメシスの力も加われば、ただ自滅を招くだけだと誰もが思った。

 しかし、不敵に笑んだスレイヤーが何かを呟いた瞬間、スレイヤーの肉体が砕け散り、黒い靄に変わって斬ったネメシスを包み込んだ。


「その結果、スレイヤーはネメシスと混ざり、外見はカルマの力があったことや執念からか、カルマと酷似したものになったんだ」

「さすがに不気味過ぎてな。無理やり俺が動いて首を斬ったが、アイツは体を靄に変えて何処かに消えたんだ」


 ネメシスの出現だけでも騒然としたアンダーテイカーだったが、それに加え、当時のオルクスが消滅したことで冥界全体が混乱に陥った。

 事を治めるため、表向きとしては、「スレイヤーの一人が反逆し、居合わせたカルマとマーレインがスレイヤーを討伐した」としている。そして、オルクスに相応しい力量を持っていることや討伐に関わったこともあって、マーレインが次のオルクスとなった。

 表面上は冥界に平穏が戻ったものの、その裏ではオルクスとなったマーレインとカルマによるネメシスの捜索がずっと行われていたのだ。

 すべてを話し終えたオルクスは、一息吐いてから感心したように言った。


「それにしても、あんな術、よく見つけたよねぇ。僕もいろいろと文献を読み漁ったけど、もう消してしまったのか持ち出されたままなのか、未だに見たことがないから」

「同じことが起きなければそれでいい」

「まあね」


 さらりと出されたが、ゼロはオルクスの部屋に本が多い理由が分かった気がした。

 恐らく、同じことが起きないよう、残っているなら処分するため、また、奪われたカルマの力を取り戻す方法がないかを探しているのだろう。

 視線を落としていたゼロを見て、オルクスが「ごめんね」と謝った。

 何の謝罪なのか、とオルクスへと視線を向ければ、彼は申し訳なさそうに言葉を続けた。


「あの凶行を無理やりでも止めていれば……せめて、ネメシスをもっと早く捕まえていれば、君が死ぬことはきっとなかった。それに、シルキーも」

「シルキー?」

「……これは、本人から直接聞くのがいいんだろうけどね。彼女もネメシスを探しているんだ」


 彼女の死にも、ネメシスが関わっているのか。

 困ったように笑みを浮かべたオルクスは、先に話していたことを再び出した。


「ネメシスがスレイヤーだったときに、生者を殺したって言ったでしょう?」

「はい……」


 それだけで、おおよその見当がついてしまった。

 以前、彼女がゼロの生前……正確には、死んだ瞬間に興味を持っていたことも合点がいく。


「彼女とその家族は、ネメシスによって殺されたからね」



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