第17話「『コレ』が証拠にはならないかな?」


 ゼロの発言を聞いたオルクスとクロが、驚いたようにカルマを見る。

 しかし、当の本人は眉間に皺を寄せると、首を左右に振って「知らない」と返した。


「それ……間違いないのかい?」

「は、はい。顔は同じです。ただ、声はもっと高かった気がするんですけど……」

「何?」

「っ!」


 カルマから苛立ちにも似た声が上がり、思わず肩が跳ねた。

 確かに、身に覚えのない彼からすれば気に障ることは言ったかもしれない。だが、今の言葉はゼロに対するものというより、ゼロを殺したのが誰か気づいた上でその人に苛立っているようだった。


「そいつ、首に傷はあったか?」

「傷……あ。ありました。横一直線に、斬られたみたいな傷、がっ!?」

「何処で会った」


 記憶を振り返り、言われてみれば、生前に会ったカルマらしき少年は首に傷があったと思い出す。さらに、身長もカルマのほうがずっと高いことも。あの少年はゼロと同じぐらいか、少し低いくらいだった。

 言ったと同時に、険しい表情のカルマがゼロの胸倉を掴んだ。

 気道が絞まって苦しいが、答えないと今にも殺されそうな雰囲気を纏っている。


「お、ぼえ、て、ませ、ん……!」

「カルマ。離してあげて」

「……ちっ」


 堅い表情のオルクスに制され、カルマは渋々ゼロから手を離した。

 クロは口を挟まずに場を静観している。しかし、カルマが凶行に走らないよう、グリムリーパーの掟を守るためにもペンダントに手は当てていた。何かあれば、デスサイズへと変形させて止める気だ。

 咽せるゼロに歩み寄ったオルクスは、申し訳なさそうに眉尻を下げながら言った。


「ごめんね、ゼロ君。彼、ちょっといろいろとあってね。ちなみに、別人だっていうのは僕も保証するし、『コレ』が証拠にはならないかな?」

「げほっ……。……あ、あれ? 傷が……」


 突然、オルクスがカルマのマフラーを掴んで下げさせ、隠れていた首を露わにさせた。黒いチョーカーが目に入ったが、それもオルクスがきちんとずらして。

 まだ咽せながらもそれを見たゼロは、記憶とは異なる傷一つない首に言葉が続かなかった。


「死んだから治った、とかっていうのじゃないよ。シルキーみたく髪や目の色がマナに反応して変わっちゃう子もいるけど、傷跡は治らず残るからね」


 生きていた頃を忘れないためにも、ね。

 ゼロが思いつくであろう可能性を先に潰したオルクスは、治療中のシルキーを思い浮かべて少し悲しげにそう付け足した。

 それならば尚更、同じ顔立ちなのが理解できない。声こそ違うものの、他人の空似にしては似すぎている。


「兄弟か何か、なんですか……?」

「赤の他人だ。一緒にするな」

「ご、ごめんなさい」


 地雷だったようだ。

 カルマにまたしても睨まれたゼロは、少し後退りをして両手を前に小さく挙げ、降参の意を示す。

 オルクスは、今にも飛び出さんばかりの雰囲気のカルマを視界の隅に置きながら訊ねる。


「ゼロ君を突き落としたっていう人は、ビルの屋上にいたんだね?」

「は、はい」


 ゼロを突き落としたのがあの少年だ。状況から考えても、「いた」と頷いても間違いではない。

 すると、カルマは引き下げられていたマフラーを元の位置に正しながら部屋を出ようと踏み出した。

 意外にもそれを素早く止めたのは、のんびりした雰囲気の印象が強いオルクスだった。


「待って。何処に行く気だい?」

「コイツの死んだ場所だ」

「ここと向こうの時間の流れは違うんだよ。今行っても、もう痕跡すら残っていないだろう」

「……くそっ」


 悔しそうに吐き捨てたカルマは、長い間その少年を探しているのだろう。

 重い空気が部屋を満たす中、ゼロは何故、カルマがそこまで少年を探し求めているのか気になった。ただ、聞いてもいいものかと言葉は口から出てこないが。

 真っ先に沈黙を破ったのは、静観していたクロだ。


「なぁ。何があったか、せめてコイツには聞かせてやってもいいんじゃないか?」

「え……」

「…………」

「ゼロはカルマの探してる奴に殺されてんだ。何を思ってゼロを殺したかは知らないが、どう考えたって冥界こっちの問題に巻き込まれてるだろ」


 クロは静観した結果、導き出した考えを口にした。

 カルマやオルクスが探しているということは、生者である可能性は低い。グラッジかグリムリーパーか、スレイヤーか。いずれにせよ、死者の成れの果てだ。

 グラッジは生者に害を為す存在のため、スレイヤーが狩る対象だが、グリムリーパーやスレイヤーの場合でも生者の命を奪うのはタブーとされている。

 つまり、ゼロの死にはグリムリーパー達には公にされていない、大きな問題があるはずだ。

 オルクスとカルマは互いに顔を見合わせて言葉に詰まる。何と説明すればいいのか、迷っているようにも見えた。

 やがて、重たい口を開いたのはカルマだ。


「俺は、奴を見つけないといけない。俺の力の一部を奪った、奴を」

「カルマさんの力を奪った……?」


 嘘を言っているようには見えないが、別のグリムリーパーの力を得ることができるのかと怪訝に見てしまう。

 クロも初耳なのか、ゼロと同じく眉間に皺を刻んでいた。


「どういうことだ。スレイヤーが力を奪われるなんてこと、今までなかっただろ」

「前代未聞の出来事は起こらないものじゃない。ゼロ君の件も前例にはなかったんだから」

「けど、仮にも最強と謳われるスレイヤーだぞ? それに、仕事はいつもどおりやっていたはずだ」

「公言していないのは、グリムリーパーやスレイヤー達に余計な不安を与えたくないからだよ。バレないように仕事を調整したり、カルマには普段どおり過ごしてもらったりしてね」


 幸い、奪われた力は一部だけであり、数さえ調整すれば仕事を遂行する分にはあまり問題はなかった。カルマからすれば、本来の力を発揮できないもどかしさはあっただろうが。

 一体、誰がカルマの力を奪ったんだ、と視線だけで問うクロに、オルクスは一呼吸置いてから告げた。


「カルマの力を奪ったのは、『ネメシス』だよ。クロは分かるよね?」

「……まぁ、一応は」

「あー……一応、ね。そうしたら、ゼロ君のためにも改めて説明しようか」


 ぎこちなく笑うオルクスの表情から、恐らく、ネメシスについてはグリムリーパーならば知っておくべきことのようだ。クロは気にした素振りも見せないが。

 窘めることもせず、オルクスはネメシスについて話しはじめた。


「まず、答えから言うと、ネメシスっていうのは僕達グリムリーパーの“監視役”であり、“断罪人”なんだ」

「監視役……」

「そう。グリムリーパーはストレイを回収し、スレイヤーはグラッジを狩る。けれど、死者であるグリムリーパーやスレイヤーは、誰かが回収することはないし、もし掟を破っても罰する者がいなかった」


 そこでオルクスはクロを見て、「シルキーとクロは、よく互いに『殺す』だのなんだのと口論になってるけど、本当はできないんだよ」と、普段のシルキーとクロの様子を例に出した。

 オルクスが言った掟は、いつからかは定かではないが、いつの間にか自然とグリムリーパー達の間に浸透している。だからこそ、万が一、グリムリーパーやスレイヤーが掟を破ったとしても、誰かが罰することはできなかった。

 最初こそそれでも問題はなかったのだが、時代が進むにつれて現世が変わっていくように、冥界も変化してきた。その中で、掟を破る者が少なからず現れはじめたのだ。


「――回収した魂を取り込んで自分の力にしちゃったり、他人が回収するはずだったストレイを横取りしてマナを多く得ようとしたり、いろいろとね」


 元々、グリムリーパーやスレイヤーは、未練が来世にも影響を及ぼしかねないほどに強かった者がなることが多い。

 掟破りは、グリムリーパーとして過ごす中で不満が爆発して起こるストレス発散、もしくは、誰よりも上に立ちたいという自己中心的な行動によるものだった。


「困った当時のオルクスは、彼らを取り締まることができる存在を創り出したんだ。自らの命と引き換えに、次代の『オルクス』に与え、さらにもう一人ね」

「オルクスさんって、一人じゃないんですか?」

「うん。名前みたいに呼ばれているけど、『オルクス』っていうのは『グリムリーパーの長』っていう肩書きみたいなものだからね。元々は別の名前があったよ」


 名前は『モノ』の存在を縛る。記憶と名を忘れ、存在が曖昧になりかけたゼロに知るキーが名前をつけて安定させたように。それが二つもあれば存在はより堅固にはなるが、逆に動きを制されやすくなってしまう。

 長が動きを制されれば非常事態に困る可能性が出るため、オルクスになる者は元の名を捨て、「オルクス」という肩書きだけになるのだ。

 こちらで初めて得たものを失うのは寂しい気もするが、「オルクス」という肩書きと名前とで二重に縛られるよりはいい。


「それで、話を元に戻して……あれ? どこまで話したかな?」

「ネメシスが監視役であり、断罪人だっていうのは分かりました」

「ああ、そうそう。でね、普段、ネメシスは転生の門の奥深くにいるんだ。そして、転生すべきストレイが何らかの理由によって消滅したとき、門から出て対象のグリムリーパーを断罪する」


 転生の門にはケルベロスもいるため、中には「ネメシスの正体がケルベロスなのでは?」と疑う者もいる。最も、ケルベロスは門をくぐる資格がない者が門をくぐらないように見張っている存在なので、ネメシスとは役割が異なるのだが。


「でも、門の奥にいるなら、掟っていうのを破っても分からないんじゃ……」

「僕らの持つこのランタンは、ネメシスと繋がっているからね。全てのグリムリーパーやスレイヤーを知る長だからこそ成せる技、といったところかな」


 例えば、生者を殺めたとしても、グリムリーパーやスレイヤーはデスサイズでしか関与できないため、必然と刃は生者の肉体を通る。同族を手に掛けた場合でも同様だ。回収した魂を取り込んで自身の力に変えることもできるにはできるが、ランタンに入ってしまえばそれもネメシスに伝わるため、門を通らなければ何かがあったと分かる。

 ネメシスの存在が生まれてから、一部のグリムリーパー達が起こしていた不正問題は収束した。

 だが、今度はそのネメシスが問題を起こしているのだ。


「そんな役割の人が、どうしてカルマさんの力を……?」

「……オルクス」


 ゼロの問いは、どうやら、内密になっている部分に触れてしまったらしい。

 許可を求めるようにオルクスを見たカルマの視線を受け、目を閉じて黙考していたオルクスは、やがて決心したようにゼロを真っ直ぐに見据えた。


「そうだね。クロが言ったように、彼は巻き込まれてしまった元生者だ。ここから先のことも知る権利はある。ただ――」


 すっと目を細めたオルクスには、初めて見たときの穏やかな雰囲気はない。

 鋭く、冷たい視線を受けた瞬間、ゼロの背筋を氷塊が滑り落ちたかのようにぞっとした。


「この事は口外を禁止する。いいね?」

「……分かりました」




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