第14話「自分の感情は自分だけのもんだ」


「あー、つっかれ……うおっ!?」


 報告とオルクスとの話を終えて部屋に戻ったクロは、気配を感じなかった室内でベッドの上で膝を抱えるゼロに驚いた。

 グリムリーパーの中でも、動物のグリムリーパーは特に気配に敏感だ。それでも気づけないのは、相手の気配が元々薄かったか、気配を消すのに秀でているか。今回は前者だ。

 鼓動が速くなった心臓を抑えつつ、クロは室内に入って扉を閉める。

 ゼロは視線を寄越そうとはしない。

 思い詰めたように床を見つめる彼を見て、グリムリーパーとしての本能が注意するように言っている。

 これは空気を変えるしかない。


「びっくりした。寿命が縮んだかと思ったぜ」

「うん……」


 「そこ頷くなよ」とツッコミそうになったが、どうやら茶化して空気を和ませるより話を聞いたほうが良さそうだ。

 クロはゼロのベッドの端に腰掛け、様子を慎重に窺いながら訊ねる。粗方の予想はついているが。


「ホールで何かあったのか?」

「…………」

「アイツはまだ治療だけど、心配なら様子見てくればいいだろ」


 シルキーの件についてはクロも聞いている。治療が問題なく進んでいることも。

 回収しようとしたストレイがグラッジ化し、グリムリーパーが負傷するのはたまに起こる事だ。今までも、シルキーやクロは何度かその場面に遭遇している。

 初めて目にすれば不安にもなるだろうが、心配なら見に行けばいいだけの話だ。


「そう、なんだけど……俺が探してたグリムリーパーが、シルキーだったんだ」

「なるほどな。お早い発見おめでとう」


 軽い口調で言い、小さく息を吐く。

 ゼロはグリムリーパーに対してもう恨みはないと言っていた。ならば、何をそこまで気にすることがあるのか。面識のあるグリムリーパーだっただけ、まだ良かったのではないのか?

 もしや、「やっぱり、本人を見たら憎しみが出てきた」とは言わないだろうなと思いつつ、それならば気持ちは軽くしてやるべきか、と今度は茶化すように言う。


「あのクソアマに文句言いに行くってんなら、喜んで手伝うぜ」

「いや、さっきも言ったけど、もう恨みとかはないんだ。知ってたとしても、生前のことを話せないっていうルールがあるって思ったら、言えなかったんだろうし……」


 今思えば、シルキーは何度かゼロを窺うように見ていたことがあった。あれは、ゼロが自分に敵意を向けていないか、思い出してグラッジにならないか様子を見ていたのだろう。本人がいない今、その真意は不明だが。

 しかし、ルール上、仕方がないとはいえ、ずっと行動を共にしていたのに気づけなかった自分が嫌になる。


「シルキーの回収は見たし、白いグリムリーパーってなれば真っ先に彼女が浮かんで当然なのに、よくここまで気づかなかったよな」

「ランタンで薄まってるんだから、思い出せただけでも奇跡だろ」


 自嘲気味に言うゼロに、クロはどう言葉を掛けたら良いものかと思考を巡らせる。

 思い出せなかった未練を思い出せて、恨みもないのならそれでいいのではないのか。

 クロは、人間は面倒な生き物だな、と小さく息を吐いてから、オルクスと話したことを伝える。


「さっき、オルクスのとこ行ってきただろ」

「うん」

「そのとき、オルクスがなんでアイツにお前を預けたかの理由も聞いてきたんだ」

「シルキーが俺の担当だからじゃなくて?」

「それもあるけど……。ほら、オルクスはお前の記憶を視ただろ?」


 ランタンで薄れていたとしても、オルクスならば視える生前の記憶。となると、彼はゼロがグリムリーパーを探していたことを視た可能性がある。

 そして、本人に確認したところ、クロの読みは当たった。ただ、読み取ったあの場で伝えることは、やはりルールを鑑みればできない上、グリムリーパーの仕事を理解していない状態では恨みを思い出させるだけだ。そのため、遠回りではあるが、シルキーの仕事を見せることでグリムリーパーについて理解を得ようと思った。

 彼がやっていたことを知ったクロは、大きく息を吐いて言う。


「探しているのがアイツだってことは聞いたが、オルクスも大胆な選択を取ったよな。片やストレイの母親を回収したグリムリーパー、片や母親を殺されたと思ってグリムリーパーを探していたストレイだぜ?」

「最初から、オルクスには視えていたんだな」

「一応な。ついでに、過去にあった通告がお前とアイツの件だったことも教えてもらった」

「通告?」


 当然ながら、冥界でのことは生者であったゼロに分かるはずもない。

 首を傾げるゼロに、クロはかつてのシルキーの仕事を思い返しながら説明した。


「アイツ、前はストレイの回収はすげー早かったんだ。それこそ、回収しても問題ない未練だと判断したストレイに関しては、死んだ瞬間に回収するくらいには」

「え?」


 ゼロがシルキーの回収を見たとき、ほとんどのストレイが未練を解消してから回収されていた。中には、「来世で頑張ってね」と告げてから回収することもあったが、話は聞いてからだ。

 それが、以前は異なっていた。


「でも、ある日、アイツが生者に目撃されたって情報が匿名で入ってな。それで、今後の対策として、『死亡と同時に回収はしないように』って通告があったらしい」

「らしいって」

「俺はそんな通告覚えてないからな」

「どや顔で言うことじゃないと思う」


 出された通告を見ていなくて大丈夫なのか。

 それが顔に出たのか、クロは「俺は動物相手だから、すぐ回収になるようなことが少ないんだよ」と人間との違いを説明してくれた。


「早い回収はグラッジ化を防げるから悪いことじゃないが、血縁者が近くにいた場合、視られる可能性があるんだと」

「なんで?」

「回収は、単に魂を現世と切り離すだけじゃない。デスサイズに吸収しやすいよう、自分のマナを多く放出して同調させるんだ。で、魂ってのは血縁者でよく似た質を持つから、必然と死者の血縁者とも近くなる」


 同調によって存在が近くなれば、今まで目に映らなかった存在も視えてしまう。結果、ゼロのように回収を目撃されてしまう可能性が出る。そのときしか視えなかったのは、回収が終われば同調を解くからだ。

 また、回収が早いからこそ起こる懸念もあった。


「あと、リストでは読み取りにくい強い未練があった場合、お前みたく門の直前で『はい、ダメー』みたいなこともあり得る」

「そうなったら、俺みたいにオルクスに見てもらって解消に行くのか?」

「前例はなかったが、まぁ、そうなるだろうな」

「なんか、耳が痛い言葉が聞こえた気がする」


 確かに、前例がないとは聞いていたが、クロまでも言うのであれば、本当に今まではいなかったようだ。

 ゼロがいかにレアケースなのか、改めて思い知らされてしまった。


「何にせよ、お前の件があってから、アイツは随分変わったよ」

「そうなんだ。俺のときは……あれ? どうだったかな……」

「ランタンで薄まってるから覚えてないだろ」

「あ、そうか」


 自分が死んだときを思い出そうにも、ビルから落ちた記憶はあるが、光景が暗転した次は既に門の前に移っている。それもランタンによる効果のようだ。

 ゼロは深い溜め息を吐き、漸く思い出せた死の瞬間に身震いした。


「俺、母親をグリムリーパーに殺されたと思い込んだとはいえ、グリムリーパーを探すために死ぬなんて、なかなかやらないよなぁ……」


 高いビルから自分の意思で落ちるのは、正気ではできないことだ。

 今、思い出しても足が震える。そうまでして探したかったのか、と逆に生前の自分に感心してしまった。

 ゼロは、クロなら「確かにな」と鼻で笑い飛ばしそうだと思って言ったが、視線を向けたクロは予想に反して苦い顔をしていた。


「お前の中で母親がどれだけ占めてるかなんて知らないし、そもそも自殺について俺に聞くな」

「クロは自殺とかじゃなかったのか?」


 グリムリーパーには比較的、自殺者が多いとシルキーが言っていた。必ずしもそうではないとも。

 クロは自殺ではないグリムリーパーだったか、と自身の発言を後悔しつつ問えば、彼はどこか苛立った様子で返した。


「自分の都合で命捨てる人間と一緒にすんな。基本的に、人間以外の動物は自殺しねぇからな」

「じゃあ、なんでグリムリーパーに?」

「俺の飼い主は、殺されてグラッジになったんだ」

「え……?」


 何故、クロの死に飼い主の死が出るのか。

 クロは、きょとんとするゼロに話を続ける。生前の記憶を思い浮かべながら。


「俺が物音に気づいて目を覚ましたら、飼い主が刺されて死んでた」

「なっ……!」

「でも、そんときの俺にはよく分からなくて、必死に鳴いて呼んでも、飼い主の顔にすり寄っても反応がないのが不思議だった」


 初めて目にした光景に、生前のクロは何が起こっているのか理解できず、飼い主の周りをうろうろするだけだった。外に出ようにも、何故か閉められていた窓は、猫の手では開けられない。

 そして、数時間ほどが経ったとき、部屋の片隅に飼い主が立っていた。ただ、体は部屋の真ん中辺りに転がったままで、最初は飼い主が二人に分かれたことに驚いたものだ。


「グラッジになった飼い主は、ずっと何かを呟いてた。それで、俺が呼び掛ける前に何処かに消えたんだ」


 残されたクロは、とにかく飼い主を追いかけなければ、と家の外に向かって鳴き続けた。誰かが来てくれることを願って。

 しかし、家の周りに民家が少ないこと、あったとしても距離が開いていたために気づかれることはなく、ただ日にちだけが経過した。


「勿論、生きてるから腹は減るし、喉は乾くし、飼い主は……まぁ、想像に任せるが、今思えば最悪な最期だったな」


 今でも夢に見る。臭いもはっきりと思い出せるほどに。

 誰かに助け出されることなく餓死したクロは、回収に来たグリムリーパーに飼い主のことを訊ねた。

 「飼い主は何故、起きないのか」と。


「回収してくれたグリムリーパーは、『殺されたからだ』って言ってな。そのとき、俺の中で飼い主を殺した奴への恨みが募って、グリムリーパーのおかげでグラッジにこそならなかったが、転生はできなくなった」

「……その犯人は、捕まったのか?」

「さあな。ただ、随分と時間は経ったから、もう死んでるのは間違いないだろうけど」


 現世と冥界で流れる時間の速度は異なる。

 クロが当時からの時間をざっと計算して言うも、あっさりとした言い方にゼロは難しい顔をした。


「あっさり言うんだな」

「『あっさり』、ねぇ……。そう聞こえてんなら、俺の言いたいことも分かるだろ」

「え?」


 まるで、もう恨みは残っていないかのような雰囲気だったクロだが、どうやら違っていたらしい。

 ゼロを真っ直ぐに見据えたクロは、とても辛そうな表情をしていた。


「自分の感情は自分だけのもんだ。だから、『母親の仇に会うために死ぬなんて』って、安易に生前のテメェを馬鹿にすんなよ」


 それは、クロには今も犯人への恨みが残っているのだと、ひしひしと感じた言葉だった。




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