第13話「探していた死神って――」


「あー……ちょっと待て。一旦、冥界に戻るぞ」


 戸惑いを隠し切れていないクロの一言に、ゼロは頷いて素直に冥界へと帰った。そして、犬のストレイに転生の門をくぐってもらってから部屋に戻る。

 終始難しい顔をしていたクロに反し、思い出せたゼロはすっきりした表情だった。

 ベッドに腰掛けたクロは、ランタンから取り出したマナを口にする。力を消費しているグリムリーパーにとって、マナの摂取は疲れを取る一番の手段だ。

 しかし、未練を思い出したというゼロのことを考えれば、取れるはずの疲れも取れていない気がする。

 深刻な面持ちのクロを見て、彼に歩み寄ったゼロは眉間に皺を寄せた。


「大丈夫か? 顔色悪いぞ」

「いや、俺の心配よりお前だよ。あの状況の後で思い出したってことは、復讐心がお前にもあるってことだろ?」


 それも、グリムリーパーに対する復讐心だ。

 グリムリーパーであるクロを前に平然としているゼロだが、恨みが募ることはないのかと不安になる。それでも部屋に連れ帰ったのは、彼を不特定多数のグリムリーパーに

会わせることのほうが恐ろしいからだ。

 基本的にグリムリーパーは死なない。クロと相部屋だったグリムリーパーは消滅したが、それはたまに起こることだ。つまり、ゼロが復讐したいというグリムリーパーに会う可能性は十分にある。

 ゼロは落ち着かない様子のクロを見てから、ゆっくりとベランダへと視線を移した。


「復讐心か……。うん。あったんだろうな」


 まるで他人事のように言うゼロは、悲しげに笑みを浮かべる。

 母親をグリムリーパーに殺され、そのグリムリーパーを探していたと言っていたゼロだが、生前に何があったのだろうか。

 そもそも、ストレイならばともかく、グリムリーパーが生者に視認されることはほぼないはずだ。所謂、「霊感」がある人に関しては視える瞬間もあるようだが、視られないようグリムリーパー自身がマナを使って姿を隠している。

 しかし、ゼロは目撃したからこそ、グリムリーパーという存在を認識し、復讐しようと探していたのだ。

 ゼロの生前に興味を抱いたクロは、不安などどこかに消し飛ばして訊ねる。


「なぁ、ゼロ。母親が殺されたときのこと、思い出せるか?」

「少しだけど、白い死神……グリムリーパーが、母さんにぶつかったトラックに重なって視えたんだ。あのときは、トラックが突っ込んだのは、グリムリーパーがそうなるように仕向けたんだって思って……」

「なるほど。それで殺されたって思い込んだわけか。まぁ、現世での死神といえば、命を奪うっていうイメージが強いからな」


 大きな鎌を持ち、死の瞬間に現れた者。瞬間的なものでも、視てしまえば死神だと思うだろう。

 自身のベッドに座ったゼロは、思い出した記憶をぽつりぽつりと話しはじめた。


「俺、母子家庭ってやつだったんだ。高校を卒業したらすぐに働こうと思ったけど、『どうせなら、もっと知識という力をつけて親孝行してよ』って言われて、大学まで行かせてもらえたんだ」


 苦労を掛けているのは、一緒に暮らしていれば自然と分かった。それでも、ゼロに対して弱音を吐くことなくひたすら頑張って働いていた母に、必ず恩返しをしたいと思っていた。

 バイトをしながらも毎日勉強に励み、漸く大学を卒業して就職も決まり、これからだというときに、母は目の前で亡くなったのだ。


「死神を探して駆け回ってたけど、やっぱり視えたのは偶然だったのか全然見つからなくて、それで、俺も死んだら探せるんじゃないかって思って……」


 最期に見渡した町の景色が浮かぶ。当然のことながら、人一人が死んでも町の生活が変わることはない。しかし、親戚などもいないゼロからすれば、大事な人を失った世界だ。

 ビルの縁を蹴ったときの自分は、どんな気持ちだったのだろうか。

 目を瞑れば、どんどん遠ざかる青空が浮かんだ。そして、身を捻って下を見たことによる、近づくコンクリートの灰色が。

 落ちた瞬間は仰向けだったのだろうか。不自然な態勢に違和感が残るが、気にしたところで何の解決にもならないが。

 最期の光景が真っ暗になったのは、恐怖から目を閉じたからか、命を落としたからなのかは分からない。


「けど、ここでシルキーやクロのやってることを見たら、グリムリーパーが命を奪っているわけじゃないって分かったから、今は恨む気持ちはない……かな」


 転生を阻むほどの恨みだったはずだが、これも真実を見てきたからだろう。恨みがあったという気持ちが、今は他人のもののように感じる。

 それでも、生前を思い出した今、気になることはできた。


「まぁ、あのグリムリーパーに会って、ちゃんと母さんが転生の門をくぐれたかは知りたいけど」

「…………」

「クロ?」


 話の区切りが見えたことでクロに視線を戻せば、彼は何かを考え込んでいるようだった。ベッドの上で胡座をかきながら膝に肘をつき、手を口もとに当てている。

 何かおかしな事でもあったのかと疑問に思いながら呼びかければ、案外、すぐに返事があった。


「ん? ああ、いや、すまん。考え事してた」

「クロが?」

「馬鹿にしてんのかテメェ」

「い、いや、そうじゃなくって!」


 予想外の返答につい驚いてしまった。

 途端に眉間に皺を寄せたクロに対し、ゼロは宥めようと両手を小さく挙げる。そして、発言の理由を必死に考える。


「クロって、物事に対して悟ってるようなところがあるから、わざわざ考えることもあるんだなーって」

「そ、そうか? まぁ、俺は状況を冷静に見てるから、他の奴らより気づきやすいんだよ」

(ちょろい……)

「失礼なこと思っただろ」

「ううん全然」


 苦しい言い訳になったかと思いきや、満更でもない様子だ。こんな簡単に機嫌を治せるのか、といっそ感心すら抱いてしまう。

 内心を読んだかの如く目を細めたクロには首を左右に振った。そして、「ちょっと風にでも当たろうかな」とベランダへと逃げた。

 クロはそれ以上、ゼロの生前について追究はせず、ベランダに出た彼の背中を見てまた考え込む。


(おかしい。コイツの言うことが本当なら、死因は『転落死』じゃなくて『飛び降り自殺』だ。せめて、自殺の表記はあって当然だけど、それをシルキーが見落とすはずもない)


 自殺者は未練が強いことが多い。そのため、念入りに観察をしてから回収をしなければならず、死因を確認するのはグリムリーパーの基本でもある。また、未練の有無で仕分けのグリムリーパーが誤ることはあっても、確認が取れる死因を誤った事例など聞いた試しがない。


(そもそも、オルクスが直々に視てんだ。自殺だったなら、あのとき……ん? もしかして、オルクスがシルキーにゼロを連れて回るように言ったのって、ゼロがグリムリーパーを誤解しているっていう生前の記憶を視たからか?)


 生前の記憶をグリムリーパーが直接伝えるのは基本的にはタブーだ。だからこそ、オルクスは回りくどい手段だがシルキーの回収を見せたのかもしれない。

 ただ、ゼロが生前を思い出した今、死因に関して不審な点が出た。記憶を取り戻したことを含め、一度、オルクスに相談したほうがいいだろう。

 そうと決まれば動くのみだ。

 クロは、ベランダに出て外を眺めるゼロに呼び掛ける。


「ゼロ」

「んー?」

「お前が思い出したことを報告するついでに、ちょっとオルクスの所に行ってくる」

「あ。じゃあ、俺も」

「……いや、お前はいいよ」

「けど、俺のことだし……」


 ベランダから室内に戻ってきたゼロに、何と言って断るか言葉に迷った。

 変な間が空いてしまったが、そこについてゼロが気にした様子はない。

 確かに、思い出した本人を連れて行くのが普通の流れだろう。しかし、下手に不安を与えたくない以上、彼にクロが不審に思った点を聞かれるわけにはいかない。


「奥の塔は、グリムリーパー以外は入れないんだよ。さっき入れたのは、担当者であるアイツがいたからだ」

「マジか」

「おう。マジだ、マジ」


 真っ赤な嘘だ。

 だが、他のグリムリーパーと話したことがないはずのゼロが誰かに聞くことはないだろう。オルクスも仕事の多さから、滅多に部屋から出ない。発覚するとすればシルキーからか。

 そもそも、冥界にはグリムリーパーか、ケルベロスや無色くんのような冥界生物しかいないため、誰でも入れるかどうかは確認しにくいのだが。

 素直にクロの言葉を信じたゼロは、難しい顔をして悩んでいる様子だ。


「あんまりシルキーに手間を掛けさせるのもなぁ……」

「ま、どっちにしろ、アイツがいなきゃ転生の門も開けないんだし、大人しく待っててやれよ」

「え? けど、クロもさっき、門にストレイを送ってたよな?」


 回収した犬のストレイを送ったのはゼロも見ている。

 ランタンから解放された犬のストレイはすっかり大人しくなっており、ゼロやクロを不思議そうに見つめた後、吸い込まれるように門をくぐった。

 紫の靄の向こうに姿が隠れた頃、漆黒の門は鈍い音を立てながらゆっくりと閉ざされた。

 クロでも問題なくストレイを送れているはずだが、何か問題があるのか。

 すると、クロは真実であるからこそ、すんなりとその理由を口にした。


「俺のランタンに、お前の情報は入ってないぞ」

「情報?」

「門は自分が回収したストレイがいるときだけ開ける。それは、ランタンに回収したストレイの情報が入るからだ」


 首を傾げたゼロに見せるように、ペンダントをランタンに変える。シルキーと同じく黒い杖の先がカーブしているが、先にぶら下がるランタンは丸い形だ。

 ランタンに入ったストレイの情報を門が読み取り、実際にくぐったストレイと照合して転生をしても問題ないか最終的な判断を下す。ゼロはここでエラーが出たのだ。

 そこで、クロはあることを思い出した。


「そうだ。お前、母親を回収したグリムリーパーに会いたいんだろ?」

「うん。できれば」

「白いグリムリーパーなんてそれなりにいるが、ホールにでもいたら会えるんじゃねーの?」


 ここはグリムリーパー達の集う場所、アンダーテイカーだ。現世に滞在し続けない限り、一度はここに戻ってくる。

 探していたグリムリーパーの姿ははっきりしていないが、見れば思い出すかもしれない。


「そうしようか。オルクスにも会ったし、もう一人でいても平気だよな?」

「大丈夫だと思うぜ。そのうち、アイツも戻ってくるだろうしな」


 ゼロのことはオルクスが全グリムリーパーに通達を出している。事情を知っているクロのもとにも届いていた。

 また、ホールにいればシルキーが戻ってきたときにすぐに気づけるため、すぐにオルクスのもとに行って転生に問題ないか視てもらえる。

 そうと決まれば、と二人は揃って部屋を出た。

 アンダーテイカーのホールに行き、クロは回収報告のために階段を上って二階へと向かった。クロ曰く、回収はオルクスに直接報告するのではなく、専用の部門に報告をしするようだ。

 ゼロはクロを見送ってから、ホールの脇にあるソファーに座って出入り口を見る。


(確かに、意外と白いグリムリーパーって多いんだな……)


 ぼんやりと出入りするグリムリーパーを見ていたが、クロが言っていたように、白いグリムリーパーはそれなりにいた。デザインこそ微妙に異なるが、全員が黒い服を着ているため、一瞬、シルキーとも見間違えそうになる。

 だが、どのグリムリーパーも記憶のものとは一致しない。


「……もしかして、シルキーだったりして」


 見た者の目を奪うほどに美しい白い髪を思い出し、ぽつりと呟いた。直後、そんなはずはないと頭を振って否定する。

 彼女はゼロの生前を知っているのだ。ならば、リストを見たときに何か言ってくるだろう。もしくは、距離を置こうとするか。

 ただ、生前の事を話せないというルールや、現在進行形で距離を置かれている現状を鑑みれば、どうしてもシルキーかもしれないという考えは完全には否定しきれない。

 ふと、出入り口の外が騒がしくなり、何事かと意識を目の前に戻す。

 数人のグリムリーパーが外に駆けて行き、その会話の中で「回収しようとしたストレイがグラッジに……」という言葉が漏れ聞こえた。

 やがて、出入り口からグリムリーパーに支えられて入ってきたのは、傷だらけのシルキーだった。


「え……」


 名前とおり、絹のような光沢ある美しい白髪には、べっとりと赤い血がついている。また、破けた服の下からは深い傷が覗き見えた。

 支えられて辛うじて歩けている状態のシルキーは、もはや意地だけで意識を保っているようだ。

 そんな彼女のもとに、全身を黒いローブで包んだ二人が近づき、シルキーと一言二言会話をするとすぐにアンダーテイカーを出て行った。

 グリムリーパーの誰かがその背を見て、「最初からスレイヤーが当たれば良かったんだ」と吐き捨てた。すぐに近くのグリムリーパーに窘められていたが。

 恐らく、シルキーはスレイヤーに仕事の引き継ぎをしたのだろう。そのせいか、突然、脱力して膝から崩れ落ちた。


(嘘だ。そんな、シルキーが……)


 駆け寄ろうにも、足が竦んで動けない。声を出そうにも、首が絞められたように詰まって出ない。


(これ、あの時と同じ――)


 目の前で、母親がトラックに跳ねられたときの光景が浮かんだ。

 迫るトラック。それに重なった白いグリムリーパー。だが、その身に纏うのは反対色の黒いワンピース。

 振り上げられた大鎌が、トラックがぶつかった瞬間に母親を斬る。

 宙を舞った血が、それまで母親が立っていた場所に佇む少女……シルキーに掛かることなくアスファルトに飛び散った。


「探していた死神って――」




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