第3話

 1週間が過ぎた。ギルドの備蓄も残り少なくなってきた。いよいよ非情な決断を下さねばならない時か……。


 そんな僕達を嘲笑うように篝火報道の放送が事務所を流れている。内容は僕達へのインタビュー。兄弟が暴行事件を起こす直前のやつだ。


『大切にしているもの? 決まっているだろ。兄弟だ。俺は兄弟を誰よりも大切にしている。兄弟は俺の全てだ。もし万が一、誰かが兄弟を傷付けるようなことをするなら、俺はそいつを怪我で済ますつもりはないだろう』


『兄弟は血が繋がっていないと伺いますが、やはり血縁は関係ないのでしょうか?』


 放送はいつもそこで終わっていた。そしてその後に、兄弟が暴行事件を起こしたことが報道されるんだ。


「ねえ、これどう思う?」


 ノアの問いに、僕は答えた。


「なんか、変なミスリードを感じる。これじゃあ、記者がフラッシュの兄弟をバカにしたから激怒したように思われても仕方ないと思う。本当は、グロウが兄弟だと思っていたことに激怒していたのに」


「私もそう思う。あの記者があんな質問をした辺り、世間はフラッシュ君の兄弟はグロウだと思っているみたい。だから、みんながこの放送を見たら、もしグロウを少しでも批判したらフラッシュ君が怒って報復してくるんじゃないか。って思っちゃうんじゃないかな?」


「確かに。もしかしてグロウの奴、兄弟との偽りの関係を使って、誰も自分に逆らえない世界を作ろうとしているんじゃないか?」


 続いて、別のニュースが流れた。とある家の中で変死体が見つかったらしい。詳しい情報は未だ判明していないようだが、被害者の顔写真が写された瞬間、先ほどまで沈黙していた兄弟が反応した。


「おい、こいつ知ってるぞ。あの時、俺達にクソみたいな質問した連中の中にいた」


 そうなの⁉ 驚愕した僕とノアは思わず兄弟の方を見た。兄弟は首肯する。そういえば兄弟、人の顔と名前を覚えるのは大得意なんだよな。


「となってくると、色々とマズいよ。この殺人事件、やったのはグロウの息がかかった連中だと思う。暴行事件は、フラッシュとグロウが兄弟だと勘違いされたから起きた事件だ。その真実を公開させないための口封じとして、奴らは彼を殺したのかもしれない」


「ありえる。私、その時、暴行事件の被害にあった記者達を調べてみる。まだ無事な人を保護して、真実を世間に伝えよう。そうすればゴールドユニオン側の過失が認められて、こちらのを短くしてもらえるかもしれないよ」


 やることは決まった。僕達は互いに頷いた。


 グロウは、世界的な報道機関である篝火報道を使って、フラッシュと兄弟の間柄であるという嘘を既にバラまいていた。そして今回の暴行事件を悪用して、世間に「俺の後ろにはフラッシュがいる」というハッタリまで広めている。


 で、その綻びをなくすために、グロウは当時の報道者達を消そうとしている。しかも同時に、クロスファミリーを経済的に壊滅させて、路頭に迷った兄弟だけをゴールドユニオンに取り込むつもりでいる。


 あいつの本性は知っている。あいつはその嘘を利用して、恐怖政治でも敷くつもりなんだろう。誰もグロウに逆らえない世界だ。それはきっと、魔物より恐ろしいんだろうな。


 事態は、僕達が離れ離れになる程度じゃ済まされないレベルになっていたんだ。


 数日後、僕達はとある町にやってきていた。ノアの情報が確かなら、例のインタビュアーがこの町に住んでいるらしい。ジェスターという名前だそうだ。


 ノアの情報収集能力は凄い。ジェスターという情報を、よく短期間で見つけられたもんだ。彼女曰く、依頼をいくつも持って来れる私の情報網を舐めてもらっては困るそうで。つくづく、僕達のギルドは優秀な人揃いだと思い知らされる。


 ジェスターの家は、町の隅っこにあった。ドアをノックするも反応なし。でも索敵魔法サーチを使ってみると、人がいるのは分かる。留守じゃない。


「ごめんください! ジェスターさん、いるんでしょ?」


 僕はノックしながら言った。しかし、反応なし。これはな。けれども、どうやって開けさせようか。


「どうしようか、兄弟」


「簡単だ。こうすればいい」


 そう言って兄弟は、扉に向かって手を翳した。描かれる魔方陣。収束されるエネルギー。いやちょっと待て兄弟それ。


 爆発。放出された光のエネルギーが、扉を大破させた。うわ、やっちゃったよ兄弟。


 で、中に入った僕達だが、目的の人物はすぐに見つかった。顔写真も持っていたから、その人がジェスターで間違いなかった。彼は酷く怯えたような感じだったけど、どうやらそれは、さっき兄弟がやらかしたことだけが理由じゃなさそう。


「あんた達は、クロスファミリー⁉ 頼む。どうか殺さないでくれ!」


「殺すわけないでしょ。僕達は、詳しい話を聞きに来ただけなんだ」


 というわけで、僕達はなんとかジェスターを落ち着かせ、そちらの事情を尋ねることにした。一応、兄弟が壊した扉は近くの食器棚で塞いだ。あいにく、扉の再生は僕達の専門外なんでね。


「――なんだって⁉ フラッシュさんが兄弟って言ってたのは、グロウでなくて、隣にいるシャドウさんだったんですか⁉」


「あのさあ。いつも僕達は兄弟と一緒にいるんだよ? そんな僕が兄弟に見えなくて、一体何に見えるのさ?」


「いや、ただの仕事仲間かと」


 眩暈がしそう。世間の認識はそんなもんか。あ、ちょっと兄弟、手を出すのはだめだから。今僕がそんな気持ちなの必死で抑え込もうとしているから。待って。OK?


「で、兄弟がノックしたにも関わらず姿を現さなかったのはなんでだ? お前、命でも狙われてんのか?」


 なんとも単刀直入な兄弟からの問いに、ジェスターは首を縦に振った。


「はい。恐らく、私は狙われております。きっかけは、フラッシュさんから殴られた後です。私、聞いてしまったんですよ。篝火報道うちの社長と、ゴールドユニオン会長代理である社長令嬢との会話を」


 今のゴールドユニオン会長代理は、フィアンマだ。てことは、あの二つの組織は父娘おやこの関係ってことになる。なんだそりゃ⁉


「内容を要約すると、私達が暴行を受けた事件は、ユニオンとうちがバラ撒いている話――ここでいうフラッシュさんとグロウさんの関係ですね――が嘘だと思われるリスクがある。だから事が明るみになる前に関係者を全員始末しろ、でした。その後なんです。一緒に取材していた仲間が謎の死を遂げたのは。あいつは、私が可愛がっていた後輩だったのに……」


 声を震わせるジェスターを見て、僕達は互いに目を合わせ、頷いた。


「頼みます。このままでは私も殺されてしまう。死んだあいつの為にも、この事件の真実を広めたい。あなた達にとっても、悪い話じゃないんでしょう?」


「ああ。クロスファミリーにかけられた理不尽な制裁もなくせるかもしれない。これでゴールドユニオンの悪事が明らかになれば、あいつらの立場はガタ落ちになるからね」


 かくして、やることは決まった。僕達は出発の準備をする。まずは、卓に施してある小さな魔方陣の解除だ。獲物の鳴き声を録音して魔物を誘き寄せるのに使ってたんだが、まさか重要証言の録音にも使えちまうとはね。


 それと、兄弟。最後にやることあるでしょ。僕が合図すると、兄弟はジェスターの方を向いた。


「ジェスター、さん。その、あの時は殴って本当に悪かった。あんたもまたグロウに騙されていた被害者だ。そんな奴を殴ってたなんてな。本当にすまなかった」


「この通りだ。どうか許してくれないか。僕達は、あなたが勘違いしていたのを知らなかっただけなんだ。僕からも、ごめんなさい」


 僕達が深々と頭を下げると、ジェスターはなんだか不思議そうな感じになっていた。よし、これでケジメはつけた。作戦を始めるとしよう。


 僕達は、篝火報道の本社へ向かっていた。僕の瞬間移動は短距離しか使えないから、魔導バスを使って移動する。


「本社の地下に、重要資料を保管している部屋があります。おそらくそこに、私達が殴られた当時の映像資料と、社長の通信履歴が残っているでしょう」


「どうして残っていると分かる。連中のことだから、もう捨てちまってんじゃねえか?」


「いえ、そうとは限りません。情報を捨てることは、それこそ情報漏洩そのものです。それどころか、万が一ああいうのが社にとって有利になるパターンも無きにしも非ずですからね。そのために保存している場合が多いのです」


「へえ。まあ、それがあれば、あいつらの陰謀は暴かれる。本社に着いたら、さっそく探そう」


 車内で会話するのに夢中で、僕達は気付かなかった。さっきバスがゴールドユニオン支部の前を通り過ぎたんだけど、その壁の張り紙に『篝火報道本社近くの地下水道で魔物発生』という依頼が書かれていたことを。


 篝火報道の本社は、都市の一角にあった。塀で囲われた立派なレンガ造りである。けれども、流石は大企業だと感嘆している暇はないんだよね。


 ジェスターの案内で中へ入ろうとする。だが、そんな僕達を止める集団が目の前に現れた。警備員? 違う。共通した黒い制服の右胸には『Gold』と書かれたワッペン。そして何より、その集団を率いていたのは、僕達がよく知る人物だった。


「よお、クロスファミリー。お前ら、活動停止中じゃなかったのか? なんでこんなところにいるんだよ。処分無視して勝手に依頼でも受けてんのか?」


 グロウ。忌まわしい人物の登場に、兄弟が固く拳を握っている。


「ここに来ちゃ悪いか? あいにく、僕達は依頼でここに来たわけじゃない」


「嘘つけ! てめえら、この辺りで魔物の報告があったから来たんだろ。なら、俺達は今すぐお前らがルールを破ったって総会に報告しなきゃいけねえなあ。そうすりゃ、お前らはいよいよおしまいだ!」


 そう言って、グロウ仲間と共に下品に笑う。


「ちょっと待て。お前らの近くにいるそいつ、篝火報道のジェスターじゃね? そいつ、俺の叔父が欲しがっててさ。俺達に渡してくれよ。そうしたら、お前らを見逃すか考えてやっから」


 なんだその取引は。やっぱり黒だったか。怯えた様子でジェスターがこちらを見る。安心しろ。僕達は決してあんたを売るつもりはない。でも、どうするか。力付くで突破ってのは、あまり得策じゃなさそうだが。


 その時だった。グロウの取り巻きから悲鳴が上がった。黒い何かが本社構内のマンホールを突き破って、取り巻きの男を払い飛ばしたのだ。


 それは黒い触手だった。しかも一本じゃない。固い地面を突き破って、触手は次々に生えてくる。やがて、それらの持ち主が僕達とグロウ達の間に姿を現した。


 蠢く触手が集合して塊のようになった魔物だった。見上げるほどの巨躯をしているが、ヌメヌメとした質感の触手に覆われているせいでその全貌が分からない。


「こんな時に! てか、グロウの言ってたことは本当だったのか」


「兄弟、こんな奴に手間取ってる暇はねえ! こうなったら、こいつもグロウもどかして本社ん中へ入るぞ」


 兄弟の提案に同意する。魔物のおかげで、グロウは僕達どころじゃなくなった。この魔物は、あの金色の獣よりは大したことはない。さっさと排除して、グロウ達が呆気に取られている隙に本社の資料室へ侵入しよう。


 触手が襲い掛かる。僕は瞬間移動で、兄弟は跳躍で回避する。が、ジェスターは逃げられなかった。片足を掴まれ、宙吊りにされてしまう。


「俺がやる。兄弟はジェスターを受け止めんのを頼む」


「分かった」


 僕が返事をすると、兄弟が右手に魔方陣を描く。生成されたのは眩い光だけで構築された剣。それを握りしめると、まさに閃光のごとき速さでジェスターを掴む触手へと跳躍した。


 切断。吊るされていたジェスターが落下する。その近くに魔方陣が現れ、僕が飛び出した。空中でジェスターを受け止めると、軌道上に別の魔方陣を描き、僕はジェスター共々突入する。僕達の姿が消え、その場所を別の触手が通り過ぎた。


 間一髪助け出せた僕達。ひとまず、ジェスターを安全な場所へ避難させる。一方のグロウ勢はというと――


 見えた。グロウもまた捕まっていた。魔物の手から逃れるべく、あので触手をひたすら叩いている。だが、あの触手には痛覚そのものがないのだろう。全く振りほどけている気配すら見られなくて。


「くそっ! くそっ! 痛くねえのかよこいつは! これだから、これだから魔物って奴はぁ!!」


 それが、グロウの最期の言葉だった。


 下半身に巻き付いていたものとは別の触手が、グロウの上半身に巻き付く。彼の動きを完全に封じた魔物は、それを自身の頭上へと持っていき――


 引きちぎった。


 悲鳴。凄惨な光景を目の当たりにして、ジェスターが何か戻しそうになっている。だが、僕達は見た。千切れ目から零れ落ちる何かを食らうべく、触手の中に隠された本体が姿を見せたのを。あれが弱点だ。


「あいつ、最期だけ役に立ちやがったな」


「だね。行くよ、兄弟。終わらせよう」


 僕は瞬間移動する。魔物の上部に描いた魔方陣から姿を現し、両手を手前に翳す。そこに僕は、身の丈以上の巨大な魔方陣を描いた。


 砲撃。魔力を凝縮して詰め込んだだけの砲弾を、そこから魔物目掛けてぶっ放した。砲弾が炸裂し、一つ目の本体が爆ぜ飛ぶ。


 だが、それだけでは致命傷に至らず、魔物は再生する。瞬間移動により元の場所へ戻った僕は、兄弟にバトンタッチする。


 閃光の速さで魔物の上へと飛んだ兄弟。手にする剣に魔方陣を巻き付けると、切っ先を魔物へと向けて投げた。


 二度目の砲撃。剣は一条の光線へと姿を変え、上方から魔物を刺し貫いた。光線の高熱が、魔物の身体を再び内側から爆ぜ飛ばす。


 短時間に連続で爆発され、もはや魔物には体組織を再構築する魔力は残されていなかった。無数の触手を蠢かせていた巨体が消え、紫色の宝珠だけがそこに転がっていた。犠牲者の塊と一緒に。僕達はひとまず無視し、本社内に入っていく。


 敷地内で魔物が暴れていたおかげか、車内は大パニックになっていた。僕達が気付いていなかっただけで、社内にも触手による爪痕が至る所にあった。けれども、その混乱のおかげで、僕達は資料室に侵入することが出来た。


「ありました。これです!」


「マジか。本当にあったのか」


 ジェスターが発見したものを映写機などで確認したが、そこに映っていたのは、兄弟が本当のことで怒っていた一部始終だった。


『てめえ、今何て言った! 誰からそんな事を聞いた!? そいつは、俺の兄弟なんかじゃねえよ!!』


 例の通信履歴も当然入っていた。


『もしこのニュースが明るみになったら、フラッシュの兄弟がグロウうちの子であるという話が嘘だとバレてしまうわ。だから発覚する前に、この取材に関わった人達を全員始末しなきゃいけないの。その隠蔽、いつも通りにお願いするわ』


 他にも、グロウがやった数々の暴行事件を、もみ消すよう篝火報道に関与していた証拠も見つかった。この資料室は、『ゴールドユニオンと篝火報道の癒着』を証明するには十分すぎる宝の山だったのだ。


 証拠資料をひとしきりかき集めた僕達は、資料室を飛び出した。あとはこいつを、世間にばら撒くだけだ。


 そんな僕達の前に、ある人物が立ちはだかる。高そうなスーツを身に纏った、歳の割に若く見える端正な女性。そして、グロウに並ぶ因縁深い人物、フィアンマだ。


「あなた達、そんなのを持って行って何をするつもり?」


 僕は答える。兄弟を片手で制して。


「ギルド総会に提出する。そこから、報道機関で世間に広めてやるつもりだ。あの嘘は篝火報道君たちが作ったもんだけど、報道機関は他にも山ほどあるからね。彼等なら、喜んでこの情報を広めてくれるだろうさ」


 それが意味することを理解したのか、フィアンマは声を荒げて言った。


「どうして、そんなことを。あなた達は私からフラッシュを奪うだけじゃなくて、会社や旦那が築き上げたものまで奪い去るつもりなのね。フラッシュ! どうしてあなたはこんな人達の所にいるの⁉ 考えて頂戴。私達の所には金も権力もある。あなたが今いる所にはないものが沢山あるのよ⁉ それなのに、どうして私達の所に来ないの? 私達は家族でしょう? 家族なら分かるでしょう?」


「てめえが俺の家族になった覚えはねえよ!」


 刹那、兄弟は瞬く間にフィアンマの目前へと移動。光の剣の切っ先を、彼女の喉元に突き立てていた。


「てめえらの持ってるもんなんていらねえよ。俺はな、俺と俺のお袋を地獄に堕としたてめえを、いつかぶっ殺してやるとずっと思っていた。その気になれば、いつだっててめえをぶっ殺せたんだ。でもなんでしなかったか分かるか? 俺にはクロスファミリーって家があるんだ。兄弟って家族がいるんだ。そんな俺が、いくらてめえとて人を殺したらどうなる? 兄弟が悲しむだろ」


 やがて刃を収める兄弟。兄弟がフィアンマに見せつけたのは、彼女の力では到底太刀打ち出来ぬ、僕達との大きくて大切な何かだった。


「二度と、そのツラ見せんじゃねえ」


 その強大さに圧倒されたのか、フィアンマはその場で膝をつく。僕達がその場を後にするまで、彼女は二度と立ち上がることはなかった。

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